表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

感情とソロと (現代)

「セックスして、アニメ観て、小説書いて、明後日になったら別れよ」

「ん?」

 オレは思わず聞き返す――。



 大学卒業を数ヶ月後に控え、オレはハルナと明日から卒業旅行に行く。

 二人とも卒業と就職が決まり、北関東の片隅で同棲し、卒業後も変わりのない生活を送る……。

 そう考えていた。

 しかし、彼女はオレと別れる、と言った。

 これまで数年続いた交際に、ピリオドを打つということだ。

 漠然と、結婚まで考えていたオレはもちろん動揺した。

 卒業旅行どころじゃない……。



「『別れる』って、付き合いをやめるってこと?」

「うん、そうしよう」

「……なんで?」

「うまく説明できない。旅行中に、少しずつ話をしよ」

 ハルナは微妙な表情をした。そして笑った。


 ◇◆◇


「海がキレイ」

「ホント、凄い」

 卒業旅行の行き先は日本の最南端の島だ。

 二泊三日で、のんびり過ごす。

 二人で検索したアニメを観て、気が向いたら小説を書く。

 ただそれだけ。

 オレとハルナは小説家志望で、書いた小説はネットで公開している。

 今のところ、デビューの予定はない。



 二日間泊まる宿は一日一組限定の小さな建物で、白い壁が青空に良く映えた。

 宿はオーナーが一人で切り盛りしており、夜間はすぐ近くの母屋に戻る。

 そんなプライベート感にオレはワクワクしていたが、なんだか胃の底に鉛が貯まるような不安が拭いきれない。

 ハルナの『別れよ』という言葉が耳にこびりついている。

「とりあえず、散歩いこ」

「おう、いいね」

 宿に荷物を降ろし、ハルナの誘いで砂浜を歩く。

 気温的に泳げるようで、開放的な気分になる。

 しかし、いいとこだな、ここ……。

 ハルナの『別れよ』がなければ、最高なんだが。



 夕食の郷土料理を堪能したあとは、アニメ観賞。

 宿のテレビにアニメを流し、ソファーに身を沈める。

 キーボードを叩く音が時折聞こえるが、オレもノートPCを傍らに置いている。

 酸味の効いたアルコールを口に含みつつ、手持ち無沙汰にキーボードを触る。

 あ、なんか気持ちいい……。

 深く考えるのはよそう……。

『別れよ』発言を問い質そうと思っていたが、明日でいいや――。

「私のこと――」

 カタカタとキーボードを打ちながらハルナが口を開く。

「うん!?」

 軽くむせるオレ。

「私のこと、真剣に考えてくれてた?」

 モニターから目を離さず、ハルナは唐突に聞いてくる。

 今!?

 今それ訊くの?

 まあ今しかないのか……。

「……真剣だよ」

 ぶっきらぼうに、短く答える。

「ありがとう。将来のこととかも?」

 カタカタ。

「将来の?」

「結婚とか、その先とか」

「……ああ、考えてたよ」

「そっか。小説家にはならないの?」

 カタカタ。

「なりたいよ。でも、ある程度仕事を覚えて、それで時間ができてから、かな」

「そっか」

 カタカタ。



 ――それから深夜までアニメを観て、小説書いて、セックスをして、オレたちは寝た。

 少しだけ、なにかの夢を見た。


 ◇◆◇


「わー、朝ごはんもオシャレだね」

 はしゃぐハルナ。

 朝と行ってももう11時。

 遅い朝食だが、宿のオーナーが『かわまない』と気軽に応じてくれている。

 昼は軽めに午後3時のお茶を予定しており、夕食は6時だ。

 あらかじめ、予定を決めていた。

 贅沢な時間だ。

「たしかに。しかも、気分がいい」

 食事の場所はテラスである。

 青い空と白い食器が非日常の空間だ。

 料理もフレンチかつ郷土料理をアレンジしている。

 味もいい。



 食後は散歩、午睡、アニメを観てお茶をした。

 夕食は本格的なフレンチで、少しだけ肩がこった。

 夜も少し散歩をして、ゆったり入浴するとアニメを観た。

 酸味の効いたアルコールが心地よい。

「なあ、別れようと思ったのは、なんで?」

 オレは先制して訊いた。

 平坦な声が出て、自分が自分じゃないような感覚を味わった。

「んー……」

 言い澱んだハルナは、オレに顔を近付ける。

「!?」

 軽くキスをした。

 唇と唇が触れ合っただけ。

 無機質な接触に、心が離れていくような心細さを覚えた。



 ――それから無言でアニメを観て、キーボードを叩いた。

 寝る前にセックスをした。


 ◇◆◇


 月が出ている。

 寝れなかったオレは、テラスのイスに腰掛けた。

 混乱している。

 ハルナの真意が掴めない。

 そもそも、夜が明けたら別れる……?

 卒業旅行とか、なにしてんの?

 ガラリ、と窓が開いてハルナもテラスに出て来る。

「はい」

 とアルコールのグラスを渡してきた。

 礼を言って、それを一口飲むと、

「私ね、このままだと幸せだろうな、て思ったの」

 喋り出す。

 オレが訝しげな顔を向けると、ハルナは微笑を浮かべた。

「このまま二人で過ごして、結婚して、子供作って、老いてゆく。幸せだろうな、て」

「っ!? ……なら、なんで!? なに言ってんの!?」

 オレは声が震えた。

 ハルナの考えがわからない。

「それって、ぬるま湯かなって。……たぶん、小説家になんて、なれないし」

「!?」

 言葉が出ない。

 ハルナはオレとの将来より、小説家になりたいってこと!?

 オレがいたら、小説家になれない!?

「そして、私はあなたの牙を折ってる。あなたは私がいたら現状に満足する」

 ハルナは無表情になった。

 牙を折られる!?

 オレは現状に満足する!?



 ――それのどこがいけないんだ!?

 幸せなんだろ!?

 二人で仲良くできる。

 小説だって、書ける!



「あなたは、わたしがいたら小説家になれない」

 ハルナはオレの目を見た。

「……」

 無言。

「……」

「……」

 二人、無言。

「私は、もう決めた」

「幸せになってもいいじゃないか」

 オレは声を捻り出した。

 情けなく、虐げられたような気持ちになった。

 そんなの勝手だ!

『ハルナはオレより小説家になることを選んだ』

 ただ、それだけしか考えられなかった。

 ハルナも、そう言った。



「でも、もう決めた」

「……」

 ハルナの目から、強い力を感じた。

 初めて見る、ハルナの目だった。


 ◇◆◇


 ――悲しい、セックスをした。

 ――そして、切ないキスをする。

 ――やがて、夜が明けた。


 ◇◆◇


「じゃあね」

「ああ、気をつけて」

 オレたちは空港で別れた。

 捻りのないセリフしか出てこなかった。

 なんだか、なにもない人間になった気がした。

「……先に小説家デビューして待ってるよ」

 ハルナが背中を向けながら言った。

 言ってろ。

 ……しかし、急に自分を見つめ直す機会になった。

 なにかの選考で一次を突破、それ以来真剣に向き合っていなかった気がする。

 小説を書くこと。そして、ハルナのこと。

 ただ、惰性……。

 はは、確かに牙は折れてた。

 幸せな将来が見えて、それに満足してた。

 別にそれでも良かった。

 ただ、ハルナがそれを拒否したように、いずれオレも後悔する時が来た。

 それは確実だ。

 そしたらその時、ハルナはオレに幻滅してただろう。



 オレもハルナに背を向け、歩き出す。

 互いに別な道をゆく。

 正直、こんな結末が正しいのかわからない。

 でも、オレも決めた。

 思いっきり真剣に向き合う。今は小説に。

 後悔しないように。



 さあ始めよう、ソロカキ――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ