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7-3健全な密会


メルヴィーナ視点に戻ります。

誤字報告ありがとうございます。失礼しました…!



「そろそろ夕方だ。楽しかったね、メル。」

「ええ、色んなお店も見れて楽しかったわ!」


 ラルフがたれ目がちな目尻を更に下げて笑いかけてくれる。

 そんな笑顔を向けられたら、私も自然と頬が上がる。

 今日一日でなんだか顔が筋肉痛だ。普段どれだけ笑ってないのかと悲しくなってくる。


 食べ物だけではなく、雑貨もたくさん買えた。


 普段は懇意にしている商社の外交が家まで好みのものを持ってきてくれたりするから、こうやって雑多な中から選ぶというのは独身のときぶりだった。


 アンティークの食器やキャンドル、可愛い刺繍糸など、細々としたものをたくさん買ったので、後ろから付いてきていた護衛に持ってもらっている。有り難い。


 侍女のマリアもついでに色々と買えて後ろで楽しそうに護衛と話している。


(…いい1日だったな。)


 ラルフの腕をとり茜空を見ていると、穏やかな気持ちになれる。

 今日の最初こそ、こうやって近づいてラベンダームスクが香る度にドギマギしてしまったけれど、香りが自分にも移ったのか、それとも慣れたのかもう変に意識しないで済むから助かった。



「…楽しかった。」


 独り言をポツリと呟くと、隣で嬉しそうに笑う微かな吐息が聞こえた。

 顔は前に向けたまま、視線だけでラルフの顔を盗み見る。


(…え?)


 朱色に照らされた横顔は、口元は笑っているのに眉は下がってどこか寂し気で。

 夕焼けのせいだろうか。それとも私の買い物に付き合わせて疲れてしまっただろうか。

 どこか申し訳なくなって、「ラルフ、」と呼びかけようとした瞬間、ラルフがこちらを向いた。

 先ほどの憂い気な様子を覆い隠す笑顔を貼り付けて。



「さ、暗くなる前に帰ろう。」


 明るく言う彼にそれ以上は何も言えなかった。


 ラルフに促され、帰路につこうとしたとき、すれ違う男性たちのうちの一人と目が合った。

 しかもすれ違った後、後ろで連れの人たちに「おい、今の…」「まさか」「でも、特徴が…」とひそひそと話している。

 不安になってラルフを見上げると、異変に気が付いたのか険しい顔を返された。


「…メル、少し急ごう。」


 肩を引き寄せられ、半ば抱えられるように歩を速める。

 後ろの男たちは「あっ、おい!」と慌てて踵を返してぞろぞろと追いかけてきた。


 4人は後ろの護衛が引き止めたが、残る二人が距離を縮めてくる。


(何…お金目当て…!?)


 そんなに治安が悪くなさそうだし周りにも人がいる開けた場所だったので気を抜いていた。


「メル、走れる?」

「え、ええ。」


 肩を抱かれたまま走り出そうとした瞬間。



「おい!待て!」


 男の一人が私の腕を引っ張った。


「きゃ」


 声をあげた時、肩を抱いていた大きな手が離れた。


 驚いて振り向いたときに聞こえたのは鈍い音。

 背後にいると思った男は鼻を抑えて地面に尻もちをついていた。


「いってぇ…何すんだ、お前…!」


 男が憎らしそうにラルフを見上げる。

 どうやら男の鼻はラルフがやったらしい。


「こっちのセリフだ。彼女に触るな。」

「おっまえ…っ!!」


 顔を真っ赤にして立ち上がり振りかぶってくる男を正面に、ラルフは後ろ手で私をそっと押し、下がっていてと無言で告げる。


 男の拳を右手で薙いで、みぞおちに蹴りを入れる。長い足が深く入ったのか、男の身体は浮き、壁に背を叩きつけられていた。

 もう一人の男が体勢を低くしてラルフを目がけて突進してきたが、石畳を踏みしめる両脚はびくともしない。そのままあっという間に男の足を掛け、地面に叩きつけ男の足首を本来曲げてはいけない方向に捻った。

 その瞬間、男は声にならない悲鳴をあげ、この世の終わりのような表情を見せた。こんな場面など見たこともないので、思わず息を飲んでしまう。当のラルフは普段私に見せる穏やかな表情ではなく、厳しい顔で一瞬の隙もない騎士そのものだった。


 こちらに襲い掛かってきた二人をあっという間に片してしまったラルフは、後ろの護衛の方を確認する。こちらの様子に気が付いた護衛は、声を張り上げた。



「ラルフ様は奥様を連れて安全なところに、マリア嬢は自警団を…!」

「分かった、あとは任せた。」


 ラルフに手を引かれ、走り出す。

 先ほど蹴り飛ばされた男と、護衛をすり抜けた男二人が追いかけてきた。

 必死にラルフのスピードに追い付こうと握られた手に力をこめる。

 人の波を避けながら、なるべく人通りが多い方へラルフは走っていく。

 でも。後ろを振り返ると必死の形相で迫る追跡者。


(私の遅さでは追いつかれてしまう…!)


 焦って息を切らせながらラルフを見上げると、急にぐっと手を引かれた。


「メル、こっち…!」


 曲がり角を曲がってすぐの路地裏に入る。

 表の通りにはたくさんの人。そこは夜から営業を始めるらしい酒場が並ぶ通りだった。


 しかし路地裏には誰もいない。通用口が並ぶだけだ。


 看板の陰、背中には冷たいレンガの壁、目の前には―――…大きな胸板。


 表の通りは行き交う人の雑踏で賑わっていたのに、少し路地裏に入っただけで、その喧騒は遠い世界に感じられるかのように静寂で。

 私のものなのか彼のものなのか分からない荒い息遣いだけが聞こえる。

 ラルフも息が切れて小刻みに胸が上下している。

 なるべく触れてしまわないように逃げようとしても、それ以上は下がれなくて。

 見上げたラルフは息を整えながら通りの方を注意深く見つめている。


「…う、うまく、撒けた…かしら…?」

「し…来た…。」


 小声で問うと、返答と一緒に詰められる距離。

 額に感じるラルフの体温と息遣い。

 私が汚れないようになのか、左腕で背を、右手で後頭部を包まれている。


(…やっぱり、私の体は貧弱だ。)


 ラルフの大きな身体でいとも簡単にすっぽり覆われてしまう。

 こんなときにこんなことを考えているなんて吞気な奴だとシルヴェスター様ならまた小言を言ってきそうだ。ラルフなら笑ってくれるかしら。


 くらくらしてきた。

 追われていた恐怖なのか、見つかりそうな緊迫感か、それとも―――、私の頭上でラルフが俯いたせいで髪に彼の鼻が、唇が、私の髪に(うず)められているせいか。

 彼が息を整えようと、短く浅い呼吸を繰り返すたびに、私の髪も一緒に揺れる。


 視界はラルフでいっぱいになっているから、私には周りの様子が分からない。

 きっとそのせいだ。さっきよりもずっと心臓がうるさいのは。見えなくて、怖いから。

 背中に回された手に力が込められて体と体の隙間が無くなったことも、薄い布の服のせいで大きな手の感触まで感じてしまうことも、何一つ私の心拍とは関係ない、はずだ。



 実はシルヴェスター様との初夜(悲しいほど未遂だけれども)のときに気が付いてしまったのだが、背中の引き攣れになっているところは皮膚が薄いのか、その…過敏になるというか、敏感というか…。

 少し触られただけで他のところよりも、とてつもなくくすぐったいのだ。


 こんなときにそんなこと気にするのはおかしいとは分かっていても、くすぐったいものはくすぐったい。ラルフが身を隠すために体を寄せるたび、背に触れる手が掠められて、先ほどからびりびりとくすぐったくて…。しかも我慢すればするほどそこに意識が集中してしまって。


 限界になって逃げようと身をよじると、「動くな」と言うかのごとく掴みかかるように抱き直されてしまい。



「…んぅ…っ」



 思わず漏れ出た声は、咄嗟に唇を押し付けたラルフの胸が消してくれた。



「勘弁してくれ…」



 頭に回された手に力が入り、私の頭頂部に顔を埋められたまま静かに注意される。

 ラルフの長い指が編まれた髪の隙間に入り込み、ぐしゃっと乱暴に力が入れられたのを感じた。優しい彼に珍しく荒々しく扱われたことで、流石に怒らせてしまったと一人反省する。


(よく分からない人たちに追いかけられてラルフに助けてもらっているのにこんな体たらく、お荷物だわ…)


 自分の不甲斐なさを恥じた私は、これ以上背に意識を向けないために心を無にして耐え忍ぶことを決めた。

 ラルフはやはり普段騎士として訓練しているだけある。身を固めたまま、長い呼吸を繰り返して、見つからないようにかつ、いつでも走り出せるように整えている。


 本当にできた人だ。



 しばらくそのまま身を潜めていると、路地の向こう側からマリアが小走りでやってきた。


「馬車の準備ができました。こちらから抜けたところに停めてあります。」

「ありがとう。」


 そうして、追跡者に見つかることなく、馬車に乗り込み、事なきを得た。




 20話を迎え折り返しに入りました。お読みいただきありがとうございます…!




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