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4-1レッツ愛人探し

 いつもの寝室。内装は紺地に白銀、どことなく夫を彷彿とさせる。3年間、広いベッドに一人きり。朝起きると侍女のマリアが身なりを整えてくれて、メイドが朝食を自室に持ってきてくれる。


 悲しい侯爵夫人のモーニングルーティンである。


 自室で食事をとるようになってどれくらい経ったか。もう今では随分慣れた。とりあえず栄養がとれて空腹にならなければそれでいい。

 1年ほど前、食事は別でとる宣言をしておいて本当に良かった。お互い愛人をもつ関係になってまで食事を一緒にとるなんて滑稽でしかない。


(それにしても、昨夜は本当に疲れたわ…。)


 昨夜は恐らく、私も夫も感情的になっていたんだと思う。夫としては現状に不満はないんだろう。跡継ぎの問題はあるにしても、政治的均衡がとれていて、義父母とも良好な関係の妻で、私という名だけの妻がいることで自分は愛人と気兼ねなく過ごせる。それはさぞかし満足だろう。


 離縁については夫も望んでいるとばかり思っていたが、浅慮だった。


 食事もなかなか進まない。ため息ばかりがこぼれる。半分ほど食べたところで下げてもらい、午前の執務を終え、出かける支度を整えてもらう。


「公爵夫人は流行に敏感だから、この間仕入れたチュールのヘッドドレスをつけて頂戴。メイクも少し色を足して。」

「畏まりました。」


 今日は高位貴族夫人たちによるお茶会。春になり、社交の場も段々と盛り上がってきた。





「で、ネーヴ伯爵夫人ったら伯爵が領地に帰っている間に自宅に愛人を連れ込んでいたって噂でしてよ。」


 ぶっとお茶を吹き出しそうになるのを、なんとか腹筋で持ちこたえる。


「まあ破廉恥な!夫人はご盛んね。」

「先日もあの舞踏会で若い()を見初めたって話よ。」


 ご夫人方はこの手の話が大好きである。恐らく自分も色々あるだろうに、他人の色事には目の色が変わる。主催の公爵夫人も「私も潤いがほしいわ~」と噂話に花を咲かせる。


「あの~、”あの舞踏会”というのは…?」


 その手の話に疎い私は恐る恐るタイムリーな話題について尋ねることにした。すると、色事大好きなお姉さま方がギュンっと一斉に振り向く。まるで肉食動物のようだ。


「メルヴィーナ様もご興味があって!?」

「あら~!では今度私たちと一緒に参りましょう!」

「シルヴェスター様のお身体に夢中でそういうのにご興味ないかと思っていたのよ!これで仲間ね!」


 あれよあれよという間に話が進んでいく。結局”あの舞踏会”についてよく分からないうちに、3日後公爵夫人の家に来るように約束させられた。しかも時間は夜の7時。少し遅めだ。



「というわけで、今日は公爵夫人とご一緒してくるから帰りは少し遅くなるわ。シルヴェスター様は興味が無いと思うから伝えなくても結構よ。」


 執事にそう伝え、馬車に乗り込む。”あの舞踏会”がどこでどのように開かれるのかが全く分からなかったので、とりあえず無難な赤のドレスにした。


 6時半、公爵邸に着き、取り次いでもらうと、私の格好を見た夫人がじっと私の装いを観察した。


「えっと…良くなかったでしょうか…?」

「ああ違うの!違うのよ!私の説明不足だったのが悪かったわ!ううん、そうねえ…。」


 公爵夫人はその白くて細い可憐な指先を、果実のような唇にあて考えこむ。その姿は3人産んだ母には到底見えない。露出された肩は華奢で、背中が大きく開いたドレスは細い腰のあたりで締まり、裾のラインにかけてふんわりと広がっている。

 私よりも8歳年上でありつつも、まるで彫刻のモデルとなりそうな彼女のスタイルの良さを存分に発揮させたドレスだった。


「ねえ、嫌ではなかったら私のドレスを着てみない?試着しただけで綺麗だから。ね?」

「そんな…夫人のドレスをお借りするなんて恐れ多いですわ…!」

「いいのよ!メルヴィーナ様の今日のドレスも素敵なのだけれど、”あの舞踏会”には今日が初めてなんでしょう?それならば思いっきり楽しまないと!」


 細い肩をすくめて悪戯に笑う夫人は「当ててみるだけでいいから!」とぐいぐい私の肩を押して、ドレスルームに入るよう促す。


 夫人のドレスルームは侯爵邸の寝室二つ分ほどの広さがあり、薄桃色を基調とした可愛らしい内装の部屋に、一目見るだけで高級なものだと分かるドレスが所狭しと並んでいた。そのドレスに合わせてバッグや靴も色とりどりに美しく並べられている。


「あああ、あの…!当てるだけでいいと…!」

「いいのよいいのよメルヴィーナ様!私に全部任せて!最高の夜にして差し上げるから!さあ、脱がして!着させて!」


 夫人の楽しそうな声を合図に公爵邸のメイドたちが私の着ていたドレスを剥いでいく。


「きゃあああ!私、背中に傷があって…!」

「まあ、そんなもの表側(おもてがわ)にある立派なものに比べればなんてことはないわ!」


 いきなりのことで恥ずかしがる私をよそに、夫人は大層楽しそうだ。お茶会でも快活で面倒見がよく、その高貴な身分もあり常に話の中心にいる夫人だったが、やはりハッキリした性格でどんどんメイドたちに指示していく。


 コルセットの締め方から、オフショルダーの下げ方、髪の流し方に至るまで、全て夫人の指示通りに着飾られていった。公爵邸のメイドたちは手練れなのか、あっという間に仕上げられ、金の額縁の姿見の前まで連れてこられると、そこには妖艶な雰囲気を纏う淑女が一人。


「…わ、私ではないみたいです…。」

「うふふー!とっっても綺麗よ!普段の貴女も可愛らしいけれど、もう20を超えた人妻だもの!持っている武器は使わないとね!」


 鏡に映る自分が自分ではないみたいで、まじまじと見つめてしまう。黒に近い紫のドレスはデコルテで大きく開いていて、コルセットで持ち上げられた胸部の脂肪が主張している。オフショルダーは通常よりもかなり下げられて、そのままするすると落ちてしまいそうな危うさが妙に色っぽい。片方に流された胡桃色の髪はあえて巻かずに緩く波打つままだった。


「あの…とっても素敵なんですが…こんなに露出しても大丈夫なんでしょうか…?」

「だーいじょうぶよ!今日の舞踏会ならね。」


 そう言ってパチンとウインクする公爵夫人はとても3人の母には見えないほど可愛らしい。


「メルヴィーナ様はね、もっと自信を持って自由に振る舞っていいのよ!いつも小侯爵に合わせて陰に控えて。確かに貴族の妻として素晴らしいけど、そんなのつまらないじゃない!」


 ニコニコと話しながら、夫人はドレスに合った小物を用意していく。


「夫婦っていろいろあるものよ。形式的に整っていても中身は人間だもの。気持ちだってその時その時で揺らぐわ。夫も、妻も。メルヴィーナ様も思うところがあったから、私たちの世界に足を踏み入れようとしたんじゃなくて?」

「え…私たちの世界、というのは…。」

「うふふ、これから行くところよ。さ、これと、これも持ってね。馬車は私のお忍び用のもので行きましょうね。さ!」


 にっこりと手渡されたもの。それは…


(仮面…?)


 黒のレースで覆われた、目元を隠すような怪しげな仮面。それをもってドレスルームを出ると、丁度公爵閣下と出くわす。


「あら、あなた。今夜これだから。行ってくるわね。」


 そう言って夫人は公爵様に対して仮面を見せ、パチンとウインクを飛ばす。公爵様も目を細め、甘く笑った後、夫人の腰を引き寄せて頬に口づけを落とす。私は何を見せられているんだ。


「ああ、楽しんできて。でもちゃんと私の元に帰って来ておくれ、美しい人。」

「もちろんよ、愛してるわ。」

「小侯爵夫人にあまり過激な遊びを教えないように。」

「ふふ、どうしようかしら。」


 夫人は悪戯に笑って、私の手を引き玄関へ向かう。公爵様に軽く挨拶をし、馬車に乗り込んだ。


「いつも思っていましたが、公爵様と仲睦まじくて羨ましい限りです。」

「そうかしら。でも私たちも3年前くらいは口も聞かないほどだったのよ~。」

「えっ!?とてもそのようには…」

「ふふ、それで私がもう嫌になって家の外でこうやって遊ぶようになったのよ。そうしたら主人も焦ったのか、いつの間にか。」

「そう…だったんですか…。」


 夫婦には色々あるものだ。3年前、結婚式に夫婦そろってきてくれた公爵夫妻は、とても口を聞いていないようには思えなかった。

 私たち夫婦はどのように見えていえるのだろう…。


「さ、着いたわよ!秘密と官能の夜会…”仮面舞踏会”へ、ようこそ!」

「す、すごい…」


 止まった馬車から降りて見上げた建物は、夜にも関わらず煌びやかで、私はそのきらきらしさに誘われるかのように伸ばされた夫人の手をとった。


 

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