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2-2白い結婚

 ラルフが社交の場で私をたててくれるおかげで、「“薔薇の君”の美しさは健在だ。」「やはり小侯爵夫妻は麗しい」と少し私に肯定的な態度を取ってくれる人も増えた。


 しかし、季節が変わり、社交シーズンが終わろうとする頃、新たな問題が発生した。




「まあ、奥様。お邪魔しております。ああ、私のことはどうかお気になさらないでくださいませ。奥様もお忙しい身でありましょうから。」



 亜麻色の艶めく髪を上品にまとめ、夫にエスコートされ我が家の中央を闊歩するこの女。いや、こちらの女性。

 最近よくお会いする、スカーバラ侯爵家のご夫人リージア様だ。確かお年はシルヴェスターの2歳上、お子様もいらっしゃる。


 サロンで会えばにこやかな顔で私に挨拶し、隣にいる夫に二人しか分からない話題をふり、舞踏会では自分の夫が他の方の元へ行ってしまったから一曲目を踊ってほしいと夫の元に来たり、最近何かと牽制されている気がする。いや、されている。


 そんなに私を牽制しなくても、私たち夫婦は営みもない仮面夫婦なのだから気にしなくてもいいのに。貴族なのだから不倫の一つや二つ、愛人の一人や二人くらい上手くやればいい。しかしだ。こう表立って妻である私にアピールしてくるというのはいささか管理不行き届きではなかろうか。



 相も変わらず寝室に夫はやってこないし、最近は食事も別でとることの方が多くなってきている。それでこの状況だ。夫は何を考えているのか。




「…一周回って腹が立ってきたんだけど????」

「メルヴィーナ、やっと気が付いたの?」



 孤児院の子どもたちが秋空の下でサンドイッチを頬張っている様子を遠くで眺めながら、ラルフに事の顛末を話す。夫婦仲が上手くいっていないことははっきりとは言っていなかったが、私の様子で察していたらしい。まあ、結婚した若い貴族が子どももできず痩せてやつれていくなんて姿を見たら誰でも察するだろう。



「怒っていい仕打ちだよ。白い結婚を通しながら愛人を囲うつもりなら婚姻関係を解消すればいいと思うし、その方がお互いすっきりするんじゃないの?」

「そうね…。」

「言い出せないの?シルヴェスター様が怖いとか?」

「いや、そういうわけではなくて…もう話しかけ方すら忘れてしまったというか…。」



 何だそれ、と呆れたようにラルフはため息をつく。



「でも、そうね…今月は私の誕生会もあるし、そこで時間をとって少し夫と話してみようかしら…。」

「俺も招待してくれてありがとう。侯爵家に嫁ぐと自分の誕生会も主催しなきゃいけないなんて大変だなー。」

「去年は領地に行っていたからやらなくて済んだんだけどね。でも去年もプレゼントを贈ってくれてありがとう、ラルフ。」

「毎年恒例だからね。と、いうことで。はい!今年は少し早いけど、いつもの誕生日プレゼント!」



 じゃーんと差し出してくれたのは、毎年贈ってくれているラベンダーオイル。紫の袋とリボンで綺麗にラッピングされている。



「きゃ~かわいい!いつもありがとう!まさか今日もらえるなんて!」

「今年のは出来がいいって。誕生会までマッサージしてもらって、当日はピカピカに磨かれたお姫様にならなきゃいけないだろ?だから早めにあげようと思って。」



 ああ…どこまでもこの男は完璧なんだ…。美形の兄と姉の元で鍛えられているだけある。男所帯の騎士団所属とは思えない気遣いだ…。



「私、今、弟が立派に育って嬉しい姉の気分よ…。」

「え~どっちかって言うと俺が兄じゃない?」



 眉毛を下げて笑うラルフは、やっぱり弟みたいだ。小さい頃は私よりも背が低かったから、なおその印象が残っている。ラルフの背が伸び始めたのは15歳を超えてからあたり。昔は小さくて儚いお坊ちゃんだったのに、こんなに立派になって…。


 ラルフが来てくれるということで誕生会は少し安心だ。

 最近はリージア様以外にも色んなご令嬢がシルヴェスター様の興味を引くためにあの手この手でアピールしている。それだけならまだしも、妻である私に敵意むき出しなのだ。当の夫は気づいているのか気づいていないのか何も手を打たない。


 それが腹立たしい。


 イライラした日は、侍女に頼んでもらったラベンダーのオイルでマッサージをしてもらう。ラベンダーの香りには気分を鎮める効果があるというが、本当に安らいでいくから不思議だ。


 侍女の頑張りの成果もあって、誕生会当日はそれはもう艶々の出来栄えとなった。痩せていた身体は怒りで食欲が増したため体重が戻り、髪も、肌も、シャンデリアよりも眩しいかの如く磨き上げられた。誕生日前にオイルを送ってくれたラルフ様様である。

 いつもはシルヴェスターに合わせて白銀や青みのあるドレスを選んでいたが、今日は自分の瞳に合わせてローズピンクにした。ドレスは貴族の戦闘服だ。コンプレックスを隠し、自分の魅力を最大限に発揮し、自信を纏わせる。


 そういった意味では今日の私は100点満点の出来栄え。


 …それなのにこの男ときたら。



「シルヴェスター様、今日は私が主役です。主役をもう少したてたらどうです。」



 そう言って、夫の青いポケットチーフを勢いよく抜き、侍女に用意してもらっていたローズピンクのハンカチーフを入れ直す。ブルべの彼にも馴染むように、少し青みがかったピンクを用意しておいた。


 珍しく小言を漏らす私に驚いたのか、シルヴェスター様は何も言わずにその薄い唇をポカンと開け、切れ長の眼を見開いていた。

 この男のこんな顔が見れるなら、これからは少しずつ言い返していくのもいいかもしれない。



「メルヴィーナ様、お誕生日おめでとうございます!」

「まあ、ありがとうございます!」



 招待客からたくさんのお花やプレゼントをいただき、挨拶にまわる。



「夏の頃はお元気がないと見受けられましたが、やはり薔薇は健在ですなあ!」

「今日のメルヴィーナ様は大輪の薔薇のようだ。いやあお美しい!」

「もったいないお言葉ですわ!」



 色々と吹っ切れた私は以前のように気丈に振る舞えるようになっていた。それもこれも全てラルフのおかげだ。社交界で私の肩を持ってくれて、楽しい時間を過ごさせてくれて、話を聞いてくれる。ラルフには頭が上がらない。


 くだんのラルフは、先ほどピンクの薔薇の花束を渡しに来てくれたかと思うと、あっという間に年頃のご令嬢の波にのまれていってしまった。


 瑞々しく咲き誇る大輪の薔薇の花束は招待客からも絶賛され、侍女に頼んで数本髪飾りとして挿してもらった。


 招待客への挨拶もすみ、パーティーの終盤、私はシルヴェスターをテラスへと誘った。

 夫婦であるのにこういった特別な日でないと改まって話もできないなど、自分でも笑えてくる。



「…本当に、元気そうだな。」



 その言葉に、片鼻が痙攣しそうになるのを急いで扇子で隠す。…誰のせいで…どの口が…と悪態をつきかける言葉を必死で飲み込む。



「ラルフレート卿が水を与えてくれましたから。」



 その言葉に、シルヴェスターの白金の眉がピク…と動くのを見逃さなかった。



「シルヴェスター様。花は水がないと枯れるものです。」

「彼がその水だったと。」

「ええそうです。」



 はっきりと、彼の眼を見て告げる。蒼い眼は氷のようだ。見つめる人の心を冷やしていく。結婚前は見惚れていたこの美しい瞳も、今ではただただ恐ろしい。それでも私はこの恐怖に負けてはいられないのだ。



「シルヴェスター様。この際はっきり致しましょう。私に負い目があるのは重々承知です。貴方を責めるつもりもありません。ですがこのような関係、いつまでも続けていたって不毛でしょう?」




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