2-5:代償
「こんなにも、複数持ちが厄介だとはな」
匿坂は改めて思い知らされていた。
ただでさえ一つの異能力でも手を焼くのに、それがいくつも同時に来るとなると、背筋に冷たい汗が流れ、次の一手を必死で探らずにはいられなかった。
「今更気づいても遅いわ、逃げ場はないわよ」
コレクトレスが勝ち誇ったように笑った。
「20個の異能力を持ってるんだろ?まだ全部出してないんだよな?」
匿坂は相手を見据え、軽く問いかけるように言った。
「あら、全部出す必要があると思う?」
コレクトレスは余裕の笑みを浮かべた。
「今使ってるのは主にBランクとCランク。Aランクは体力を使うから温存してるの」
「異能力の使用は時と場合、そして何よりも!戦略が大事なのよ。分かる?」
「…そういうことか」
「これはただの独り言だけど、Sランクはまだ見せてないわ」
コレクトレスは秘蔵のグッズを語るように目を輝かせた。
「あなた程度には勿体ないもの。Sランクは特別なの。一番のお気に入り。これを使う時は、本当に強い相手だけ。厳選した10個だけでもあなたを倒すには十分よ」
コレクトレスが匿坂に向かって駆けてきた。素手で触れようとしている。
「先輩、危ない!」
綿花は咄嗟に携帯を取り出し、蓮子に電話をかけた。
「蓮子さん!お願いします!」
「分かりました、装置に接続します」
蓮子の声が聞こえた次の瞬間、廃ビル内の機械が一斉に作動し始めた。
蓮子の異能力が、装置を通して廃ビル内の機械に伝わっていく。電気回線を異能力で復活させ、長年使われていなかった機械が次々と動き出す。
廃ビルの古い空調ダクトが爆発的に熱風を噴出し、コレクトレスの顔に直撃する。
「あああッ熱っ!?」
コレクトレスが驚いて後退する。
「何!?機械が勝手に!」
コレクトレスが風操作で熱風を遮ろうとした瞬間、足元の古い配管が破裂した。熱湯が噴き出し、コレクトレスに降りかかる。
「きゃあ!熱い!」
コレクトレスは悲鳴を上げた。顔や腕に火傷を負う。
「誰かいるの!?」
非常扉が勝手に開閉を繰り返し、激しい音を立てる。その隙に、古い防犯カメラが回転し、勢いよく外れて落下。コレクトレスの肩に直撃した。
「痛っ!機械が勝手に…っまさか!」
コレクトレスは理解した。
「灰汁抜蓮子!あの子が手伝ってるのね!」
足元では、屋上スプリンクラーが水を噴出し始めた。長年溜まっていた錆水が、コレクトレスに降りかかる。これに関してはただの嫌がらせだった。
「ううう!屈辱よこんなの!Aランクの『治癒能力』を使わされるなんて」
コレクトレスが自分の火傷や傷に手を当てると、緑色の光が傷を癒し始めた。しかし、それでも機械の攻撃は止まらない。
「くっ、一つ一つは弱いけど…こんなに同時に来られたら!しかも治癒に体力を使わされる!」
コレクトレスが対処に追われる間に、匿坂は態勢を立て直した。
「匿坂さん、今です!」
蓮子の声が携帯から聞こえた。
匿坂はコレクトレスの背後に回り込んで後ろから羽交締めにするために駆け寄る。
「…そうくると思ったわ」
言い終わると同時に、コレクトレスが瞬間移動の能力を使って匿坂の背後をとった。
「消えた!?」
「Aランクの『瞬間移動』よ!」
コレクトレスが興奮気味に叫ぶ。
「これを手に入れるのに3ヶ月もかかったの!相手が逃げ回って大変だったわ!でも諦めなかった!だって欲しかったんだもの!」
「お前、うるさいな」
「え〜、自慢させてよ。せっかくの推し能力なのよ」
コレクトレスが重力操作と風操作を組み合わせて、強力な風を発動させる。
匿坂の全身を覆っていた溶解液が吹き飛ばされた。
「つーかまえた」
「やばい…!」
コレクトレスの素手が匿坂の肩に触れた瞬間、匿坂は力が抜けるような感覚を覚える。
「な…!?」
匿坂は困惑した。溶解液が出ない。
「成功よ!あなたの溶解液操作、いただいたわ」
コレクトレスは勝ち誇ったように笑った。
「さあ、試してみましょう」
コレクトレスが匿坂に手を向けて溶解液を出そうとした。
手から黒い液体が滲み出る。しかし。
「…あれ?おかしいわ。制御できない!全然出てこないじゃない!」
溶解液は出たが、勝手に蒸発したり、濃すぎて固まったりする。
「なんで…?ねぇ、使えないじゃない!」
コレクトレスは必死に手を振るが、溶解液をコントロールできない。
喚き散らすコレクトレスを、匿坂は冷静に見ていた。
「俺の溶解液は扱いが難しい。濃度調整、出力制御、全て極度の集中と経験が必要だ」
「そんな…」
「出すだけなら誰でもできる。だが、武器として使いこなすには何年もかかる。お前程度では使えこなせないようだ」
その時、匿坂の手から再び黒い溶解液が滲み出した。
「戻っただと?」
「やられたわ…」
コレクトレスが驚愕の表情を見せる。
「なるほど、そういうことか」
匿坂は何かに気づいたのか、目を大きく開く。
「お前は蓮子の能力を盗もうとした。だが、うまく使いこなせなかった」
「それが何だっていうのよ」
「お前の能力盗取は万能ではない。使いこなせなければ、盗んだ異能力は持ち主に戻る。そういうルールがあるんだろう」
匿坂は冷静に語った。
「ううっ…なんで分かるのよ」
コレクトレスは悔しそうに歯ぎしりした。
「ええそうよ!盗むのに失敗した異能力は、二度と盗めなくなるの!」
「そういうことか」
匿坂は溶解液を全身に纏い直した。
「つまり、お前はもう俺の能力を狙えない」
「二連続で盗めないなんて、ムカつくわ!でも、私には20個の能力がある」
コレクトレスが動きを止めた。
「盗まないとなれば、もうアナタに用はない。生かす理由もないわ。本気を出しましょう」
コレクトレスの瞳が光った。
「特別よ。私のコレクションの真髄を見せてあげる」
コレクトレスが両手を広げると、全身から様々な色のオーラが立ち上った。
「BランクとCランク、そしてAランクを3つ。計10個の異能力を同時発動して、アナタにぶつけるわ」
炎、電気、風、氷…10種類の異なるエネルギーが渦巻いている。
「そんなことをすれば、体力の消耗も激しいんじゃないか?」
「その通り。だから普段は使わない。でもあなたはムカつくから特別よ!『その子』と一緒に散りなさい!」
「なっ!?その方向はやめろ!危険だ、綿花!」
匿坂は急いで綿花に駆け寄ると、守るように立ちはだかった。
「食らいなさい!『コレクション・バースト』!」
コレクトレスの叫びと共に、10個の異能力が一斉に解放された。
炎の嵐、電光の奔流、氷の刃、風の竜巻、岩石の雨…ありとあらゆる攻撃が二人に襲いかかった。
想像以上の威力だった。匿坂は咄嗟に綿花に覆い被さり、全身に溶解液を纏った。綿花に触れる部分だけ濃度を極限まで下げ、外側は最大濃度にする。
(ズズズン…!!!)
しかし、あまりにも多方向からの攻撃に、溶解液だけでは防ぎきれない。
巨大な爆発が廃ビル全体を包み込んだ。建物が激しく揺れ、コンクリートの壁が崩れ落ちていく。
煙が晴れると、匿坂は血まみれになって綿花を庇っていた。背中は溶解液で守られていたが、側面や腕に無数の傷を負っている。
「せ、先輩!大丈夫ですか!?」
匿坂が庇ったおかげで、綿花は無傷だった。
「問題…ない…」
匿坂は血を吐きながら立ち上がった。
煙の向こうでは、コレクトレスがよろめいている。
「はあ、はあ…」
激しく息を切らし、足がふらついている。
「この反動、慣れないわ」
コレクトレスは膝をついた。
「10個の能力を同時に使うと、さすがに疲れるわ…」
動けなくなったコレクトレス。匿坂は重傷を負いながらも、ゆっくりと歩いていく。
「綿花を、巻き込もうとしたな」
「あ、あら…?」
コレクトレスは後ずさりしようとしたが、反動で体が思うように動かない。
「先輩、やめてください!もう終わりです!」
綿花が止めようとするが、匿坂は首を横に振った。
「ダメだ」
匿坂の目は冷たかった。普段のだらしない雰囲気は消え、元刑事としての冷徹さが表に出ていた。
「お前みたいなヤツは、見逃したところでロクな事にならない」
次の瞬間、匿坂はコレクトレスに迫り、その腕を掴んだ。溶解液を纏った手が、コレクトレスの腕に食い込む。
「ギャアアああああッッッ!!!」
コレクトレスは激痛で悲鳴を上げた。腕の皮膚が焼けただれていく。
「綿花を巻き込んだ代償だ」
匿坂の声には一片の情けもなかった。
「離してよ!ううう…治癒能力…!」
匿坂の手を振り解くと、コレクトレスは傷口に手を当てる。緑色の光が傷を癒し始めた。溶解液の侵食が止まり、徐々に回復していく。
「あなたの溶解液、2度と食らうのはゴメンよ」
コレクトレスは立ち上がった。傷は完全に癒えている。
「異能力を盗まれた人は、どこにいる」
匿坂が低い声で尋ねる。
「だから知らないって!…原理は不明だけど、異能力を完全に奪うと副次的に記憶が消えるの。私にも制御できない現象よ」
「なんだと…」
匿坂の表情が暗くなった。異能力を奪われ、記憶も失い、今もどこかで彷徨っている被害者たち。想像するだけで胸が痛んだ。
「お前を警察に連れていく。これ以上の被害は防ぐ」
「ふふ…嫌よ。今回は引き分けってことにしてあげる」
コレクトレスの背中から翼のようなエネルギーが現れた。
「Aランクの飛行能力よ」
「おい、逃げるな!」
飛び上がるコレクトレス。
傷ついた体を引きずりながら見上げる匿坂を、宙に浮かぶコレクトレスが不敵に見下ろしていた。
「次会う時までに、あなたの溶解液を無効化する方法を見つけてくる。研究してデータも取って、リベンジするわ」
「逃がすか!」
匿坂は溶解液を放とうとしたが、体が動かなかった。全身の傷が深すぎた。
「それに、次はSランクも見せてあげる」
コレクトレスの目が虹色に輝いた。
「私の最高のコレクション、楽しみにしてて。また会いましょう」
コレクトレスは夜空に飛び立って逃げていった。
「くそ、逃がしてしまった…!」
匿坂は夜空を仰ぎ、深く息を吐いた。
異能対策課を呼んだとしても、きっと多くの血が流れていただろうと。
正しい判断だったはずなのに、胸の奥はまるで敗北したように重かった。
「先輩、救急車を呼びます」
綿花が心配そうに匿坂を支える。
「大げさな」
「大げさじゃありません。こんなに血が」
匿坂は苦笑いした。
「また服…買い直さなくちゃな…」
「今はそれどころじゃないでしょ!」
「ふっ…」
綿花の呆れた声に匿坂は小さく笑うと、そのまま気絶してしまった。




