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6-3愛人にぴったりの男

「そういうことならこちらの彼が愛人にぴったりじゃない!ヨシ!採用!」


 まるっと解決よ!とでも言うかのような明るい笑顔で、公爵夫人は人差し指をたてる。その可愛らしい顔は本当に楽しそうだ。


 先ほどまでによによと痴話げんかを鑑賞していた夫人は、シルヴェスター様が去るとスススっと近づいてきて肘で小突いてきた。幼馴染ですとラルフを紹介すると、にんまり顔を綻ばせ、ラルフの側についたのだ。


 しかも隣のラルフまでもがうんうんと頷いているので、2対1の構図となる。


 待ってほしい。こんな適当な雰囲気でする話でもないし、そもそも愛人って採用不採用というようなものなのだろうか。恋愛初心者の私が知らないだけで、こういう風に決まっていくものなのだろうか。


「…あの…その、愛人(小声)ってもっと愛を囁いたり素敵な雰囲気のもと自然発生的に成り行きで進んでいくものではないのでしょうか…。」

「だって貴女、2回も失敗しちゃってるじゃない。」

「うっ…。」


 痛いところをつかれた。せっかく夫人が用意してくれた出会いの場を私はもう2回も無下にしている。


「貴方の幼馴染は素晴らしく魅力的な男性よ。ほら、よく見て。この長身に鍛え抜かれた肉体!多分脱いだらもっと凄いわ。」

「本人を目の前に言える夫人の経験値に感服します…。」


 当の本人は年上の女性に自分の身体を褒められ想像され、少し恥ずかし気だ。それはそうだ。


「黒い髪は艶めいて、紫の瞳なんて官能的じゃない…!お顔も、たれ目がちで甘い雰囲気、こんないい男二人といないわ!私がほしいくらい!ねえ、どう?今度、女性が主導権を握るセック」

「夫人!!!」


 もう無我夢中で夫人の可愛らしい小さな唇を抑える。今とんでもない言葉が出ようとしていた。ここは秘密と官能のなんとやらでもない、由緒正しき王宮のど真ん中。夫人は本当に、その見た目とは反してオープンな方だ。


「もう~みんな大人なんだからいいじゃない~」と口を尖らせる夫人を窘めていると、頭をかくラルフが目に入った。こんな開けっ広げな女性、なかなかいない。かなりの衝撃だったのだろう。


「あの、メル。」


 少し戸惑っているかのような声。


(…あ。)


 黒髪の奥、耳が赤い。…照れている。


「俺、メルに性的なことを望んでいるわけじゃないんだ。勘違いしないでほしいんだけど。」

「それはそう、大丈夫、分かってる。」

「でもメルの力になりたいのは本当。シルヴェスター様にメルだって楽しんでいるところを見せてすっきりしたいんだろ?」

「ええ、そう。でもあなたを巻き込むわけには…。ラルフだってそろそろ結婚しなきゃだし。」

「それは最近破談になったばかりだから暫くはいい。メルは本当は真面目だから不倫とかできる性格じゃない。だから、愛人ごっこをしよう。」


 真面目な顔のラルフから、今、とんでもなく不真面目な言葉が飛び出した。


 あまりにも浮世離れしたワードに瞬きが止まらない。


 よく分からなくて、隣の公爵夫人の方へゆっくり顔を向けると「わあ~楽しそう!」と言わんばかりの期待に満ち溢れた笑顔で両手を顔の前で合わせている。ダメだ、この人は頼りにならない。


(あいじん、ごっこ…)


 いや、確かに私は小さいときからラルフと数々のごっこ遊びをしてきた。お店屋さんごっこ、魔法使いごっこ、騎士ごっこ…。しかし…その…愛人ごっことはまた不道徳なごっこ遊びにも程がある。


「ごめんなさい、ちょっと、どういうことだか…。」

「そのままだよ。愛人のふりをするんだ。メル、言ってただろ、惨めなのが辛いって。俺はそんな風には思わないけど。でもメルがそう感じちゃうなら、俺が恋仲のふりをして周りの目からメルを守るから。」


 彼はいたって真剣だ。紫の目で真っすぐ私を見据える。

 彼は気が付いているのだろうか。私は()()を求めていたのだ。

 誰かの瞳いっぱいに自分だけが映ること。

 だからだ。だから私はいつもこの優しい友人に心揺さぶられるのだ。


「もちろん期間限定でだ。時が来たら終わればいい。その間にメルの気持ちやシルヴェスター様の意向も変わるかもしれない。メルの自尊心を取り戻してさ、見返してやろうよ。」


 愛人ごっこだなんてなんともふざけた遊びだが、そこにはラルフの思いやりが詰まっていて。


 1年前、痩せてしまった私の顔を見て、心を痛めてくれたラルフの優しさを思い出す。

 社交界で笑いものになりかけた私と踊ってくれた。みんなの前で綺麗だと繰り返し伝えてくれた。一緒にご飯を食べてくれて、愚痴を聞いてくれて…。

 あの冷たい寝室で癒してくれたのはラルフのくれたラベンダーの香りだけだった。


 ああ、なんだか目が熱い。

 今日はお酒を飲んでいないはずなのにな。


 愛人ごっこというとんでもなく破天荒な提案をされているにも関わらず、嬉し泣きしてしまいそうな自分がなんだか可笑しくて。

 泣く代わりに笑ってしまった。


「…そんな困ったような笑い方しないでよ。」

「だって、可笑しいじゃない。こんな変な提案してくれるの、あなただけよ。」

「いいじゃん、俺たちの仲だろ。10年前助けてもらったんだ。あの時の借り、返させてよ。」


 ラルフが眉毛を下げて笑う。あ、多分私たち、今同じような顔している。


 差し出された手は、大きくて頼もしい。

 あの頃は「私が守ってあげなくちゃ!」と思うほど小さくて儚い手だったのに。


(…嬉しいな。)


 申し訳ない気持ちの方が大きいけど、私を心配して私のためにと提案してくれたのが、心から嬉しい。

 それに、ラルフが感じている罪悪感を少しでも減らせるなら。

 もうあの事故から10年経ったんだ。そんな罪悪感は、清算してしまわなければ。


 そんな気持ちで、私は差し出された手にそっと右手を重ねた。


 安心したかのように優しく微笑むラルフと目が合う。


 こうして、私とラルフの”愛人ごっこ”が始まったのである。





 ―――後ろで事の顛末をにまにま笑いながら鑑賞していた、色事大好き公爵夫人の画策によって、少々刺激的なスパイスが加わるが。






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