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直感 (現代)

 ガヤガヤ――。

 入学したての高校のクラスは賑わう。

 そして、数日でカーストが形成される。


 ただし。


「きゃー、サユリは桜第一中出身!? バンド結成したリュウヤくんって人が――」

「ケントくん、モバイルバッテリー持ってない!?」

「次の授業、視聴覚室? どこ、それ!?」

 わたしのようなブレイカーも存在する。

 空気読まないタイプ。

 というより、読めないのか(笑)。

 よくわからないし、面倒だから気にしない。

 とにかく、気にせず騒いでおけば『そういう人』と認識される。


 ――カースト外。


 性格上、気楽でいい。

 中学の頃からそんなだったから、高校でも変わらない。

 大学では、少し大人になるかも――。

 とにかく、今は入学したばかりの高校生活が大事だ。

 楽しくやりたい。


 ◇◆◇


 しばらく平穏な高校生活が続いて――。

 やって来たのはクラスマッチ。

 誰もやりたい人がいなかったから、わたしはクラスマッチの連絡委員になる。

 クラスマッチは一学年だけでやるから、他のクラスや先生たちと連絡事項を確認するだけで、そんなに大変な仕事はない。

 なぜか、この高校ではクラスマッチの連絡委員を『マッチさん』と呼ぶ。

 まあ、どうでもいいか。

 なお、男女一名ずつで、わたしの相手はトモヒロくんだ。

 目立たない男子なのだが、やることはきっちりやるタイプ。

『マッチさん』の集まりで、わたしがガヤやっている間に必要なことをきっちりやってくれる。

 ……地味に使えるやつだ。


 ――目立たないけど、しっかりしたやつだ。

 先生の評価もそんな感じ。

 クラスメイトの中でも、それなりにうまく立ち回っている。


 ――カースト外。


 ここにも、いたか。

 まあ、わたしも気楽でいいや。


 ◇◆◇


 で、クラスマッチ当日になる。

 男子はサッカー。

 女子はバレーボール。

 それなりに盛り上がって終わった。

 ……まあ、そんなもんでしょ。高校のクラスマッチとは。


「あ、雨か」

 わたしは教室の外を見て呟いた。

『マッチさん』として後片付けをしてたらおそくなった。

 解散後、誰もいない教室に忘れ物を取りに来たら雨が降りだしたことに気が付いた。

 少し、雨宿りするかな。

 などと考えていると、

「おっと、忘れ物?」

 トモヒロくんが教室に入ってくる。

「お、そうだよ。トモヒロくんは?」

「俺は雨が降ってきたから、置き傘取りに」

「しっかりしてんなー」

「アスカ、傘ないの? 貸そうか?」

 トモヒロくんが傘を差し出してくる。

 折り畳み式の小さい傘だ。

 ちなみに、わたしは誰からも『アスカ』と呼び捨てにされやすい。

 わたしは『~くん』『~ちゃん』などが多いけど。

 親しみやすい性格、というやつかな。

「え? いいの? トモヒロくんは?」

 わたしが尋ねると、

「家が近いから、そんなに濡れないし」

 トモヒロくんは平然と言う。

「それは悪いからいいよ」

「そう、じゃ」

「え!? それであっさり帰るの?」

「うん? ……うん」

「頷くな! 雨宿り付き合おうとか、先生に借りようとか、ないの!? 一緒に『マッチさん』した仲なのに」

「ああ、先生に借りたらいいね。あと『マッチさん』おつかれー」

「それが妥当なとこか……。って、相合い傘とか発想はないわけ? 『マッチさん』一緒にしたし、ちょっと雰囲気良くなっちゃうかもよ!?」

「ああ、相合い傘か。でも、これ折り畳み傘だからなー」

「だからいいんでしょ!?」

「そうなの!?」

 ビックリした様子のトモヒロくん。

「ほら、雨がやんじゃったじゃない!」

「ああ、ほんと。良かったね」

「ふー、一安心。って、なんか失礼な対応だな」


 ◇◆◇


 なんだか、それからもガヤをやりながらトモヒロくんとは少し仲が良くなった。



 そして夏が終わったころ、わたしはある決心をした。

 ――トモヒロくんに告白をしよう。

 ベタかもしれないが、『マッチさん』あたりから仲が良くなって、惹かれるものがあった。

 もっと深く言えば、わたしと同じ経験をしてる人かも知れない。

 もしかしたら、それを確かめたいだけで告白をするのかもしれない。

 失礼な話だ。

 ――だけど、気になってどうしようもなかった。

 もし、そうじゃなくてもトモヒロくんともっと仲良くなりたいのは本音だ。



 わたしは、トモヒロくんに告白をした。

 誰もいない教室だった。

 ――トモヒロくんは、わたしに『ごめんなさい』をした。

「そっか、残念……。いきなりごめん!」

「こっちこそ、ごめん」

「謝らないでよ。そうだ、謝りついでに、ひとつ教えて」

「ん、いいよ。なんだろ? しっかりしてんなー」

 なんて言って、トモヒロくんは苦笑する。

 ……やっぱ、トモヒロくんは喋りやすいな。

 もうちょい頑張ってから告白をしたほうが良かったかも?

 まあ、それはさておき気になってたことを訊いてみた――。



「ああ、そうだったのか。俺、納得したよ」

 トモヒロくんが静かな声を出した。

 わたしが質問をすると、トモヒロくんはそう反応を返した。

「納得した?」

 わたしが聞き返すと、

「……もしかして、俺に告白したのって、それが聞きたかっただけ?」

 とトモヒロくん。

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「あ、それもあるんだ」

 トモヒロくんは更に苦笑する。

「俺もだよ。俺も亡くしたんだ。双子の妹だよ」

 そして、そう答えてくれた。


 ◇◆◇


 ――わたしがトモヒロくんに質問したのは、

 ――兄弟を亡くしたことがないか。


 わたしは、双子の弟を亡くしたから。

 すごい。

 双子のってとこまで一緒だったんだ……。

「わたし、『直感』したんだ。トモヒロくんは、わたしと同じかも知れない。トモヒロくんと仲良くなれれば、わたしは弟のことに向き合えるかもしれないって」

 わたしは涙が出てきたのを自覚する。

 いきなり重くなって、申し訳ない。

 でも、話したかった。

 誰かに、話したかった。

 聞いてもらいたかった。

 小学生のころ、弟が事故に遭った。

 それから、わたしは空っぽになった。

 上辺だけの存在。幽霊みたい。



「その『直感』は間違っている」

 トモヒロくんは静かに言った。

 わたしは理解できない。

 間違っている?

 なにが?

「それ、後ろ向きだよ。傷の舐め合いみたい。逆に向き合えなくなるんじゃない?」

「わたし! 前向きだよ!」

「そうかな? 取り返せないものを取り返したい……、後ろ向きな感情に見える」

「そんなこと――。酷い! わたしのこと、わからないのに!」

「うん、ごめんね」

 トモヒロくんは、暗い表情を見せた。



 いや、そうだ。

 ――わかってる。

 何年経っても、忘れられない。

 わたし、前向きじゃない。

 傷口を舐め合うことができる人を探してただけなんだ。

 わたしも、トモヒロくんのことわからない。

 たまたま同じ経験をした人だっただけ。

 同じ経験をした人に、慰めて欲しかったんだ。

 でも、それじゃいけない。

 ――わかってる。

 でも、でも、できないものは、できない。



「今じゃなくて、いいよ」

 トモヒロくんが言った。

「え? ……なに言ってるの?」

「向き合いたいんでしょ? つらいんでしょ、今のまま引きずっているのが」

「……」

「ゆっくりで、いいよ」

「……」

「でも、いつか」

「…………いつか?」

「思い出せそうなときに、きちんと思い出して。それから」

「………………それから?」

「向き合ってみて」



 できないよ。

 ――わかってる。

 わたし、弱い。空元気出してるだけ。

 頭を空っぽにしてるだけ。

 笑ってみてるだけ。

 ――わかってる。

 できない人に、向き合え、なんて酷い!

「アスカなら、できるよ」

「……なにが! わたしのこと、なにも知らない癖に!」

「……わからないよ」

「なら! 軽々しく言わないで!」

「でも」

「まだっ……!」

「アスカなら、できるよ。そう『直感』したんだ」

「……!?」

「今じゃなくていい。ゆっくりでいい。その気になってからでいい」

 彼は一呼吸置いた。

「向き合ってみて」



 向き合いたい。

 人は、忘れられない。

 だけど、乗り越えられる。

 いつか、向き合える時がくる。

 早いか遅いかの違いだけ。

 わたしのは早い? 遅い?

 誰かに背中を押してもらいたかった。

 わかって欲しかった。

 傷の舐め合いとかじゃなく、わたしを見て欲しかった。

 悔しいけど、彼にはお礼を言いたい気持ちになった。

 半身だった弟のこと、向き合いたいんだ。

 そのことが、同じ経験をした者としてわかったのだろう。

 話せて、良かった。



「うう……。涙が止まんない。……トモヒロくんは向き合えたんだ。どうやって?」

「……俺はただ、妹から力をもらったんだ。ある日、妹が突然いなくなった。でも遺してくれたものがある」

「遺してくれた?」

「そう、うまく言えないけど『生きる力』とか?」

『生きる力』?

 わたしは、まじまじとトモヒロくんを見た。

「うん。残ったものの宿命、てやつかな? 妹の分まで頑張って生きる、て感じた」

「妹さんの分まで……」

「そう。アスカは、逆に力を吸いとられた、ポッカリ穴が空いた、半身を喪失した、て錯覚したんだ」

「錯覚?」

「弟さんは、アスカに力を遺してくれてると思うよ。そうだろ――?」


 ◇◆◇


 わたしは弟がいなくなって喪失した。

 だけどトモヒロくんが言う通り、弟はわたしに遺してくれたはずだ。

 なにより、わたしが元気でいると、弟は嬉しいと思う。

 トモヒロくんが帰ったあと、教室で弟のことを思い出していた。

 泣いてる女の子を一人にすんな、て言ったら、トモヒロくんは苦笑しながら帰った。

 やっぱり酷いやつだ。

 でも、そのお陰で静かに考えることができている。


 ――今は、

 ――涙が枯れるまで、

 少しだけ、泣かせて欲しい。


 そうしたら、向き合えそう。

 わたしは、そう、直感した――。

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