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6-1愛人にぴったりの男

 やはり私には愛人をもつ才能(?)が無いらしい。

 覚悟を決める気概も無ければ、タイミングを掴み取る運すらも持っていない。


「はあ…。」


 そりゃあこんな大きなため息も出る。


「どうしたメル。久しぶりにうちに帰って来たというのにそんなため息をついて。」

「ちょっとね~…。何もかも上手くいかないというか。」

「まあ~メルちゃん可哀そうに、よしよしよしよし…。」

「よせよせ!こいつはもう侯爵夫人だぞ!わきまえろ!」

「いいんですそんな名ばかりの座なんて捨ててしまいたいくらい…。ええ~んお義姉さま~。」



 そう言って義姉の腕にすりすり頬を寄せると、温かい手でよしよしと頭を撫でてくれる。優しい。彼女はいつも甘やかしてくれる。絶対にいい母になる。お腹の子も幸せ者だ、こんな仲のいい兄夫婦の元に生まれてこれるのだから。


 というわけで、今日は兄夫婦の懐妊祝いをしに実家に帰ってきている。実家とは言っても母は早くに亡くなっているし、父は昨年腰を痛めて領地で静養しているので、実家というより兄夫婦の屋敷だが。



「大分大きくなりましたね、お腹。」

「ええ。毎日中から蹴られているわ。」

「お義姉さまお願いです…!お腹を触らせていただいてもよろしいですか…!?」

「お前は本当に遠慮がないな。」

「メルちゃんなら大歓迎よ~いっぱい触ってあげて~!」

「ありがとうございます!おばちゃんだよ~元気に生まれてくるんだよ~待ってるからね~。」


 この大きなおなかの中でひとつの命が今も元気に育まれているなんて、本当に神秘的で愛おしい。ああ動いてる…。かわいい…。ちゃんと生きてるの偉いね…。ひとしきり触って愛でさせてもらうと、不思議と満たされた気分になった。赤ちゃんってすごい。



「メルは本当に子どもが好きだな~!お前のところはいつ…っぶ!」



 兄が地雷を踏みかけたところ、兄の対面に座っていた義姉が思いっきりクッションを投げつけた。私と同じ胡桃色の髪は盛大に乱れる。



「お義姉さま!そんな、お身体にさわります…!」

「だあってこの人…!っもう!メルちゃんにはこの子が生まれたらいっぱい遊んでもらわなきゃいけないんだから!あとほら!生まれたら侯爵家からた~くさんお祝い貰わなきゃだしね!いいのよ、そんな!シルクと宝石の産着だなんて!」

「それはお義姉さま、赤ん坊に毒ですわ…。」



 でも子どもが好きなのは事実だった。結婚を諦めていたからこそ、婚姻の話をもらったときは子どもをもてるかもしれない喜びに胸を躍らせたものだ。遠い昔の話だけど。



「…メルちゃん…。」

「あっ!!そうだ!!」



 少ししんみりした空気を変えるように、兄が大きな声で仕切り直し勢いよく立ち上がった。いや、お前が空気を悪くしたのだが。

 執事に合図し、持ってきたのは古びた小箱。何やら見覚えがある。



「…これ…。」

「子ども部屋をつくるために先日整理していたら、出てきてな。中身を見たが、メルヴィーナ、お前のものだろう。」

「あ、思い出してきた…。子どもの頃の宝物箱だわ。」


 開けてみると、古いにおい。亡くなった母からもらった手紙、このおもちゃの指輪は…父が街で買ってくれたものだ。兄と一緒に作った家紋のチャーム。他にも小さい頃から大切にしていたおもちゃが入っていた。懐かしい気持ちで一つずつ手に取って見て行くと、一番底に小さな封筒。


 差出人は―――ラルフ。


 あまり記憶にないが、なんだろう。古い封筒を開けてみると、



「…なんでも…おねがいをきく、けん…?」



 子どもの字で、そう書いてある羊皮紙が1枚。



「かわいい~、私もこの子から”おてつだいけん”とかもらいたいな~。」

「ラルフは小さい頃からずっとメルにべったりだったからな~。」



 兄と義姉が覗き込んでやいのやいの言っている傍ら、私はとんでもなく良いことを思いついてしまった。


(見知らぬ男性を愛人に求めたり、プロの男娼と一夜をなんて、恋愛初心者の私には早すぎたのよ!私レベルの女は身近な領域から攻めないと…!!)


 心の中でガッツポーズを決めた私は、兄の両手をガシっと包み込んだ。



「ありがとう、お兄様!お兄様のおかげで私、幸せな恋をできそうですわ!」

「う、うん…?それは良かった?」

「お義姉さまも、お身体に気を付けて、元気な赤ちゃんを産んでくださいませ!」

「え、メルちゃん大丈夫…?恋って…?」



 不安げな兄夫婦に別れを告げ、宝物箱を持って自分の屋敷へ帰る。

 丁度いいことに、明日は王宮の舞踏会。これは年に一度の大きな催しなので、ラルフも参加すると聞いている。

 その日は胸がドキドキしてなかなか眠りにつけなかった。落ち着くために、先日届いた今年分のラベンダーのポプリを取り出す。毎年忘れずに届けてくれる優しい彼を思い出し、一人きりの寝室で早く明日になってほしい思いでいい香りと共に布団に潜り込んだ。






「確かに俺は…なんでもお願いをきくと誓ったけど…でもメルヴィーナ、…あ、そんなに…。」

「そんなに大きな声出さないで。私、気付いたの。あなたしかいないって…。」



 紫の瞳が潤んで揺れる。少し困ったような、そんな表情。ああ、ラルフってこんな表情をする人だったのね…。長い付き合いだけど、初めて見た彼の表情。


 広間でたくさんの人が踊る中、少し外れたところにラルフを呼び出して他の人に聞かれないよう密やかにお願いする。もちろん、愛人の件だ。



「そんな…騎士団の誰かを紹介してくれだなんて、いくら君の頼みでも…。」

「お願いよ!私、気付いたの!私みたいなタイプは、きちんと手順を踏んで、仲良くなってから恋仲に進まないと上手くいかないって。だから普通の男性かつ、女性と遊びたいような方と知り合いたいの…!」

「確かに男所帯だから、女性との接触を喜ぶ奴は多いけど…。」

「でしょ!?」



 え〜〜〜とラルフは心底嫌そうだ。その気持ちもわかる。人妻の遊び相手を紹介するなんて誰だって嫌だろう。でも、だからこそこの券の使い時なのではと閃いたのだ。


 昨日は見覚えのない券だと思ったが、よくよく記憶をたどったら、思い出した。


 これはこの背中の傷を負ったときに、お見舞いに来た10歳のラルフが泣きながら「僕はメルのためならなんだってするから…。ずっと、ずっとだよ…。」と言って手渡してくれたものだ。

 その時は怪我による熱で意識が朦朧としていて記憶が曖昧だったが、確かにそうだ。


 私は覚えていなかったが、ラルフはこれをずっと覚えていて、だから結婚せずに私のことを気にかけていたのではないか。


 それだったら本当に申し訳なさすぎる。それなら、さっさとこの券を使ってしまって、ラルフを自由にしてあげたい。


 そもそもこの傷だって、私が勝手に動いただけのものなのだ。ラルフが気にするべきものではない。



「そこまでして愛人がほしいの?メル…」

「あっ辞めて。そんな憐れみの目で見ないで?」



 私はラルフからこの目で見られるのに弱い。

 ラルフと二人で広間の端っこで果実水を飲んでいると、私のドレスと同じ布を使ったコートを着る男が外面(そとづら)用の貼り付けた笑顔で近づいてきた。



「今日は酒を飲んでいないのか。」

「だから!禁酒中です…!!」



 こんな嫌味を言うために来たのか。

 イライラしながら睨むも、またいつもの冷ややかな蒼い目で見下される。目が笑っていない、目が。



「なんか、仲良くなってない?」


 ラルフが背後からそっと耳打ちしてくる。


「これのどこが…!!?」


 信じられない!という気持ちで横目で振り向くと、思ったより至近距離で紫の目とかち合った。背の高いラルフは上半身を屈めていたらしい。


 予想外の近さに、思わず顔が熱くなってしまう。またもや"幼馴染の人妻に変に意識される"というラルフにとって不名誉な状態になってしまい、大変申し訳なくなった。



「あ…ごめん…びっくりしちゃって…」

「…ねえメル。君は旦那さんをぎゃふんと言わせるくらいいい男を愛人にしたいんだよね?」



 顔が赤い私をよそに、ラルフはにこやかに更に近づいて声をひそめてくる。近い近い…。

 曲がりなりにも夫が目の前にいるのだけども…。



「メル、俺はいい男だと思う?」

「えっええぇええ、いい男だと思うわ…?だから早く離れ」

「よし。じゃああの券、使っていいよ。君のお願い、俺が聞く。」

「え?」



 にっこり微笑んだラルフは、離れるどころか、そのまま近くにあった私の胡桃色の髪の毛を一束すくい、そのまま唇に持って行く。

 待って待って?目の前で氷のような眼をした夫がすごく不快そうに眉を潜めているんだけど?


 しかしラルフはそんな顔もお構いなしに、にこにことシルヴェスター様に視線を移した。…髪に口づけたまま。



「小侯爵様は寛大だ。これ程美しいご夫人に自由恋愛を許可するなんて。」



 そしてわざとらしく大きな声で小芝居を始めたのだ。


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