尊い (ファンタジー)
悪徒カサ。
腕力だけで野盗団の頭目にのしあがり、多数の手下をつれて悪逆の限りを尽くす無頼漢である。
【セツカ】と呼ばれるこの世界は剣と魔術が支配する危険な世界。
魔獣が横行し、力のないものは淘汰される。
正義も振りかざすことはできないだろう。
そんな【セツカ】のカーク大陸は東方に位置するある街道では、商人たちが荷を運ぶ馬車を野盗団に襲撃されていた。
商人たちはキャラバンを多数で組み、街道の安全を図る。
が、護衛三十名を含めたこの集団は百名に満たない。
そこを百人の野盗団に襲われれば、ひとたまりもなかった。
護衛は蹴散らされ、歯向かう商人たちは容赦なく命を奪われる。
「いいぞー! 大漁だ!」
頭目であるカサは上機嫌だ。
小癪に歯向かってきた商人は自慢の大剣で斬り捨てる。
手強そうな護衛は遠距離で削ぎ、魔術師には毒玉を目一杯い投げつけて無力化した。
――チョロい。
カサは笑いが止まらない。
◇◆◇
そんなカサが獲物を手下に運ばせ、悠々と引き上げる途中、ある集団に出会った。アジト目前である。
「なんだぁ?」
カサが馬上から、警戒の声を出す。
その集団が武装した戦士であることに気付く。
街道から少し入った森の中で、発見が遅れた。
獲物をかっさらった後で、油断していた。
また、現れた集団が二十名ほどであったため、舐めてしまった。
手下どもが動く前に、武装した集団がマントを翻し、抜剣する。
銀色に輝く甲冑が眩しかった。
「我らは聖クリスタル騎士団。悪党ども、無駄な抵抗はするな!」
騎士たちのリーダーらしい人物――若い女がわざわざ名乗りを上げる。
「ふざけるな! かかれ!」
カサは応戦するため、号令をかけた。
相手は二十名ほど。
被害は出るだろうが、押しの一手あるのみ。
――そして、カサたちは散々に蹴散らされた。
◇◆◇
「ぐう……」
カサは呻いた。
斬られた右腕が痛む。
右腕を失っていた。
女騎士に斬り飛ばされたのだ。
気が付くと、森の中にいた。
先程の戦闘で散々に、やられた。
カサ自身は、秘蔵の魔道具や煙玉を使って逃げ延びることができたが、手下どもは全滅だったろう。
わずか二十名の騎士たちに歯が立たなかった。
蹂躙された。
カサ自身は逃げたが、右腕がない。
廃業だろう。
それどころか、命も危うい。
「……」
カサは森の中で一日うずくまり、助からないことを悟った。
傷薬で一命は取りとめた。
だが、満足に森から出ることは不可能だ。
馬もいない。
「は……」
笑いが出た。
なんとか立ち上がり、森の中へ足を進める。
これまで散々に命を奪ってきた報いだ。
当然だろう。
わずかばかりの革の防具を捨て、使えなくなった武装も外した。
ナイフ一本を腰に差し、歩みを進める。
復讐したい暗い怨念と、当然の報いかと諦めの気持ちが入り混じっていた。
(あとは、野垂れ死ぬだけだ)
死ぬ前は達観できると聞いたが、そんなことはない。
暗い復讐心など、雑念ばかりだ。
◇◆◇
どれくらい歩いただろうか。
カサが前のめりに倒れると、直近でなにかが蠢く。
(獣か――)
カサは、いよいよ死を覚悟した。
「……」
カサが音のした方を睨み付けると、それは罠にかかった小動物だった。狐だ。
「……」
「……」
一人と一匹は睨み合う。
(わずかばかりの、肉と血が補給できるが)
カサが狐に左手をのばすと、狐は暴れた。
ガッ、と牙をカサの手に突き立てる。
カサ構わず、手に力を込める――。
バキン!
と、音を立てて崩れたのは罠だ。
錆びたトラバサミで、脆くなっていたのが幸いした。
左手と足でトラバサミを破壊できた。
「へっ……」
カサは仰向けに転がる。
「狐なんて、腹の足しにもならねえ。しっし」
手を振り、警戒する狐を追い払う。
(もういいや)
なにも考えられなくなり、カサは目を閉じた――。
◇◆◇
「――あ?」
なにかが口に押し込まれる。
カサの意識は覚醒した。
数時間ほど、経っただろうか。
口をモグモグさせると、果物である。
甘い。しみる。
「……」
驚いた表情を傍らに向けると、狐がいた。
狐は去った。
数時間後、また狐が来た。
カサは同じ場所を動いていない。
今度は多めの果物を咥えてきた。
「……」
カサは信じられないものを見る表情をした。
狐はまた去った。
さらに数時間、また狐が果物を持って来た。
「ありがとよ」
カサは笑った。
狐が、カサの右腕を咥える。
「?」
と、カサの右腕の傷口に葉っぱがくっついていた。
異臭を放っている。
(薬草か!?)
カサは、動かなくなって感覚のない右腕を見た。
狐は、去ってゆく。
それから数時間し、やはり狐が来た。
果物を運んできたのだ。
「……もういい。俺は大丈夫だ。ありがとよ」
カサが狐に話しかける。
「……」
狐は無言で見返してくる。
そして、去った。
◇◆◇
数時間後、カサは歩き出すことにした。
狐のおかげで、体力が少し回復した。
――森から出る。
ただ、それだけを決めた。
辿り着けるかどうか、わからない。
「へっ、くたばったら、それまでのことよ」
カサは呟き、歩き出した。
身体の感覚が麻痺し、酷く気分が悪かったが、足を止めることはしなかった。
ガサッ!
ザザザッ!
少し歩くと、森の中で激しく動く草ずれの音がした。
やがて収まるが、カサは警戒する。
今、獣に襲われたら抵抗できない。
「……!?」
しばらくして様子を伺うと、カサは絶句した。
――そこに、狐と蛇が絡み合って死んでいたからだ。
「あの狐か!?」
カサが近寄り確認すると、狐はカサに果物をくれた狐である。
蛇は羽根がある毒蛇で、魔獣の一種だ。
狐に噛まれて絶命している。
「……」
カサは状況が理解できない。
――いや、ある結論は導き出せた。
「うそだろ!? なんで……」
狐が、毒蛇からカサを守ったのだ。命がけで。
「気紛れで、助けただけなのに?」
カサは呆然とする。
「自分が死んでまで、俺を助ける? なぜだ!?」
カサは佇む。
「俺は、お前を食うかもしれなかったのに!?」
「ーーただ、そこで会っただけだろ?」
「ーー毒蛇に遭遇したら、逃げるだろ?」
「ーー果物、とるの大変だったろ?」
「ーー俺は悪人なんだよ、なんで助ける? 血の臭い、してただろ?」
カサの言葉に反応するものはいない。
「なぜだ……」
◇◆◇
それからかなりの時を経て、ある聖者が世に現れる。
【セツカ】で広く信仰される【セラム教】の聖者だ。
彼は、悪人を改心させることに尽力し、動物を愛した。
弱者救済にも力を入れ、親しみを持ってこう呼ばれた。
【隻腕の聖者】と。
また、彼の口癖は広く浸透し、【セラム教】以外の人々からも語り継がれている。
――命は、尊い。