13幸せになってね
「西部に行く前に会えて良かった。メルに何かあったら俺も後を追おうかと思ってたんだよね…。」
「お、重いわ…、って、ちょっと、何するんですか。」
「まだケガが治ってないんだ。もういいだろう、横になろう。では達者でなラルフレート卿。」
「シルヴェスター様、待って、会ってまだ10秒も経ってないわ。」
「でも確かにあんまり起き上がってちゃだめだよね。俺が寝室にお邪魔するかな?」
「帰ってくれ。」
はたから見たらただの茶番なのだが、シルヴェスター様は恐らく真面目に言っているし、なんならラルフも真面目にふざけている。なんとかなだめて、マリアにお茶をお願いして腰を下ろした。
動いても大丈夫だと医師から許可が出たのが昨日。今日はラルフがお見舞いに来てくれている。
熱が出て伏せっていた間も来てくれていたらしいのだが、傷にふれるからと、シルヴェスター様が面会を断っていたらしい。
今まではラルフが訪問しても、シルヴェスター様は挨拶すらしていなかったのに、今日はなんと同席している。
私の隣に座る夫はいつにもまして偉そうだ。
今朝、一緒に朝食を食べた時はもう少し柔らかい雰囲気だったはずなのに。
「もう本当に驚いたよ。どうしてメルはいつも体を張るんだろうね。」
「自分でも気がついたら動いちゃってて…」
「傷は?どのくらいだったの?」
「ええっと、ここなんだけど、」
「見るな、触るな。」
ボレロをずらして見せようとする私の手と、テーブルから乗り出しだして腕を伸ばすラルフの手を、シルヴェスター様はそれぞれ止める。
「邪魔しないでくださいよ。」
「メルヴィーナ、彼は巧妙に距離を縮めてくる。くれぐれも気をつけてくれ。」
「まあ…」
肩を出すデザインのドレスは普段着ているし、それに、心配してくれたから傷を見せようと思っただけだったけど、一度恋仲を疑わせてしまった相手と近すぎるのも確かに良くない。
でも、それも今日限りだ。
「いよいよ明日出発なのね…。ラルフ、気をつけてね。」
「…うん。冬を前に、治安が悪くなっているっていうからね、頑張ってくるよ。」
「冬の西部は疫病も流行るって聞いたわ。少しでも具合が悪くなったらすぐにお医者様に診てもらってね…。」
「はは、大丈夫だよ。あんまり心配しないで。」
「でも…」
雪の積もる王都や領地と違い、西部は乾燥し気温も低く、気候も風土も違う。いくらラルフが頑健だといっても、心配は尽きない。実際に西部遠征へ行って、帰ってこられない騎士もいるのだ。
心配する私の隣で、シルヴェスター様が小さくため息を吐いた。
「…全く。この男は離れても君の心を揺すってくる。」
「メルは優しいですからね。」
「はあ…。西部にウェスティン伯爵がいる。彼はうちの母の傍系だ。何かあればそこを頼ればいい。連絡しておこう。」
「シルヴェスター様…!ラルフのことを心配してくださって…!」
「メル、この人はそんなに優しい人じゃないよ。」
「ああ。」
短くそう答えて、隣に座るシルヴェスター様は怪我をしていない方の私の肩を引き寄せる。
「君がこの男のことを心配するのが嫌だからだ。」
「…っ…!」
「あーあー、どうしたんですか、そんなこと言うようになって。」
すり、と整った鼻先を後頭部に擦り寄せられて、私はもう顔も上げられない。先日、寝室で話したことが脳裏に蘇る。
『これからは自分の想いも、望みも、君に真っすぐ伝えたい。君に、笑っていてもらいたいから。』
真っすぐに言ってもらえることが、こんなにも嬉しいだなんて、初めて知った。
若干鼻がツンと痛くなって、斜め上の夫を見上げ、彼の膝に手を添える。
「ラルフ、もう、大丈夫だから。心配かけてごめんね。」
「…うん、俺は…メルが幸せなら…諦められる。」
「ラルフ…」
「多分ね。」
「あっ!」
にっこりと悪戯に笑って、流れるような動作で私の手をすくって、唇を落として立ち上がるラルフ。
あまりに突然の出来事にポカンと開いた口が塞がらない。
「帰るよ。メルの元気な顔が見れて良かった!」
「あ、えっと、送るわ…!」
「見送りは要らないよ。これ以上一緒にいたらシルヴェスター様にもっと意地悪したくなっちゃうからね。」
「さっさと帰れ。」
「はは、じゃあね、メル。幸せになってね。」
「ええ。…ラルフも…!」
ーーパタン。
賑やかなラルフが去った部屋に残された、私たち。先ほど口づけられた私の手の甲を、長い親指で撫でながら、じっと見つめるシルヴェスター様。
「…君は、彼の前だとよく笑う。」
「そうですか?」
「似合いだと思う。嫌味ではなく、素直に。」
そう言ったシルヴェスター様は少し切なげで弱々しい。
(…仕方のない人)
ため息をひとつついて、振り返り、彼の目の前に立つ。手を取り背の高い夫を見上げる。
「それでは私がこれからもっと気品良くなって、貴方に似合うような妻になります。ほら、宝石と薔薇だなんて、今思えば高貴な組み合わせではないですか。」
「止めてくれ、宝石だなんて。そんな大層なものではないだろう。」
「ふふ、でも本当に綺麗です、貴方の瞳は。」
窓から入る空きの穏やかな日差しが、氷のような蒼い色をキラキラと反射させる。
(もっと、近くで見たいな…)
そっと、窺うように手を伸ばす。するとシルヴェスター様は口元だけで微笑んで、私の手を取り自分の頬へといざなってくれる。
ぎこちないけれど、確かに感じる、触れる喜び。
きっとこれが今の私たちの距離感なんだろう。
近づいて、歩み寄って、積み上げていく絆。
本音を言うのは怖いけれど。意地を張らないのは難しいけれど。それでも一緒にいたいから。
夫婦の関係は努力でつくっていくのだと、知った。
「…愛している。」
「私もです。」
言葉にして、想いを伝える。
真っすぐ、これからも、ずっと。
おわり
お付き合いいただきありがとうございました…!
「俺の方が君を幸せにできるのに男子」が好きすぎて自家発電すべく書き始めた小説でした。
ラルフにはいつか幸せになってもらいたいものです(R指定で…)。
初めて書き上げた小説。
ネットの大海でラルフたちを見つけ、目を留め、ブクマやいいね・感想・評価をくださった皆様のおかげで書ききれました(誤字も教えてくださってありがとうございます…!)。
画面の向こうのあなた様に感謝申し上げます。




