21 (現代)
「あの葉っぱが全て散ったとき――、私の命も散るのでしょうね……」
旭川アリサは、ふうっと溜め息を洩らした。
「(゜ロ゜)」
羽田萌は、特に反応しなかった。
「お父さん、お母さん――、もうすぐあなたたちの元へ参ります。待っててくださいね……」
「(;´д`)」
「ああ、今年の桜も見たかった――。さぞかし綺麗でしょうね……って、モエ。さっきから失礼な反応ね! なんなの!?」
「いや、あんた普通に盲腸で入院してるだけやし。ご両親、さっきまで病室にいたし。桜は一緒に見に行ってやるし」
「そうね。甘酒楽しみッ!」
アリサは両手を組んで、にっこり笑った。
北関東にある『セント・ノア総合病院』の一室に、アリサは入院していた。
一人部屋で、窓際には青々とした常緑樹が見えている。
秋が訪れようとしていたが、落葉とは無縁だ――。
モエは看護助手としてこの病院でバイトをしている。
二人は小学校からの付き合いで、来年に成人式を予定していた。
そんな二人の元へ回診の連絡があり、医師が姿を見せた。
アリサを担当する金谷医師である。
「旭川さん、体調はいかがですか」
「はい、退屈してます」
「そうですか、なにより」
と、雑談を交わし金谷は退室する。
「私も戻るね」
モエも病室を出ようとした。
「うん、ありがと。……しっかし、金谷先生かっこいい!」
「(゜ロ゜;」
「なに、それ?」
「いや、あの先生、変わってるから」
モエはドアを開けながら苦笑した。
金谷は若くて見た目が良い。
ただ『探偵オタク』として病院内で認知され、生暖かい目で見られていた。
まあ関係ないか、とモエはアリサに手を振った。
◇◆◇
それからしばらくして、アリサは病室を移る。
モエはその事を知り、愕然となった。
病名は『白血病』とカルテに記されていた。
「アリサ……」
モエは業務中だったが、アリサの病室に駆けつけた。
アリサの病名を知ったからだ。
「あの葉っぱが全て散ったとき――、私の命も散るのでしょうね……」
そう言うアリサの表情は見えない。
窓の外を向いていた。
「アリサ……」
モエはなんと言葉をかけて良いのか、わからない。
「なんだよ、人が浸ってんのに」
「だって……」
「お父さん、お母さん――、あなたたちの元へ参ります」
「もういいから、それ……」
「桜も見に行きたかった~」
「一緒に行くから……」
「甘酒、飲もうェ」
「うん……」
「成人式、振袖着てみたかった」
「……っ!」
モエは絶句した。
成人式――、もう間もなくである。
アリサの治療は続く。
一般的に言えば、抗がん剤を投与する化学療法が主となる。
モエは白血病についての知識を習得、自身のドナー登録、友人知人に対する呼び掛けを行った。
アリサの場合、骨髄移植が必要だと診断された。
月日は残酷だ。
アリサが振袖を着ることはなく、桜は窓の外を眺めた。
――なにもできない、とモエは苦悩する。
気が晴れない。
アリサの治療は小康状態を保つ。
――なにかできないか、とモエは考え続けていた。
「羽田さん、ちょっといいですか。旭川さんについて、少し提案があるんですが……」
「はい、なんでしょう?」
モエが、金谷にそう声をかけられたのは、桜も散って新しい季節が始まろうとしたときだった。
アリサについての話のようだ。
「はい、実は――」
金谷は、口を開いた。
金谷が提案した内容は、アリサのドナー提供者に自治体と協力し、助成金を支払うという試みだった。
また、SNSでの拡散、である。
◇◆◇
それから数ヶ月後、アリサの骨髄移植が決まった。
うまく適合するドナーが見つかったのだ。
また、SNSをきっかけにアリサとモエの『友情の話』が爆散したことも要因の一つであろう。
ただ、モエの姿は病院にない。
「あの葉っぱが全て散ったとき――」
アリサは病室で呟く。
移植はうまくいった。
移植後もすぐに回復する訳ではない。
長い治療が必要となる。
でも、苦にはならない。
後ろを向くことはない。
常緑樹の葉は散らない。
「モエ、見ててね――」
アリサの瞳は力強い光を宿していた。
――あるSNSが爆散した。
アリサとモエの友情について、である。
単なる心暖まる友情の話では終わらず、これには悲劇が伴った。
『私の友人が命の叫びを上げています――』
『一つの命を救って――』
当初、こんなモエの呟きは、ごく一部の友人たちにしか届かなかった。
が、これがモエの最後の呟きとなった。
モエは、この直後に飲酒運転の事故に巻き込まれ、命を落としたのだ。
このことが知られ、モエの呟きが拡散――。
爆発的に拡がった。
アリサは治療が苦にならなかった。
――生きる喜びを噛み締めることができたから。
◇◆◇
アリサは大学生である。
大学に復学する目処が経ったころ、アリサにある手紙が届く。
「なにこれ……」
アリサは、打ち震えた。
年が改まり、快晴のなかアリサは壇上に上がった。
場所は自治体のホールである。
アリサの眼前には、多くの笑顔が見える。
そこにいたのは、同級生たちだ。
アリサの闘病を励まし、声をかけてくれた人々。
自治体と病院の関係者も裏方を買って出てくれた。
アリサは笑顔で、謝意と決意をスピーチすることができた。
壇上を降りたところで号泣し、みんなにもみくちゃにされた。ただし、そっと。
本調子でないアリサを気遣うものでもあるが、アリサの胸には、モエの遺影が抱かれていたからだ。
――本日は、各自治体で成人式が行われた。
その中の一つは、少し特殊である。
全員が二十一歳なのだ。
これは、SNSのもう一つの呟きが発端である。
『サプライズで、アリサの成人式をしませんか――』
『アリサは絶対よくなる』
『みんなお願い』
モエの呟きである。
モエの呟きが爆散した、もう一つの要因であった。
――アリサ以外は二回目の成人式である。
ただ、この出来事は『21回目の誕生日を迎えて行う成人式』として計画され、
【21の成人式】
として関係した人々の心に刻まれた――。