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聖水売りのグレイル  作者: 灰蛾シクロ
第一章『聖杯の覚醒』
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第4話『田舎町ラットンにて』

 青い空、白い雲。今日も平和な一日だ。


 皆いつも通りの時間に、いつも通り起床して、いつも通り仕事をする。

 畑仕事をしているコレバさんの隣の牧場には、歪に捻くれた立派な角を生やした、『渦牛』という牛が放牧されている。

 その上に跨ってはしゃぐ子供たち。その現場を目撃するコレバさん。怒られる子供たち。ここの近所では度々見かける光景だ。


 いつもと同じ、他愛もなければ代わり映えもない日常が、今日も田舎町『ラットン』で繰り広げられていた。



 グレイル達が生まれ育ったラットンは、約30平方キロメートルぐらいの面積の小さな田舎町で、農業や牧畜を行う人が多い。

 特産品がオウモロコシ(王冠を被ったような形のトウモロコシ)ぐらいしかないので、外の人々からもあまり注目されず、商人が訪れることも極々稀だ。


 そこの住民たちの暮らしは貧しく苦しいもの、という訳では決してなく、ご近所同士で野菜を分け与えたり、困っている人を積極的に助けてくれたりと、人情味にあふれている。

 町というよりかは、素朴でだだっ広い農村といったイメージだ。


 とはいえ、建物は石やレンガ材などを用いて結構立派に造られている。

 ボロっちい小屋のようなものだったり、藁のみで造られるような質素な家は一軒も見当たらない。

 道も全部がそうではないが、ちゃんと整備されている上に、自然環境にも恵まれていて、天然の樹木のトンネルや断崖から流れ落ちる滝は神秘的で絶景だ。──残念ながら観光客は来ないが。



 そんな町の真ん中で、一人の少年が商いをしていた。

 机の上に水の入った瓶を並べて、その後ろで接客するだけの簡易的な露店だ。


「帝国の特産品、聖水いかがっスかぁ──!! 市場価格プラディ5枚のところ、今なら格安のシルバ十枚──!!」


 声を張り上げて喧しく接客するのは白髪青瞳の少年、グレイルだ。

 彼は通りかかる人全員に聞こえるぐらいの声量で、際限なく接客を繰り返し続けている。

 それにも関わらず、彼の露店に人が集まる気配はない。

 むしろ関わらないよう、意識的に無視されている。


「なかなか客こないな……。もしかして、みんな聖水の価値にピンときてないのか……?」


 売れ行き絶不調な現状に、困り果てたグレイルが一つの可能性を挙げる。

 もしかしたら聖水について知識がある人間は、この町ではルドだけなのかもしれない。

 だとするなら、まずは市井にこのワケわからん液体の有用性を証明するところから始めなくてはならない。

 さて、どうしたものかとグレイルが頭を悩ませていると、ひどく冷めた様子の声が店の前から聞こえてきた。


「与えられた才能を金儲けに使うなんて、こんな浅ましい男を私の弟だと認めたくないものだわ」


「また姉さんかよ! 家で昼メシを作ってるんじゃなかったのか!?」


「作ろうと思ったけど、食材が無かったから買い出しに来たのよ。──それで、本当にあれを売る気なの」


 『一瓶、シルバ十枚』と汚い字で書かれた看板を見ながら、メリーが呆れる。


「こんな得体の知れない液体を、子供が『聖水』と称して売ってても誰も信用しないでしょう。それも、シルバ十枚なんて大金なら、なおさら買う気が失せるわ」


「うぐぐぐ……言われてみりゃ確かに……。」


 シルバ十枚ともなると、オウモロコシが六十本は買える金額だ。

 さっきのルドの話に出てきた値段が値段だったので、これでもだいぶ値下げしたつもりになっていたが……。


「分かったよ。じゃあシルバ十枚はやめて、ブロン十五枚くらいに……」


「ブロン一枚でいいでしょう。そうすれば好奇心に駆られた馬鹿が釣れるかもしれないわ」


「ヤケクソじみてるし、言い方!!」


 とはいえ、このままでは売れる気配がないので、不本意ではあるがメリーの言う通り看板を交換して、聖水の値段をブロン一枚にした。


 すると──。



「あ、あの。これってなにをうってるんですか……?」


 一人の幼い少年が、店の前に寄ってきた。

 少年はまごまごしながら机の上の瓶を指さし、その正体を二人に尋ねた。


「よくぞ聞いてくれた、チビっ子! これぞ神秘の雫、せいす──もがっ」


「滋養効果のあるポーションよ。ルド先生が開発したのを貰ったはいいものの、余ったからこうして売っているの」


 何度も『聖水』という単語をホイホイ出して、自分から信用度を下げにいってるグレイルを静止して、メリーが適当に取り繕う。

 それを聞いた少年は目を丸くして、


「ポーションがブロン一まいですか!? それなら……ひとつください!」


「『いくら何でも安すぎる』って、もう少し疑ったほうが良いと思うぞ、チビっ子!」


 あっさりとメリーの言を信じてしまう少年に聖水を一瓶渡して、代わりにブロン──銅貨を一枚いただく。

 少年は顔をぱあっと明るくさせると、


「ありがとうございます! さっそくおじーちゃんにのませてあげますね!」


 そう言って、元気に走り去っていった。

 その姿を見ていたグレイルは、聖水が売れたことよりも、自分の力が誰かを喜ばせたという事実に満足していた。


「──いい子だなあ」


「見習いなさい」


「……姉さんもな」


 少年を見送った後、二人は互いに憎まれ口を叩きあう。

 相変わらずグレイルが劣勢だが、舌戦において二人は一定以上はヒートアップしない。

 思い返してみれば、彼女と本気の喧嘩にまで発展したことは一度もなかった気がする。


「てか、オレが毎回ガマンしてるだけの気がするな……」


 昔はちょっとしたことでキレやすい性格だったような気がするが、それがいつの間にか矯正されている事実に驚いた。

 今でも怒るときは怒るが、ある程度嫌なことがあっても許せるようになったのは、一体いつからだったか。


「まさかオレの短気な性格を修正するために、そんな態度とってるってのか?」


「? なにを言ってるのか分からないけれど、あなたが見当はずれなことを考えているのだけは分かったわ」


(……いや、やっぱり素だわコレ)


 もしや、と思ってメリーの真意を問いただしてみたが、結論はグレイルの思い過ごしであると判明した。

 メリーらしいといえばメリーらしいが。


「それで、私はもう帰るけど。あなたはどうするの?」


「売り上げがブロン一枚はショボすぎるだろ。もうちょい粘ってみるよ。そうだな……目標はブロン十枚くらい!」


「そう。じゃあ来年くらいにまた来るわね」


「年間売り上げがブロン十枚とか、商売下手にも程があるだろ!?」


 メリーの中でのグレイルの評価は最底辺から動かない。どうにかしてその評価を覆し、姉に認めてもらいたい。

 そんな思いを胸中に抱き、グレイルは店の仕事に戻ろうとする。



「──グレイル」


 ──静かに自分の名前を呼ばれて、グレイルは驚いた。

 メリーがグレイルを呼ぶときは、基本的に『あなた』と呼ぶ。

 そんな彼女がなぜ、突然グレイルを『グレイル』と、名前で呼んだのだろうか。


「な、なんだよ姉さん。心配しなくても、オレ一人で十分だって。まさか、まだ罵り足りないとか言うんじゃないだろーな」


「……心配なんてしないし、あなたとこれ以上無駄口を叩き合うのも御免だわ。そんなことより、一つだけ忠告してあげる」


「ちゅ……忠告? いったいなにを……」


 いつになく真剣な表情のメリーに、グレイルはごくりと息を飲んだ。

 彼女は人差し指を立てて、言った。


「……その水が聖水だということは隠して、さっきみたいにポーションと称して売りなさい」


「え、そりゃまた……なんで?」


「分からないの?」


 嘆息して、冷めた視線をグレイルに送るメリー。

 いったいどうしてそんなことをする必要があるのか、それをグレイルが聞く前に、メリーは答える。



()()に目をつけられたら、面倒なことになる」


「────」


 そう言われて、グレイルはようやく理解した。


「ファルクシオン帝国にとって、聖水は主要な資金源……。そんなのを無限に量産できる人間の存在を世間が知ったら」


「まあ、聖水の価値は大暴落。帝国は財政危機に陥る前に、その原因を排除しにかかるでしょうね」


「じょ、冗談じゃねえぞ……!」


 聖水の価値が下がれば、輸出品の多くを聖水に依存している帝国が黙っていないだろう。

 帝国にとって、魔力だけで聖水を生み出す存在──つまりグレイルは、天敵という言葉すら生温い。


「なるほどな、だからポーションとして売った方が良いと……。姉さんの言い分は分かった。分かったけどよ……」


「……なに?」


 忠告を無視する気なのか、とメリーの視線が鋭くなる。

 しかしグレイルに忠告を無視しようという意思はない。むしろその逆だ。


「その、そんな爆弾みたいなアイテムを売って大丈夫なのか……? もしこれが帝国の人間に渡って分析でもされたら、かなりヤバいことに……」


「ラットンの中だけなら問題ないでしょう。帝国どころか、他の場所からこの町にやってくる人間なんてほとんど居ないし」


「いや、でもよ……」


「──これはあくまで忠告。あなたに対する命令じゃないし、どうするかはその力を持つあなたの自由。だから怖気付いたのなら、ここで辞めればいいわ」


 それだけ残して、メリーは食材の入った袋を持って帰っていった。

 取り残されたグレイルは何をすればいいのか分からず、店の前で立ち尽くしている。




 ──ラットンに強大な魔物が一頭、侵入したと騒ぎになったのは、それから五分も経たないことであった。


 

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