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2-3白い結婚

「君は何が不満なんだ。」

「なっ…!それを私に言わせるんですか…!?」



 あまりの横暴っぷりに頭がくらくらしてくる。初夜を果たせなかったこと、寝室が別なこと、あなたの愛を乞うご婦人方からの牽制…それらを私の口から言わせるつもりなのだろうか、この男は。


 金の眉がひそめられて、険をもった眼差しに睨まれる。その蒼い瞳は凍てつくように冷たく、思わず一歩後ずさりをしてしまうほどだった。



「君はここに嫁ぐときに覚悟は決まっていると言っていた!」

「も、もちろん腹は括っています!でも、それとこれとは話が別でしょう!」

「どう別なのか言ってみろ!」



 厳しい一言に思わず体が固まる。無意識のうちに両手で胸を押さえていた。いくら私でも彼の冷たい声で怒鳴られれば萎縮してしまう。心臓が速鳴りしていた。

 酷い顔をしていたのだろう。私の顔を見たシルヴェスターが「しまった」というような表情をしたとき、丁度テラスの扉が開いた。



「メル…シルヴェスター様も、お二人の時間なのに失礼します。」

「…ラ、ラルフ…」

「申し訳ありません、邪魔なのは承知ですが、部屋の中まで声が届いております。他の方に聞かれてはまずいのでは?」



 確かに先ほどの声量では部屋の中まで声が聞こえていてもおかしくない。これにはさすがのシルヴェスターも苦い顔をしていてた。



「メル…大丈夫…?」



 ラルフの気遣わしげな表情を見ると、何だか安心して、張り詰めていた力が抜けて涙が一筋伝った。


(どうしてこんな仕打ちを受けていながら怒鳴られなければいけないの…)


 弱い心が顔を出し、唇が震えだす。いくら夫が冷たい人間だとしても、怒鳴るなんてひどすぎる。しかも…誕生日に…。その事実が更に涙を加速させる。こんな時でもシルヴェスターは眉を寄せて睨んでくるんだ。もうどうしようもない。



「メル…ご夫人は少し落ち着いてから部屋に戻りましょう。シルヴェスター様は先に戻っていたらどうでしょう。そろそろお開きの時間ですし。」



 ラルフの遠慮がちな提案に、シルヴェスターは面倒そうにため息を一つついて動き出す。

 去り際に、涙を流す私に冷たく吐き捨てながら。



「君も泣けるんだな。」



 そう言って私を気にするでもなく部屋に入って行ってしまった。



「大丈夫?シルヴェスター様に何か言われた?」

「ううん、大したことないの…大きな声にびっくりしちゃっただけ。ラルフ、来てくれてありがとう。」



 涙を拭いていると、ハンカチを持つ手がラルフの大きな手に包まれた。ハッとして見上げると、紫の眼が真っすぐ私を見つめる。



「…あんまり…強くこするとせっかくのメイクが取れちゃうよ。…貸して。」



 私の手からするりとハンカチを抜き、メイクがよれないように、優しく、慎重に目元を抑えてくれる。ゆっくりと、焦れるような時間。視界いっぱいにラルフの顔が広がるのが恥ずかしくて、目だけで夕焼け空を見つめて気を逸らす。


 それでもこの至近距離のせいで鼻腔に感じるラベンダームスクの香りからは逃げられなくて。変に一人で意識してしまう自分が恥ずかしい。ただ顔をふいてもらっているだけなのに。



「…うん、これで大丈夫!やっぱりメルは綺麗だ!」

「…ありがとう。おかげでボロボロな顔で戻らずに済んだわ。」



 顔は赤くなっていなかっただろうか。一人そわそわしていたことを、この優しい友人に気が付かれていないだろうか。どぎまぎしながら、なんとか平静な自分を装った。



「さ、戻って残りの酒を飲んでこよう!せっかくの誕生日だ。」

「ふふ、そうね。もう挨拶は済んだし、あとは楽しく飲むだけだわ!」



 そうして、ラルフのエスコートで部屋に戻った後は、ラルフと共に、用意したお酒を片っ端から飲んでいった。あまりの飲みっぷりに、酒好きで有名な伯爵のサロンにも今度来ないかと誘いを受け、新たなコネクションもできて大満足だ。


 会場にシルヴェスターの姿はない。先に自室に戻ったのだろうか。妻の誕生日だというのに薄情な夫だ。そう思うとまた泣きそうになったので、誤魔化すように強めのお酒を喉に流す。喉を焼く熱さが、こみ上げる切なさを消してくれた。


 そんなことを繰り返すうちに、招待客が帰るまではほろ酔い状態で楽しく過ごしていたものの、客がはけると気が抜けて一気に酔いが回った。こんな高いヒール履いていたら危ないったらありゃしない。誰が選んだのよこんな靴。いや、私か。



「若奥様…!」


 侍女が慌てる声が遠くで聞こえる。ああ、嫌だな。みんな帰っちゃった。またこの冷たい家で夫と二人だ。眠りたくないな…。あんな寂しい部屋で…。



 ◇



 次に目が覚めたのはあの広い寝室だった。陽はすっかり昇りきり、寝坊したことを知る。まあでも誕生会の準備も頑張ったしコネクションもできたし、今日くらいはいいだろう。ズキズキ痛む頭で一人納得し、侍女を呼んで湯浴みをして支度を整えてもらう。


 そう言えば昨夜広間でふらついて、その後どうなったんだっけ?ドレスは脱いでいたようだし、化粧もあらかた取れていたみたいで肌荒れもしていない。自分でなんとかしたのか侍女が頑張ってくれたのか。どちらにしても申し訳ないことをした。



「ねえマリア、昨日はありがとうね。飲みすぎたわ。」

「いえいえ、主役ですから。大成功でしたね。お疲れさまでした。」

「ありがとう。次は来月、シルヴェスター様の誕生会ね…。」


 去年は領地で行ったので、王都で彼の誕生会を開くのは2年ぶりとなるらしい。22歳を迎える夫の誕生日。どんなものにしようか考えながら陽の光を浴びようと庭へ出るために階段を降りると、シルヴェスター様と出くわした。



「・・・・・・。」

「・・・・・・。」



 …気まずい。恐らくお互いそう思っているに違いない。無表情のまましばし時が過ぎる。相変わらず何を考えているか分からない彫刻のような顔だ。

 しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。先に折れたのは私だった。



「…おはようございます、シルヴェスター様。昨日は私の誕生会にご協力いただきありがとうございました。」



 協力という言葉をわざと強調して嫌味を滲ませる。何せ、何も協力してもらっていない。準備から当日のあれこれまで。むしろ謎に怒鳴られ水を差された気分だ。

 私の態度が気に喰わなかったのか、薄い唇を更に引き結び、氷のような表情でずんずんと大股で近づいてくる。


 あまりの圧に、後ろに控えていた侍女がすっと横に出てくる。有能な侍女だ。


 警戒したものの、近づいてきた男は不機嫌そうに右手を差し出してきた。その手の中には、深紅のベルベット地の小さな箱。



「…私に?」

「そうだ。」



 唐突に渡されたものを恐る恐る開けると、中にはピンクトルマリンのネックレスが入っていた。驚いてシルヴェスターの顔を見上げる。


(まさか私の誕生日プレゼントに用意してくれたの…!?)


 期待をこめて蒼い瞳を見つめると、その期待に反してなぜか睨み返されてしまった。意味が分からない。この状況でなぜ。



「…あの?これは…」

「リージア夫人が君に似合うだろうと。」



 期待した心がガラガラと音を立てて崩れ落ちた。と同時に私は確信した。リージア様を公認の愛人として認めろというつもりで、彼女からの贈り物を私に渡してきたのね?


 二日酔いでズキズキ痛む頭が、更に鉄ハンマーで殴られた気分だった。


 私に隠れて愛を囁きあえばいいというものを!ここまで堂々としてくるなんて…!


(ああ、もういい。そちらがそのつもりならば私も好きにさせてもらうわ!)


 夫の愛人からのプレゼントが入った箱をパチンと勢いよく締めると、キッと夫を睨み上げる。



「素敵なお品をありがとうございましたとリージア様にお伝えください。とっても気に入ったので、私の宝石箱にしまい込んでおきますわ。ああ、それと。」


 これを言ってしまったらもう夫婦関係は修復不可能だと思う。…いや、元より私がどう足掻いたってどうにかなるものではないのだ。彼が私を生理的に受け付けられなく子を成すことが絶望的で、他に愛する人がいるというなら。


 覚悟を決めて飲み込んだ唾は、いやに苦かった。



「それと、今後は部屋で食事をとります。何か御用がありましたら侍女のマリアを通してください。嫁いできた身として最低限のことはしますが、他は自由にさせていただきますから!」



 家庭内別居宣言だった。


 私の宣言に、隣のマリアは驚き、正面のシルヴェスターは苦々しい顔をした。そして不機嫌そうなオーラを纏ったまま身を翻して執務室へと戻っていく。


「好きにしろ。」と冷たい一言を残して。



 去っていく背中はどんどん遠くなっていく。プラチナブロンドの髪は遠くからでも陽に照らされて煌めき、涙が出そうなくらい綺麗だった。


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