5-2いざ!愛人探しパート2
「どうしてこんなところで…それに彼は…。」
戸惑うように紫の瞳が私と青年を3回ほど往復する。言い訳をぐるぐる考えていると、ラルフははっとした表情のあと、とても気の毒そうな悲痛な面持ちになった。
「ちち違うわ…!何か誤解を」
「おいラルフ!持ち場離れるなよ!」
遠くから男性の大きな声が聞こえた。その声にラルフも青年も慌てて私を馬車に押し込める。
「レディ、急いで、ではまた今度。」
「いえ違うのまた今度とか無」
「メル、今はとにかくここから離れた方がいい。話はまた今度だ」
弁解もお礼も何も言えず扉を閉められ、瞬く間に馬車が揺れだす。揺られながら私は頭を抱えた。
(―――どうしていつもいつも…ッ!!!)
娼館で夫と似た男が来る(←夫人の気遣い(?)だからまだ分かる)、この日に限って騎士団の見回り(←運が悪すぎる)、夫とレスだってことを知っている友人に夫と似た男娼と一緒にいるところを見られる(←なんで??????)。
またしても愛人探しを失敗し、混乱する頭では最早『なんともなくリージア様と愛人関係になっている夫は凄いのでは?』という考えまで湧き出てきてしまったものだからもう救いようがない。
しかも家に着いたら着いたで、扉を開けるなりシルヴェスター様とばったり出くわしてしまい、つくづく自分のタイミングの悪さを呪った。
「…今日は酔い潰れていないんだな。」
「…禁酒しております…っ!!」
お帰りもなくまた小言を言われ、無事1ラリーで会話を終了させて足早に部屋に滑り込んだ。何もかもうまくいかないイライラを整理するように夫人へ感謝の手紙を書き、今日は早々に布団に潜り込んだ。
◇
「で、男娼に頼ろうとしたと。」
「…そんなにはっきり言葉に出さないでぇ…。」
侯爵家の応接間。なぜかラルフに詰問されている。先日娼館の前でばったり会ってしまった件について。私はもう羞恥心のあまりマナーも何もなく膝の間に額を埋める。もういっそこの場から消えてしまいたい…。後ろに控えているマリアは表情こそ殺しているが肩が震えているのが視界に入る。
「違うのよ…!別にそういう趣味ではないの!」
「そういうっていうのは、自分の旦那さんと似た容姿の男娼に優」
「だからそんなにはっきり言わないで!!」
しかしラルフはいたって真面目な顔だ。もしかしたらこれは騎士団の仕事の一環なのでは…!?下手なことを言ったら上に報告なんてことも…。
心配になって恐る恐るラルフを見上げると、にっこり微笑まれた。
「あ、大丈夫だよ。君の性癖は墓場まで持って行くから。」
「そういうことじゃないのよ…!!!」
もうだめだ…。本格的に頭を抱え込む私をよそに、マリアは用意した飲み物を注ぎ、ラルフは涼しい顔でカップに口をつけている。
「それにしてもコーヒーだなんて珍しいね。久しぶりに飲んだ。」
「ああ…色々あって知り合った商社の方がこの前送ってきてくださって…。」
「色々ねえ…。」
薄く開かれた紫の瞳にじと~っと睨まれるのから逃げるように視線を泳がす。仮面舞踏会のことまで知られたら、どこまで男あさりに必死なんだと絶対に引かれる。幼馴染の友人にそんな目を向けられるのなんて到底耐えられない。
「とにかくっ!仕方ないのよ。離縁は双方の同意がないとできない以上私はこれ以上動けないし、自分は愛人と楽しんでいる夫に「君もつくってみたらどうだ」なんて煽られて大人しくするなんて馬鹿馬鹿しいじゃないっ!」
「歪な夫婦関係だなあ…。」
「本当にね!…でも、それでもいいのよ。私は元々結婚しない身だと思っていたから。修道院へ入ろうかと思っていたところに来た縁談だから、人生のおまけだと思ってるの。まあ、最初こそは普通の幸せを求めていたけどね。」
(でも、彼が私を受け入れられないんじゃどうしようもないじゃない…。)
これは口にはできなかった。言ってしまったらラルフはきっと自分自身を責めてしまうから。
ラルフは真剣に聞いてくれている。こんな取り留めもない人妻の愚痴に付き合ってくれるなんて本当にできた人だ。
「ラルフは、素敵な女性と結婚してこんな歪な夫婦にならないようにね。」
「どうかな。伯爵家の次男って人気ないんだよ。」
「でも、その素敵な容姿があるじゃない。舞踏会ではみんな貴方のこと見てるわ。」
「どっちにしても俺はメルがちゃんと幸せになってからじゃないと結婚しないよ。俺が結婚したらこんな風に会えないじゃん。」
にっこり微笑みながら言うこの言葉は、もう何度も繰り返し聞いてきた言葉だ。小さい頃は「大きくなったら結婚しようね。」と幼い子特有の口約束をしていたが、分別のつく年齢になって貴族の結婚のなんたるかを理解するようになってから、ラルフは繰り返しそう言うようになった。
『メルが幸せになるまで俺は結婚しない』
そしてラルフは本当にその言葉通りに生きている。
でも私は知っている。17歳のとき、私の婚約が決まる前にラルフに男爵家のご令嬢から縁談があったにも関わらず首を横に振ったこと。それ以降もたくさんの交際の申し込みがあったにも関わらず、全て断っていること。
きっとラルフは負い目を感じている。私の背中の傷に対して。
「…もうそんなこと気にせずに生きていいのよ。」
「そんなことない。君が助けてくれなきゃ今頃俺は生きていないから。」
膝の上で大きな両手を組み合わせて微笑むラルフの笑顔は、10歳のあの頃の面影が残る。優しくて柔和なラベンダーのように素朴な笑顔。
「…メル、俺は、君の幸せのためならなんだってするよ。」
「ラルフ…。だめよ、あなただってもうそろそろ自分の人生を生きないと。」
「それなら…、それなら早く、ちゃんと笑ってよ…。シルヴェスター様と結婚して、これでもう大丈夫だって思ったのに…。」
こんな優しい友人に、自分の夫婦関係のせいでこんな痛ましい顔をさせてしまうのが本当に申し訳ない。私がもっと器量よく上手く立ち回れていれば…。
「それなのに…それなのにシルヴェスター様に似た男娼で寂しさを紛らわせようとするなんて…!」
「…ちょっと黙ってくれない?」
マリアはもう鼻から笑いがこぼれ出ている。あとでじっくり話をしよう。
誤字報告ありがとうございます。失礼しました…!
ラルフ回、続きます。




