ヒーロー役者志望
久しぶりに仕事をもらうことができた。
毎週放送されているヒーローものの、一話限りの悪役でしかないみたいだけど、それでもバイト以外の予定が入ったことが嬉しい。
以前、番組のオーディションに参加したからだと思う。もちろんヒーロー役として出演するためだったけど、何もないよりはずっとマシだ。それに、悪役あってのヒーローだ。準主役と言っても過言じゃないと思う。
撮影日の朝、現場に着くと、イメージにぴったりなコンクリートの廃墟が見えた。この中で撮影するのだとしたら、役者さんやスタッフさんの安全面は大丈夫なのかな。
気合が入りすぎたせいか、早く着きすぎてしまったみたいで、外には誰もいない。でも、もしかしたら、中で待っている人がいるかもしれない。
誰かいることを期待しながら、廃墟に入ってみる。中から見ると一段とすごい。色んな所が崩れて鉄筋がむき出しになっている。雰囲気は完璧だ。
奥の方を見ると、期待通り、もう待っていたらしい男の人が二人いた。向き合って何か話しているみたいだ。二人の足元には手荷物だけで、機材なんかはないみたいだから、僕と同じく役者さんかな。
「おはようございます!」
人間関係は挨拶から。おばあちゃんが言っていた。
二人は驚いたようにこちらを向いた。少し声が大きすぎたかも。
「なんでこの場所が分かった!」
「馬鹿。先走るな」
「なんでって、今日の現場はここですよね? お二人は、どの役ですか?」
二人は鋭い目つきで僕を睨む。見事な悪役面だ。もう役に入り込んでいるのか。僕も見習わないと。
「ヤクだと? どこまで知ってやがる!」
「慌てるな。オレたちの動きが、読まれるわけがない」
何しろ久しぶりの仕事だ。台本を読むことも楽しかったので、僕以外の役まである程度頭に入ってしまった。
二人の役作りを見習い、僕も悪役面になるよう顔に力を込める。
「しっかり読んできたんで、全部分かってますよ?」
二人の目つきは更に鋭くなった。二人とも結構なベテランに見えるし、悪役専門の役者さんかもしれない。いぶし銀って感じで、憧れる。
「全部読まれてただと!」
「一々慌てるんじゃない。ソイツの妙な表情からして、ただのフカシだ」
本当に読んだんだけどな。悲しいけど、この番組以外の仕事もないし。
「フカシだろうと、見つかっちまったことには変わりねぇだろ!」
一人が拳銃を取り出し、僕に銃口を向けた。すごくよく出来ている。本物にしか見えない。
今日の撮影には拳銃を使う場面はなかったと思うけど、役作りのために持ち歩いているのかも。僕もこれくらいした方がいいのかな。
「サツだろうと、ヤルしかねぇ!」
もちろん撮影はやるしかない。今日の演技が評価されれば、次に繋がるかもしれないし。
なるべく不敵に見えるように笑いながら頷く。
「一人で来るとは度胸のある奴だと思ったが、顔が引きつってるぞ? お仲間の到着は待たなくていいのか? 今黙って引き上げれば、命だけは助けてやる」
みんなを待たなきゃ始められないじゃないか。それに、僕の役を奪おうとしているのかな。ひどいことを考える人たちだ。役に入り込みすぎるのも考え物かも。
「僕は帰りませんし、そろそろみんな来ると思いますよ?」
「だとしたら、さっさとテメェをヤッて逃げるしかねぇな!」
拳銃を持った方はますます迫力のある顔になり、その腕や指先にまで力が込められたのが分かった。神は細部に宿るとはこういうことかもしれない。すごく勉強になる。
「待て。バラシはマズい」
その通りだ。役者さんが逃げてしまったら、きっと撮影中止になってしまう。そんなことになったら本当に困る。
「逃げるなんて駄目ですよ。何か勘違いされているみたいですけど、落ち着いてください」
「オレがバラシくらいでビビると思うか! 余裕ぶりやがって! オレはテメェみたいなのが一番嫌いなんだ!」
叫ぶのと同時に拳銃の引鉄が引かれた。嫌われてしまったみたいで悲しい。
銃口から硝煙と炎が噴き出す。どうも本物の拳銃だったみたい。よく出来ているわけだ。
何でそんな物を持っているんだろう。ひょっとして、二人は役者さんじゃなくて、本物の悪い人だったのかな。
そうか。だから逃げるだなんて言ったんだ。いぶし銀の役者さんだと思っていたのに、残念だな。
でも、リアルな悪役の勉強になったし、そこは良かったかも。銃を撃つ瞬間の表情なんか、見事としか言えない。追い詰められた悪役の緊張感ある演技ができそう。
ただ、とりあえずは、二人を何とかしておかないと撮影どころじゃないかな。せっかく勉強させてもらったんだし、今日の演技に活かしたい。
ようやく銃弾が飛んできた。この弾道なら、僕が避けても壁に当たってくれるかな。弾道から外れつつ、二人に近付く。どちらもさっきまでの姿勢のまま、すぐ近くの僕を見てもいない。
そのまま二人の顎先を、できるだけ力を入れないように、そっと指先ではじく。
二人はゆっくりと床に崩れ落ちた。やられ方まで参考になる。悪役にとってはすごく大事な見せ場だ。
「本当に勉強になりました。ありがとうございました」
誰が相手でもお礼をする。おばあちゃんが言っていた。
二人に僕の声が聞こえているといいな。
それはともかく、二人はどうすればいいだろう。警察に通報したら色々と大変なことになりそうだし、撮影中止になってしまいそう。バイト先に相談してみようかな。
バイト先のマネージャーさんに電話をかけると、すぐに繋がった。
「お疲れ様です。どうしたんです? 今日はお仕事、お休みですよね?」
「お疲れ様です。本業の、役者の仕事をするために来たんだけど、撮影現場に悪い人たちがいたんだ」
本業の、を強調して言った。どうもマネージャーさんは僕の本業を軽く見ている気がする。
「へー。面白い偶然もあるものですね。それで?」
全然面白くはないと思う。
「無力化したんだけど、撮影中止になるのは嫌だから、他の人たちが来る前に、そっちで何とかしてくれないかなって」
「あー、なるほど。はいはい。こっちでどうにかしますよ」
安心した。やっぱり頼りになる。
「ありがとう。お願いします」
「こっちのお仕事には気乗りしてないみたいですけど、真面目にやってもらってますから」
すべきことはする。おばあちゃんが言っていた。
「バイトに気乗りしないのは仕方ないよ。僕の本業は役者だから」
「はいはい。それで、今日はどんな役なんですか?」
「ヒーローものの悪役」
マネージャーさんが大笑いするのが聞こえた。
「本物のヒーローが、ドラマの悪役やるんですか?」