プロローグ
「…メルヴィーナ、君も、つくってみたらどうだ。」
夫は美しい顔で平然と言ってのける。
理解が追い付かない。
「…愛人を、ということですか。」
「ああ。」
結婚して3年。これまで屈辱的なことは数えきれないほどあったけど、今日この日ほど自尊心を傷つけれられた日はない。
自分も心置きなく愛人と過ごしたいから私もつくれということ?どれほど身勝手なの?
そもそもこの結婚自体、あなたの家が望んできたんじゃないの。確かに私にも女性としての負い目はあったわ。でも。それを了承したのは貴方だし、最低限の礼節というものくらい。
(…ああ、でも。)
言ってやりたいことは唇から溢れんばかり頭に沸き上がったが、いつものように、すっと火を消したように退いていく。
(仕方がないわね。彼は私を愛していないのだもの。)
わななく唇から力が抜け、泣く代わりに怒りが湧いてきた。
…まあ、目の前の彼は、そんな私の表情にさえ目もくれず優雅に茶を飲んでいるけれど。
「…分かりました。言いましたからね。聞きましたからね。」
「…もちろんだ。…ああ、子だけはつくるな。」
「もちろんでございます。でもそれは貴方も同じです。見ていてください、愛人の一人や二人、すぐにつくってみせますわ!」
こうして半年ぶりの夫婦二人きりの会話は数度のラリーと最悪な内容で終わった。久しぶりの呼び出しに心躍らせた私が馬鹿みたいだ。足早に歩く足に纏わりつくアイボリーのドレスもお気に入りだったのに、最悪の記憶が染みついてしまった。
侍女を下がらせ、侯爵邸の広い寝室に一人滑り込み、扉を閉めた瞬間その場で膝が頽れた。嗚咽が漏れないように口を塞ぐ手に、大粒の冷たい雫が伝っていく。
「…っ…うぅ…」
広い部屋には私のすすり泣く音しか響かない。その事実が、残酷に私の胸を貫いた。
3年間、ここであの人を待ち続けたが、だめだった。今日ももちろん、待ち焦がれている夫は来ない。