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2/10

二十年前、専門高等学校魔術科にて

 入学して三か月、初めての試験のあと、ハリーは裏庭に呼び出されていた。

 彼を囲んでいるのは、魔術科で同期の男子三人だ。友好的な雰囲気は全くなかった。

「お前、生意気だぞ」

 ハリーはあからさまにため息をつく。十六にもなってこんなことを言われるとは思ってもみなかった。

 もっと子どものころは、因縁をつけられて喧嘩を売られることもあった。

 専門高等学校は基礎学校から推薦されないと受験できないし、入学試験も難しい。一方、優秀であれば出自は問わず、奨学金制度も授業料や寮費の免除制度もある。誇るべき国の最高学府だ。

 その学生が下町のガキと同じようなことを……とハリーは呆れた。

「生意気って具体的には?」

「心当たりがないだと!」

「全然ないけど。何? あんたの好きな女子が俺を好きだとか、そういう話?」

 小馬鹿にするように言ってやると、三人のうち中心人物らしき少年が拳を握った。

 ハリーは、魔術でも物理でも自分は負けないだろうと踏んで挑発した。

「やるのか」

 ハリーが拳を握ると、相手は自分を棚に上げて「これだから平民は」と肩をすくめる。

「試験結果が貼り出されただろう」

「なんでお前が一番なんだ?」

「一番になるべき方がいるってわからないのか?」

「は?」

 口々に言われ、ハリーは片眉を上げた。

「どうして、エイプリル次期伯爵に譲らないんだ」

「お前がでしゃばったせいで、あの方の経歴に傷がついてしまった」

「エイプリル次期伯爵? ブラッドのことか?」

 ハリーが聞くと、中央の少年は「呼び捨てにするな!」と怒鳴る。

「エイプリル伯爵家と言えば、宮廷魔術師としてその名をとどろかせたヴァレンタイン師を始祖とし、王立魔術院院長を何人も輩出した名門だぞ」

「それを知らないとは、なんということだ」

「そんな人間が側にいるなんてエイプリル次期伯爵も大変だ」

「代わってやるから、君は身を引きたまえ」

 芝居がかったセリフにハリーは白ける。

 ブラッドと親しくしているハリーが気に食わないのだろう。取り巻き希望か知らないが、ハリーがブラッドから離れたところで彼がこの三人を受け入れるとは思えない。

 試験の手抜きなどブラッドは望んでいないだろう。実際、彼は一位になったハリーを手放しで褒めて、次は負けないと言っていた。

「ブラッドはお前らが俺を呼び出しているのを知っているのか?」

「ふんっ! 影でお守りしてこそだ!」

 三人が胸を張ったとき、ハリーの背後から第三者が現れた。

「あなたたち、入学初日にエイプリルさんに追い払われていなかった? 迷惑だからってやんわりと」

 振り返ると、クラリス・アンダーソンだった。

 長い髪は一本一本整えたかのように絡まることなくさらさらと流れ、整った可憐な顔に透けるような白い肌。ぴんと芯が通った立ち姿に、貴族令嬢とはこういうものかと感心せずにはいられない。――クラリスは確か子爵家令嬢だ。

 彼女は試験の二位だ。件のブラッド・エイプリルは三位。クラリスも三人が言うところの「でしゃばり」に当たる。

「アンダーソンさんも呼び出されたのか?」

「今のところはまだだけれど、あなたが呼び出されたみたいだから一緒に済ませた方が早いと思って、追いかけてきたの」

 クラリスは三人に向き直ると、胸元のブローチを触った。

『どうして、エイプリル次期伯爵に譲らないんだ』

『お前がでしゃばったせいで、あの方の経歴に傷がついてしまった』

 ブローチから流れたのは先ほどの会話だった。

 録音の魔道具のようだ。

「これをエイプリルさんに渡そうと思うのだけれど、どうかしら?」

「なっ!」

 中央の少年がクラリスに手を伸ばす。ハリーは彼女を守って前に出る。

 クラリスは平然としたまま、

「まあ、貴族男性が婦女子に手を上げるなんて……。バレーリバー男爵家ティモシー様、フィッシャー男爵家テレンス様、それから、イブニング子爵家モンタギュー様」

 名前を呼ばれた三人は顔を青くする。

「二度と私たちに関わらないって誓うなら、この魔道具を差し上げてもよろしくてよ?」

 クラリスは、わざとだろう、高飛車な仕草で外したブローチを差し出した。

 モンタギューと呼ばれた中央の少年がブローチを掴みとろうとするのを、ハリーは押さえる。

「先に誓ってからだ」

「お前らにはもう関わらない。……これで満足だろ」

 クラリスは「ええ、結構です」とうなずく。ちらりとこちらを見たため、ハリーはクラリスに手を出した。それで正解だったのだろう。クラリスはハリーの手にブローチを乗せ、ハリーがそれをモンタギューに渡す。

 貴族ごっこの茶番劇のようだと思ったけれど、三人が素人役者ならクラリスは一流だ。役もなにも実際に貴族なのだから、彼女の日常にはこういう場面もあるのかもしれない。

 劇だと馬鹿にしつつも、こうやって彼女と他人を仲介するのは姫を守る騎士になったような高揚感があった。少なくとも、目の前の三人より自分はクラリスから信頼されているのだ。

 ブローチをひったくるようにして、三人はすぐにその場から走って行く。

 こんなに簡単に引き下がるなら、最初から喧嘩なんか吹っ掛けるなよ、とハリーはため息をつく。

「あれ、大丈夫か。また何か言ってくるんじゃ」

「攻撃なら魔術も物理もそれなりに防御できると思うわ」

「へー、さすが」

「ううん、身近に心配性な人がいていろんな魔道具を持たされているのよ」

 クラリスは三人に対したのと違って気さくに話す。ふわりと笑うと花が咲いたようだ。

「それにしても、魔術科にもあんなやつらがいるんだな」

 魔術科入学には魔術師の素質が必須だ。魔術師の素質は身分に関係なく現れるため、他の科と違って平民の割合が高い。それに魔術師は、個人主義だったり実力主義だったり、魔術にしか興味がなかったり、身分を気にしない人間が多い。

「彼らの家も魔術師貴族なのよ」

「ああ、宮廷魔術師の時代からの?」

 宮廷魔術師は五百年ほど前に廃止された職だ。

 身分や血筋に関係なく現れる魔術師だけれど、例外が古くから続く魔術師貴族だった。力の強い宮廷魔術師を始祖とし代々血統を繋いできた家だ。近親婚が法律で禁止されたり、子が生まれにくいなどの弊害もあり、今は血統を守っている家などない。しかし今でも魔術師が多く生まれる。

「エイプリル伯爵家は名門中の名門ってことか」

「だからこそ、社会的な地位には無頓着なのよね」

「これぞ魔術師ってわけだな」

 ブラッドはいうなら「魔術馬鹿」だ。

 授業でハリーの答えが彼の興味を引いたことで話しかけられるようになり、今では一番親しく話す仲だ。ハリーが平民なのは全く気にしていないようだった。ハリーの方でも、ブラッドが伯爵令息なのは知っていたが気にしていなかったし、魔術師の名門だとは知らなかった。

「アンダーソンさんも魔術師貴族?」

「いいえ、うちは単なる貴族。歴史は古いから、いろいろ知っているってだけよ」

 そこでクラリスはうかがうようにハリーを見た。

「貴族を嫌わないでね」

 彼らもきっと大変なのよ、とクラリスは続けた。

 クラリスがここであの三人を弁護するなど思ってもみなかった。相手の事情まで推し量れる余裕に驚く。

「他にやりたいことがあっても魔術師以外の道はなかっただろうし。……エイプリルさんだって」

「そうか? あいつはどこに生まれても、魔術にたどり着いていたように思えるけどな」

 しんみりした雰囲気を一掃するつもりで、ハリーは明るく茶化す。

 クラリスも「確かにそうね」と笑った。


 後々、ハリーはクラリスに尋ねた。

「君も魔術師以外にやりたいことがあったのか?」

「やりたいことっていうか……本当は魔術科に行かないで、すぐに結婚したかったの」

 防御の魔道具は婚約者が持たせてくれたそうだ。

「彼が社会も見るべきだ、魔術科の卒業資格はあっても困るものじゃないって言ったから」

「仕方なくでその成績?」

 ハリーが恨めしそうに見るとクラリスは「どうせなら自分に付加価値をつけようと思って」と笑った。その幸せそうな笑顔に、本当に好きで結婚するのだなと思った。

 抱きかけた恋心は確かなものになる前に消え、魔術科の三年間、ブラッドも含めて友人として親しく付き合った。

 クラリスは優秀な成績を手みやげに、卒業と同時に結婚し、相手の領地に引っ越したのだ。


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