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剣の英雄 (ファンタジー)

 執事パースは考える。

 いかに、物語を展開するのか――。



「あああーっ!? 我がロールウインザー家に伝わる家宝の剣が~ッ!?」

「おや? 私が見てみましょう……」

 パースが黙考していると、主人であるパトリックが折れた剣を握り締めて嘆いていた。四つん這いになり、うちひしがれている様子だ。

 パースがパトリックの剣を受け取り、素早く刀身を取り替える。

「ふっ、ありがとう、パース」

 パトリックに剣を手渡すと即座に立ち直り、剣を鞘に納めた――。



 パースは物語を書こうとしていた。

 主人公は、パースが仕えるパトリックだ。

 ここは【セツカ】と呼ばれる剣と魔術の世界で、カーク大陸の南方の地域。

 パトリックはさる国の公爵家に生まれた歴とした貴族であるが、現在は旅の身空である。

 二人が歩く街道は青い空が続く。

 天気が良いので馬車を降り、しばし休息中である。

 パースはパトリックの世話をしながら考え続けていた。

 パースは、パトリックの英雄譚を世間に広めようと画策中なのである。



 ーー突如、

「助けてくれーッ!」

 長閑な街道に男の悲鳴が聞こえた。



「むッ! パース! なんだか村が武装集団に襲われているようだ! 助けにいくぞ!」

「おお! それは勇ましい。世のため人のため、ですな」

 抜剣、勇躍するパトリックにパースは拍手で激励した。

 パトリックは満更でもなさそうな表情で剣を構え、少し先の村を見据える。

「では参りましょう……」

 パースがパトリックを促した。


 ◇◆◇


「がははーっ! 金と食い物を急げ~」

 村では、広場に女子供が集められ、武装した、いかにもな集団が囲んでいる。

 村人たちは家から食料を運ぶ。

「乱暴は、勘弁してください」

 村の長老が武装集団に懇願しているようだ。

「ん~? 食い物の質と量によるな。俺たちはグルメだからよ」

 そう答える頭目のような男は、下卑た視線を村の女に向けていた。

「ああ……」

 長老が絶望の表情で嘆息した。



ーーそこへ、

「待てい、悪党どもッ!」

駆けつけたパトリックの声が響く。

 ご丁寧に、馬車の屋根に登っている。

「なんだ!?」

 頭目が狼狽え、辺りを確認した。

「おおっ!」

 天の助けか、と長老が期待の眼差しを向けた。

「フ……」

 ニヒルな笑みを浮かべ、パトリックは塀から飛び降りる。

「俺は旅の剣士パトリックだ!」

 と名乗り、パトリックは問答無用とばかりに頭目に斬りかかる。



 ――そして、武装集団は蹴散らされた。

 パトリックの護衛に、である。

「どうだ、見たか! これが俺の実力だーッ!」

 初っぱなに頭目に蹴飛ばされ、泥だらけになっていたパトリックが、勝利の雄叫びを上げた。

 パースはせっせとその泥を落としていた。


 ◇◆◇


「茶番だ……」

 村の長老が呟く。

「おや、なにか?」

 パースがにこやかな顔を向ける。

「あ、いえ、なにも。とにかく、ありがとうございました」

 長老はいまいち釈然としない様子だ。

「フ……。当然のことをしたまでだ」

 パトリックは尊大な態度で出された茶をすする。

 パトリックとパースは長老の自宅に招かれ、礼を言われていた。

 パースはパトリックの後ろに控えていた。



「なんのおもてなしもできませんが、良かったら一晩でもご逗留ください」

 長老が申し出る。

 それに対しパトリックが即答した。

「あ、いや当分滞在させてもらう」

「へ?」


 ◇◆◇


 パースはこの村に用事があった。

 この村には、ある人物が余生を送っているのだ。

【物語の神様】レインウエザー。

 数々の物語を生み出し、忽然と姿を消した。

 パースがパトリックに頼み込み、物語の教えを請うためにレインウエザーを訪ねたのである。



「ほっほっほ、そうですか」

「ふむ……」

 礼儀正しい初老の男パースに対し、老武人のようなレインウエザーは一緒に茶を飲む。

 追い返されず、数日間茶をともにしている。つまり、パースのことはある程度認めているようだ。

 なお、初見で追い返されたパトリックはレインウエザー家の前で、剣の素振りに勤しんでいた。



「物語の真髄とはーー」

「人の心に響く言葉とはーー」

「心理学、歴史学、地学、統計学、政治、経済など必要なものはーー」

 パースはレインウエザーに質問をぶつける。

「ふむ……」

 レインウエザーは多くを語らない。

「ほっほ、これは難しい」

 パースはにこやかだ。

 ポツリポツリと当たり障りのない言葉を発するレインウエザーにも相槌を打ち、ともに茶を口にする。

「ふむ……」

 レインウエザーの表情には影がある。



 ーーある日、パースはレインウエザーに対して、ある質問をする。

「なぜ、筆を置いたのですか?」

 ……聞いてはいけない質問であったのだろう。

 パースもそのことを懸念していたが、あえて訊いた。

「……」

 長時間、レインウエザーは無言を貫く。

「……」

 ゆっくりと、パースは待つ。

 レインウエザー家の前では、パトリックが剣を振る風斬り音だけが、聞こえる。



「私が筆を置いた訳は……」

 レインウエザーが小さい声を出す。

「はい……」

 パースがカップをテーブルに置く。


『ギャー!』

 その時、響き渡る悲鳴。

 狭い村の入口からのようだ。


 いち早く、パトリックが駆け出したようである。

「失礼」

 と短く断りパースも続く。

「筆を置いた訳はーー」

 レインウエザーの短い呟きを、パースは去り際に聞いた。


 ◇◆◇


「があっはっはー!」

 村の入口では、一人の男が奇声を上げていた。

 異様なのは、後方に数十の魔獣が見えることだ。

 どうやら棍棒を持った人形の魔獣が棍棒を振るい、村人を傷つけたようである。

 倒れた村人を後方に下げ、声をかけている者がいた。



「なんだと!? この前の武装集団の頭目か?」

 村の長老が驚愕した。

 なるほど、良く見れば奇声を発する男は先日村を襲撃した武装集団の頭目に良く似ていた。

 しかし、様子が違う。

「ほっほ、魔族に『タネ』を植え付けられましたか」

 パースがそれを見て察する。

【セツカ】世界には、魔族と呼ばれる種族がいる。

 主にヨーム大陸にいるが、時にはカーク大陸まで来訪した。

 そして、『タネ』を人に植え付け、人造的に魔獣を生み出す。

「終わりだ……」

 長老が、数十の魔獣を見て絶望した。

 村は蹂躙されて滅ぶ。

 魔獣に抗う術はない。

「へっへっへ、虫けらどもが」

 勘に触るキンキン声がしたかと思うと、魔獣に混じって人がいた。

 いや、異形である。

 小柄で黒い布を身体に巻き付けていた。

 なにより、目につくのが右の頭部から捻れた角がひとつ。

 肌は白く、長い頭髪は濡羽色で不気味に輝いている。

 摩族だ。

「……」

 長老は言葉も出ない。

「ぐばばばー!」

 武装集団の頭目に見えた男が、変異する。

 人の形を保っていたが、変異して獣になった。

「それ、人間どもを食らい尽くせ!」

 キンキン声で摩族が叫んだ。



「ほっほ、品のない」

 パースはそれを見て苦笑した。

「なんだ~? 人間のくせに」

 魔族が笑みを浮かべる。

 面白がっているようだ。

 ーー甚振りたい。

 そんな気持ちが透けている。

「やめろ、悪党! 俺が成敗してくれるわ! でやーッ!」

 そこへ、パトリックが斬りかかった。

「へっ」

 魔族が手を振り上げるとパトリックの剣が飛ばされる。

 次の瞬間、パトリック自身も魔族の蹴りで飛ばされた。

 パトリックの身体が民家に叩きつけられる。

「それ、いけー!」

 魔族が高笑いをする。

 魔獣が一斉に村に襲いかかった。

「ああっ……」

 長老の嘆息は、喧騒に掻き消された――。



 ポンッ。

 ポンッ。

 そんな表現がぴったりくる。

 魔獣がコミカルに宙を舞う。

 村に襲いかかる魔獣を、銀色の騎士が叩き潰し、打ち飛ばしてゆく。

 白いローブの魔術師からは炎や氷が撃ち放たれ、魔獣を攻撃する。

「な、なんだと!? 魔獣たちがこんなに容易く?」

 魔族は驚愕の表情を浮かべた。

 ある程度の強さの魔獣なのだが、簡単に討伐されてゆくのだ。



「フ……。残念だったな」

 民家の瓦礫からパトリックが抜け出し、魔族に声をかける。

「お前は何者だ……!?」

 魔族は驚愕が収まらない。

 力を入れて攻撃したのに、パトリックは平然としている。

 仲間と思われる騎士たちも強い。

「旅の剣士だが」

「ふざけるなっ!」

 それに激高した魔族はパトリックに駆け寄る。

 爪が伸び、鋭い刃と化す。

「フ……」

 パトリックが笑みを浮かべた瞬間、魔族は地に倒れ伏した。

「!?」

 魔族は訳がわからず、再度パトリックに襲いかかる。

 が、パトリックが手にしたハルバードで爪を砕かれた。

「なんだと!?」

 距離を取った魔族は魔術による攻撃を試みたが――、全てパトリックに弾かれた。

 素手で。

「ばかな……」

「なにが、『ばか』だ」

 パトリックが不快な表情を見せた。

「お前は、何者だ!?」

「さっきから言っている。旅の剣士だ」

「うそッ!? 剣も持ってないのに!?」

「む……」

 パトリックが徐に、弾き飛ばされていた剣を拾う。

「こけにしやがって~」

「ほっほ、あとは私が……」

 いきりたつ魔族の前には、パースが立つ。

「お任せください。すぐに終えますので……」


 ◇◆◇


「ーー私が筆を置いたわけは、モチベーションを失ったからです」

 レインウエザーはパースに伝えた。

 パースたちが、村を襲撃した魔族たちを始末してから、再度レインウエザーに尋ねたのだ。



 レインウエザーは、幾分上気した表情を見せた。

「しかし、今は違います! 物語を書きたい!」

 レインウエザーが、叫ぶ。

「ほっほ、そうですか。物語はモチベーションが大事、ということですな」

「あなたたちを見て、物語が溢れてきます! 早く、書かねば!」

「それは良かった」

 パースはにこやかに笑う。



 ――パトリックは、自分を剣士だと名乗る。

 しかし、剣の腕前はタコだ。

 ただ、それ以外の武器は達人クラス、魔術も最高クラスのものを操る。

 最強の人間の一角である。

 ――パースは、執事である。

 ただ、魔術師として史上最高クラスの位置にいると自負していた。

 護衛の者も普通ではない。



 そんなパトリックは剣に憧れていた。

 昔から英雄と呼ばれる人物は、剣を持って闘う。

 英雄=剣士なのだ。

 なんの因果か、パトリックは剣だけが上達しない。

 パースはそれを見て、思う。

 せめて、物語の中だけでもパトリックを剣の英雄として活躍させたい、と。



「そうです。それと大事なのは、物語を誰に届けるか――です。私は自分自身の作品を、読んでくれる方と、仲間に捧げます」

「なるほど、『私と読者と仲間たち』ということですな……」

 レインウエザーの言葉に、パースは頷いた。

 レインウエザーの家の外では、

「ぎゃーッ! 剣が折れた~!」

 という剣の英雄の叫び声が響き渡った――。

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