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「あなたと私なら都合のいい結婚ができるんじゃない?」~魔術契約士の契約再婚~  作者: 神田柊子


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8/10

似合いの二人

「あら? レイン子爵夫人じゃありません?」

 呼び止められてクラリスは顔を向けた。

 実家やレイン子爵家と付き合いのある伯爵家の夫人だ。エルトンが寝付いてからは社交は最低限になっていたため、四年ぶりくらいだろうか。

 今日は王都で一番大きな百貨店に来ていた。貴族も多く利用している。いつか昔の知り合いに会うだろうとは思っていたけれど、その最初がこの方か、とクラリスは内心ため息をつく。

 同年代の伯爵夫人は、独身時代からクラリスを一方的にライバル視していた。彼女が格上の伯爵家に嫁いだおかげで溜飲は下がったらしく、あからさまに敵視されることは減ったが、仲がいいとはいいがたい。

「ウェビナー伯爵夫人、ご無沙汰しておりますわ。あの……申し上げにくいのですが、私はもう子爵夫人ではごさいませんの。エルトン・レインは昨年亡くなって、今は弟のラッセルがレイン子爵を継いでおります」

 連絡しているはずだから、忘れているか、覚えていてわざとか。

「まあ、ごめんなさいね。それでは、そちらは?」

 今日は休日でクラリスはハリーと一緒だった。

 伯爵夫人は好奇な視線を隠さない。

「先日再婚いたしましたの。夫のハリー・フォーグラフですわ」

「初めまして。ウェビナー伯爵夫人。魔術契約士のフォーグラフです」

 ハリーの差し出した名刺を伯爵夫人は侍女に受け取らせた。

「魔術契約士?」

「ええ。ウェビナー伯爵とはお仕事で何度かお会いしたことがございます。こんなお美しい奥様がいらっしゃるとは存じ上げませんでしたが」

「まあ。そう……」

 彼女がハリーに向けた胡散臭そうな顔は、ハリーのお世辞と笑顔ですっかり消えた。まんざらでもなさそうに愛想笑いをする。

「レイン子爵夫人にはお似合いではなくって?」

「今はフォーグラフですわ」

「そうでしたわね。でしたら、貴族ではなくなったのね。おかわいそう」

「夫は騎士爵です。それに魔術契約士は国家資格ですわよ」

「そういえば、あなたも魔術師でしたわね。やっぱりお似合いだこと」

 再度口を開こうとしたクラリスだったが、ハリーの腕に預けた手を押さえられて止められた。

 クラリスが口をつぐんだことで伯爵夫人は気が済んだのか、「それでは失礼いたしますわ」と去って行った。

「失礼いたしますって、本当に失礼だわ!」

 完全に姿が見えなくなってから、クラリスはハリーを見上げる。

「ごめんなさい。私のせいで」

「いや、貴族相手ならよくあることさ」

「ウェビナー伯爵とは気まずくならない?」

「伯爵はもっと先進的? 現実的かな。仕事ができれば爵位の高低は気にしない方だよ」

 ハリーは笑う。

「全然、お似合いじゃないご夫婦なのね」

「確かに。正直、驚いたよ」

 促されて歩き出す。

「魔術科時代、君のことを貴族令嬢の鑑のように思っていたし、実際、他の貴族家の連中からは一目置かれていたから……君があんな風に馬鹿にされることがあることにも驚いた。――俺がもっと爵位が高かったらな。ブラッドくらいに」

「えっ!」

 ハリーの言葉にクラリスは驚いて、声を上げる。

「あなたがそんなことを言うほうが驚きよ。らしくないわね」

「そうか?」

「私なんて、もともと貴族夫人としては規格外よ。専門高等学校を卒業した魔術師ですから」

 ウェビナー伯爵夫人は、基礎学校を卒業してから十六歳で社交界デビュー、そして結婚と順当に辿ってきた人だ。同年代の貴族夫人の中では「成功者」といえる。

 クラリスなんかに見せつけずとも誰もが認めているのだから、胸を張っていればいいのに。

「いや、しかし」

「私が元子爵夫人じゃなければ、あなたが回りくどく馬鹿にされることもなかったのに、と私が言ったら?」

「そんなわけあるか、と否定するな」

「でしょう? そのまま返してあげるわ」

 クラリスが言うと、ハリーは苦笑した。


 その日はやけに知り合いに会う日だった。

 何かのめぐりあわせだろうか。どこかで貴族向けの催しでもあったのか。

 ウェビナー伯爵夫人ほど失礼な相手はいなかったけれど、皆、クラリスがハリーと再婚したことに驚いていた。

「あんなに仲が良かったのに残念ですわね」

「レイン前子爵も夫人の幸せを祈っていることでしょう」

「まあ、理解のある方がいらっしゃってよろしいこと」

 クラリスの二つの指輪は何度も視線にさらされた。

 ハリーが如才なくかばってくれるのも、申し訳なくて堪えた。

 買い物は中断して帰ろうかと提案するハリーに、それなら食事だけして帰りましょうと返したのはクラリスだった。

 ハリーが依頼人に勧められたレストランを予約してくれていたのだ。

 それが極めつけだった。

「ここ……」

「知っている店かい?」

「ええ……」

 エルトンと王都に来たときに毎回寄っていた店だった。

 そう伝えると、ハリーは、

「やめておこう」

「いいえ、せっかく予約してくれたのだから」

「いや、帰ろう」

 ハリーは強くそう言って、クラリスの腰を抱き寄せて半ば無理やりのように回れ右をした。

「あ、待って。予約を」

「ああ。そうだな」

 断ってクラリスをその場に残し、ハリーは店に入る。わずかな時間で戻ってきた。

「ちょうど予約なしで待っていた客がいたから譲ってきたよ」

 クラリスの背を押して歩きだすと、

「俺がいつも昼飯にしている屋台があるんだ。買って帰ろう」

「ええ、ありがとう」

 ごめんなさい、とクラリスは力なく付け足す。

 すると、ハリーはクラリスの腰を抱き寄せた。

「クラリス」

 ハリーはクラリスのこめかみに頬を擦り付けるようにした。ハリーのメガネがカチャと音を立てた。

「俺は、正直なところ、君の心にエルトン氏がいることにほっとしている」

 内緒話のように耳元で告げられて、クラリスはハリーを振り返った。自然に足が止まり、近い距離で向き合った。

「え?」

「他人の全てを受け止める度量が俺にはないんだと思う」

「あなたがいないと生きていけない、なんて言われたことがあるの?」

「まあ、昔ね」

 卒業してすぐかな、とハリーは苦笑する。

 本音か、気を使ってくれたのかはわからない。でも、クラリスのエルトンへの気持ちを、結婚して一か月以上経った今でもハリーが許してくれているのは理解した。

「俺は一人でも生きていけるんだと思う。でも君が一緒のほうが楽しい。できれば長くこの生活を続けたい」

「ええ……たぶん私も同じだわ」

 一人でも生きていける気がする。

 エルトンがいなくなっても、クラリスは心を病むほどのことはなかった。

「私たち、お似合いね」

「これ以上ない相手だよ」

 ハリーはクラリスの指輪を指さした。

 結婚契約の指輪のほうだ。

 ハリーの気持ちを表す石は藍色のまま変わらない。

「あなたのは?」

 そう聞くと、彼は自分の左手をクラリスの左手に並べて見せてくれた。

 クラリスの気持ちを表す石も赤いままだ。

 その石を撫でてから、ハリーは進行方向に向き直ってクラリスの左手を自身の腕に乗せた。

 再び歩き出した二人の間には適度な距離が保たれている。

「休暇をとって、二人ともがまだ行ったことがないところに旅行しようか」

「いいわね」

 知り合いに会わないような遠くにしましょう、とクラリスは微笑んだ。



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