表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/10

最高に都合がいい相手

 ハリーが旅行先に選んだのは大陸の南南西にある島だ。

 王都の港から一日かからない距離にある島国で、行き来は以前からあった。最近になって、海を挟んだ南大陸の国で観光地として有名になったが、こちらの大陸の国ではまだあまり知られていない。ハリーは南大陸出身の知人から教えてもらった。

 有名になるきっかけになった祭りに日程を合わせたため、小さな島は予想以上に混みあっていた。

 ハリーはホテルのフロントで驚きの声を上げた。

「え? 一部屋なのか?」

「はい、そう承っております」

「空きはないだろうか?」

「この時期ですので、申し訳ございません。おそらくは近隣でも空いている宿はないかと」

 フロント係は申し訳なさそうに謝る。

 休暇を取るために忙しくしていたハリーは秘書のドリスに予約を頼んだ。彼女は二人が普通の夫婦だと思っているため、部屋をわける発想はない。きちんと指示しなかったハリーが悪かった。

「どうしたの?」

 手間取っているのに気づいたクラリスが隣にやってきた。

「いや、手違いで一部屋なんだ」

「私は構わないわ」

 クラリスはそう微笑んでから、「後ろがつかえているみたい。申し訳ないから」と囁いた。


 祭りは島の伝統的な祭事を観光客向けに整えたものだった。実際の祭事は非公開で行っているらしい。

 そんな話をしながら島の大通りを歩く。

 砂浜沿いに松明が等間隔で立てられている。危なくないように囲いがあるが、近くを通るとバチバチと爆ぜる音が聞こえ、迫力があった。

 王都より南に位置するこの島は気温が高い。すでに夜だが、人の多さも手伝って、少し汗ばむくらいだ。

 道の陸地側には屋台が並んでいた。色ガラスのランプが軒先を照らす。

 珍しい食べ物や飲み物を売る店。島の工芸品を売る店。的あてゲームや占いの店もある。

 肉を焼く煙の匂いが、潮の匂いを押しのける勢いだ。スパイスの刺激的な香りも漂っている。

 果物の中身をくりぬいて器にした飲み物を一つ買う。

「二人で一つくらいがちょうどいいわ」

 一本のストローから交互に飲み、「甘いわね」「俺は無理」などと笑い合う。

 騒がしい人混みの中では、顔を寄せないと声が聞こえない。ランプと松明の灯りが照らすクラリスの顔は、いつもと違って見える。

 スパイスが効いた肉を挟んだパンと、緑色をした謎のスープを買って、砂浜に設置されたベンチに座って分け合った。

 旅先のせいか、祭りの雰囲気のせいか。いつになく近い距離を、ハリーもクラリスも許してしまっている。非日常が二人の物差しを狂わせていた。

 シャツの袖をまくった素肌の腕に、クラリスの細い指が触れる。

 いつもはきっちりまとめているのに、今夜のクラリスは髪を解いていた。海風がさらって、良い香りが鼻をかすめる。薄手のワンピースが揺れて、きゅっと締まった足首が目に入る。

 酒は入っていなかったはずだ。

 それなのに制御できない高揚があった。

 危ういと思う。

 ハリーとクラリスは、お互いに「相手が求めるなら応える」と牽制し合う仲だ。

 均衡が崩れたら、止められないと思う。

 どちらが先に音を上げるのか。

 それは自分だろう。

 彼女の一挙一動に煽られている。その身体に触れることばかりを考えてしまう。

 パンを食べるクラリスの口元を見つめながら、ハリーは彼女との口付けを思い出していた。

 ふと、クラリスが顔をそらした。

「もう……無理……」

 赤面するクラリスはハリーの口に残りのパンを押し込んだ。

「あんまり見つめないで」

「え?」

「あなた、自分がどんな顔して私を見ているかわからないの? おかしくなりそうよ」

「それは、すまない」

 ハリーは素直に謝る。

「部屋に戻りましょう」


 どちらが先かなど、判断がつかなかった。

 部屋に入るなり、口付けを交わす。

 ハリーの首に腕を絡めるクラリスを持ち上げて、ベッドに運んだ。

 彼女がハリーを信頼して身をゆだねてくれている。そう思うと感動すら沸き起こる。

 十七年前の自分に教えても信じないだろう。

「本当にいいのか?」

 ハリーが聞くと、クラリスは花が咲くように微笑んだ。

「ハリー。あなたが欲しい」

「俺も、君が欲しい」

「私たち気が合うわね」

「最高に都合がいい相手だからな」

 唇を重ね、二人は強く抱き合った。


「雨ね」

「雨だな」

 翌朝、目覚めると雨音が響いていた。

 窓を叩くほどだから、かなりの風雨だ。

「せっかくの旅行なのになぁ。……なんだか、俺たちの外出は呪われているようだな」

 二泊三日の二日目。丸一日、島で遊ぶ予定だった。

「まあ、部屋に籠っていてもできることはあるし」

 クラリスを後ろから抱き寄せると、彼女はくすくす笑う。

 そうしているうちに、雨の音は意識の外に追いやられたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ