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2-4白い結婚

 それからの私はというと、宣言通りそれはもう自由に羽を伸ばした。


 建国祭で出す屋台のパイ用の果物を子どもたちと一緒に収穫にしたり、美味しいレシピを侯爵邸の調理人に手ずから教わって使用人たちと試食会を開いたり。

 誕生会で知り合った酒好き伯爵のサロンへ行って、共に招待されていたラルフと一緒に各国の珍しいお酒を楽しんだり。


 それはもう充実した時間を過ごした。


 途中あったシルヴェスター様の誕生会は文句が言われない程度につつがなく執り行った。リージア様が「最初のダンスの相手が云々」とまた私に対して牽制してくるのが嫌だったので、「久しぶりに父と踊ってきま~す」と入場して早々とシルヴェスターの腕を離れた。案の定リージア様はシルヴェスターと踊れて満足そうに笑っている。


 あ~~~良かったですね???と後ろから蹴って差し上げたいところだが、謹んでおく。




「それでね?何が気に喰わないかってあの人の顔よ!あんな緩んだ顔、私、見たことないわ!なあにが氷の宝石よ!聞いて呆れる、溶けてんじゃないの!」

「メルヴィーナ、あんまり怒って話すと馬も驚いちゃうよ。」

「あっ、ごめんなさい。私ったら。」



 ラルフの助言に、慌てて目の前の馬を優しく撫でる。今年の冬は夫となるべく顔を合わせないために、リッチモンドの領地で義父母と共に過ごすことにした。侯爵家の領地は暖かく、冬でも雪が積もらないので、乗馬を楽しむ貴族も多い。ということで、それに向けて出発前にラルフに乗馬を教えてもらっていたのだ。



「でもまあ嫌だよね。自分が見たことない顔を異性に見せてるのは。」

「でしょ?もうこういうのを気にするのも嫌だから、早く領地に行きたいわ。」

「手紙書くよ。孤児院の子どもたちの様子とか気になるでしょ。」

「ええ、嬉しい!楽しみにしてるわ。」



 ラルフは相変わらずニコニコ穏やかに話を聞いてくれる。


子どもたちに武芸を教えていたときも思ったけど、やはりラルフは教え方がとても上手い。レッスンを始めて数日でもう一人で鞍をつけて乗れるところまで出来るようになった。



「今日は俺がひくから、馬場を出て少し林の方まで行ってみよう。」

「わあ、嬉しい!ちょうど紅葉していて綺麗そうね。」



 着いた先の木々はちょうど見ごろを迎えていて、銀杏の下は黄色の絨毯のようになっていた。馬から降りて、久しぶりに感じるイチョウの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。



「ねえラルフ、見て。イチョウチョ!」

「懐かしい。小さい頃たくさん作ってうちのテラスから飛ばしたね。」

「イチョウの葉っぱたくさん持って帰って部屋に広げて怒られたこともあったね。」

「メルの家の家政婦長さん、おっかなくてさ、一緒に掃除させられたよな。」



 幼い頃のように葉で遊んだり、銀杏の実を集めたり、ひとしきり遊んだ頃にはすっかり陽が傾いていた。11月も半ば、大分日が短くなってきた。



「大変、暗くなっちゃうね、帰らなきゃ。」

「遅くなったから、帰りは俺も乗って走らせよう。街はずれは危ないから。」



 そう言って、私が乗った後ろにラルフが跨る。まだ馬を走らせたことはないんだけど、大丈夫だろうか。落ちないだろうか。


 緊張で肩が強張る私を見て、後ろから手をまわして手綱を持つラルフが顔を覗き込んできた。



「大丈夫、安心して。俺うまいから。」



 自信ありげに言った通り本当に上手で、スピードも一定で馬が体を変に揺らすことなく颯爽と風を切っていく。秋の冷たい風が遊んで火照った頬を冷やして気持ちよかった。


 ラルフは気を遣って少し間を開けて乗ってくれるけど、たまに背中にラルフの身体が当たったり、わき腹に手綱を持つ腕が当たったりするたびに微妙にドキドキするのは黙っておこう。


 ついでに至近距離のせいでラベンダームスクのいい香りがしてドキドキするというのも黙っておこう。厚意で乗馬を教えてくれているのに、妙に意識してくる人妻なんて迷惑すぎる。


 でも許してほしい。18でシルヴェスター様と結婚するまで(というか結婚してからもだが???)男性経験が皆無なのだから。


 不純すぎる思考にぐるぐる振り回されているうちに、あっという間に厩舎に戻ってきた。既に迎えの馬車も来てくれている。


 ラルフが先に降りて、下から手を差し出してくれている。こういうところも夫と大違いだ。去年領地で初めて乗馬をしたとき、恐る恐る降りる私に目もくれず、一人でさっさと戻ってしまっていた。



「メルの髪、ラベンダーのいい香りがした。」

「えっえ、ええぇ!?」



 馬を厩舎に戻して鞍を外している最中、ラルフがそんなことをニコニコと言ってくるものだから、変な声が出てしまった。天然たらしの度が過ぎている。勘弁してほしい。



「そ、そういうこと、あんまり言わない方がいいわよ…!」

「えっそうなの。俺があげたオイル使ってくれてるのかと思って嬉しかったからつい。」

「そういうのも辞めた方がいいわ…!」

「えええ…喋るなってこと…?」



 放置されているといえど人妻でありながら幼馴染の友人にドキドキしてしまった罰が当たったのかもしれない。帰宅するとここ1か月最低限でしか顔を合わせていなかった夫とばったり鉢合わせてしまった。



「…ただいま戻りました。」

「ああ。」



 悲しいかな、こんな会話しかしない結婚2年目の夫婦がどこにいるだろうか。それでも自分から話しかけた私を誰か褒めてほしい。誰も褒めてくれない。


 一人でため息をつきながら通り過ぎようとしたとき、厳しい視線に睨まれる。



「イチョウを見に行っていたのか。」

「…ええ。どうして。」

「香りが。」

「ああ…不快でしたら申し訳ありません。」

「…そうだな、不快だ。」



 そう言って夫は私を追い抜かし、ずんずんと階段を上って行った。前言撤回する。氷の宝石は全然まだまだ氷のままだった。いや、私たちはもう永久凍土だ。


「いっいけませんメルヴィーナ様!」


 憤怒の表情でそこにあった燭台を投げつけたい衝動を侍女に抑えられる。



「だ、だって…!何あれ!」



 何だか最近は関係が悪化しているまである気がする。だからなるべく関わらないようにしているし、夫の交友関係に何も口出ししていないのに、横暴すぎやしないか。



 これ以上関係を悪化させないためにも、私は予定を早めて、少し早めに義父母のいる領地に出発することにした。馬車で1週間かけてついた領地は去年来たときと変わらず、のどかで暖かかった。


 出迎えてくれた義両親は優しく受け入れてくれて、領地の視察や乗馬、観光とそれは楽しい日々を過ごした。


 夫よりも姑といる方が楽しいってどういうことなのだろう。まあいい。


 義両親たちは気になっているであろう跡継ぎに関しても触れないでいてくれて、本当に有難かった。領主邸の執事がこっそり教えてくれたが、ご夫妻も御子になかなか恵まれず、シルヴェスターと、嫁いだ妹二人だけの子どもで先代からは嫌味を言われたらしい。そういった事情もあり、私たちのこともあまり言わないでいてくれるのだろう。



「若奥様、ラルフレート様からお手紙です。」

「まあ、ありがとう。」



 手紙には孤児院の子どもたちが冬の間も鍛錬に励んでいること、大きな雪だるまが20体も並んでいること、みんなで協力してシチューを作って食べたことなどが記されており、前任である義母にも手紙を見せたら大変喜んでくれた。


 手紙の端にはラベンダーの押し花が付けられており、優しい香りは穏やかな幼馴染のたれ目がちな瞳を彷彿とさせる。



 新年も迎え、植物たちが芽を出す季節が巡ってきた。


 リッチモンド家に嫁いできて3年目の春。

 5か月弱お世話になった義両親にお礼を告げ、領民たちからは別れを惜しんでもらい、馬車に揺られて6日。



(…半年ぶりか…。)



 雪が解け、春の日差しに照らされたこの侯爵邸の冷たく重い扉を開けた―――…。



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