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聖水売りのグレイル  作者: 灰蛾シクロ
第一章『聖杯の覚醒』
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第1話『神様からのプレゼント』

「うわっと」


 家にある古い本棚を漁っていたら、舞った埃を思いきり被ってしまった。


 白い髪が灰色に汚れてしまったが、そんなのは些事に過ぎない。


 なぜなら──、


「お、あったあった」


 ぎゅうぎゅうに書物が詰められた本棚から、一冊の本を取り出す。

 辞典のように厚いその本の埃を払うと、中から鮮やかな緑色が顔を覗かせた。

 表紙には、『魔法使いへの道 入門編』と金色の文字で書かれている。


 そう、オレは今日から魔法使いになるのだ。



       † † † † † † † † †



 グレイル・シルフォリア、12歳。


 田舎町にある普通の家庭に生まれ、普通の生活を過ごしてきた彼は、この時をずっと待ち望んでいた。

 今まで親が過保護な所為で、12歳になるまで魔法の習得を禁止させられていたが、今日ついに誕生日を迎え、魔法を使うことが許可された。


 魔法を使って何かを成そうとする気は特にない。


 人々や国の為に力を使うのは立派なことだと思うが、普通に生きてきたグレイルは、自分の才能も人並み程度である自信がある。


 そういうのはもっと才能のある人に任せて、自分は自分とその周囲のためだけに力を使っていればいいと思う。


「ま、それが一番だよな」


 グレイルはそう呟きながら、『魔法使いへの道 入門』を開いた。

 最初のページには、魔法について著者が褒めちぎっている前書きが書かれていた。

 『魔法とは人々が神より賜った聖なる力──』だとか、『魔法に目覚めし者は世界の理を悟る──』だとか、『素晴らしき魔法学を冒涜する異端者を赦すな──』だとかそんな感じだ。


「退屈だ、次」


 ページをめくると、魔法の基本的な六属性についての解説が載っていた。


 火、水、雷、土、風、氷。

 光と闇の属性もあるらしいが、この『入門編』にその記述は無かった。


 まずは自分が、どの属性に適性があるのか知る必要がある。

 ある程度の才能さえあれば、適性のある属性の初級魔法は最初から使えるようになっているらしい。


「魔法なんて、これまで触れたことも無いけど……。とりあえず、やってみるか」


 立ち上がり、粗末な作りの杖を握って庭に出る。

 家に飾られていたこの杖は、内部に魔力を秘めた石が埋め込まれているという話だが、本当だろうか。ただの棒切れにしか見えないのはグレイルの問題なのだろうか。


「一流の魔道士とかは中の魔石の魔力も感じたりするのかな……。いや、今はそんなことどうでもいいか」


 杖を振るい、本に書かれた呪文を詠唱する。


 火の初級魔法『フレイ』。──不発。

 氷の初級魔法『フリズ』。──不発。

 雷の初級魔法『ボルテ』。──不発。

 水の初級魔法『ウォーラ』。──発動。



「次は土……。──んん!!?」


 何もない場所から水が湧き出たのを、グレイルは見逃さなかった。


「できた!! できた!! オレにも魔法が……わぶっ」


 魔法を使えたことに興奮してはしゃいでいると、頭上に浮かぶ流水が突然落下してきて、ずぶ濡れになってしまった。


「何で!? ……ああ、魔力で操作しなかったからか」


 水を発生させた後も魔力を注いでいないと、流水はコントロールを失い、さっきみたいなカッコ悪いことになるらしい。

 『魔法使いへの道 入門編』には、この魔力の操作が魔法使いにとって最初の関門であると記されている。


「それさえ極めれば、初級魔法のウォーラでも木に風穴を空けれるって書いてあるけど……。それぐらいになるまで何年掛かるんだ?」


 魔法の上達に掛かる時間は人によって異なるが、結構な年月が必要になるとは聞いている。

 そもそも戦闘で使うわけじゃないんだし、そこまで魔法を極めてどうなるわけでもない。


「ダメだな……。最初は魔法を使えるだけで良いと思ってたけど、どんどん欲が出てくる。これ良くないな」


 常に無欲であれと、自分で自分に言い聞かせる。

 欲というのはどうしても消しきれないものであるが、それが肥大化するとロクなことにならない。そう父が言っていた。


「一度初心に立ち返れ! 魔法を使える。ただそれだけで良かったはずだろ! 違うか、グレイル・シルフォリア!!」


「こんな早朝から何をしているの?」


 一人で熱くなるグレイルに、横から冷めた声が掛けられる。

 驚きながら振り向くと、そこには姉のメリー・シルフォリアが立っていた。


「おわぁ!? な、なんだ姉さんかよ! 脅かすな!」


「脅かしたつもりなんてないのだけれど。そんなことより静かにしなさい。こんな時間に、それもあなたの声で目覚めを迎えなきゃならないご近所様が可哀想だわ」


「なんか正論と一緒に侮辱されてる気がする」


 実は今日が楽しみすぎて、昨晩は一睡もしていない。

 今はまだ、日も昇る前の時間帯だ。


「で、何をしていたの?」


「いやほら、今日オレの誕生日でしょ? 12歳になったら魔法使っていいって……」


「へえ、そんな約束事を父様たちとしていたのね。私はあなたの事なんて興味ないから知らなかったけれど」


「自分の弟にぐらい興味持てよ!!」


 メリーは大抵の人には礼儀正しいのだが、何故か弟のグレイルにだけ当たりが強い。

 それさえ除けば、整った顔立ちと卓越した家事能力を併せ持つ完璧な女性なのだが。


「ちょうど良いわ。その無様なずぶ濡れ姿を見る限り、あなたの使える魔法は水属性でしょう。庭の花に水をやっておいて」


「暇さえあれば侮辱か! いや全くその通りだから言い返せねえけど!!」


 家の中に戻ってゆく姉の背中を指さしながら、グレイルは悔しさに歯を噛んだ。

 よりによって一番見られたくないところを一番見られたくない奴に指摘されてげんなりするが、落ち込んでいても仕方がない。


 とりあえずメリーの言う通り花の水やりでもしようと、グレイルは花壇に向かった。すると──、


「あれ、花枯れてんじゃん」


 手入れを忘れられていたのか、我が家の庭を彩る花たちが半分以上枯れていた。


「姉さんも完璧じゃないんだな〜♪」


 花たちには申し訳ないが、珍しい姉の失敗を目の当たりにして少しだけ気分が晴れた。後で盛大に糾弾してやろう。


「ま、いちおう水だけやっとくか。全部枯れてるわけじゃないし」


 呪文を詠唱して、初級魔法『ウォーラ』が発動。

 虚空より出現した水を、自分にぶっかけないよう魔力で操作。そして花壇の土に満遍なく振り撒いた。


「今のはたまたま上手くいったけど……、まだコツが掴めないな」


 とはいえ何度か使っているうちに、モノにはなるだろう。

 それより自分の失敗を告げられてショックを受ける姉の顔が楽しみだ、とグレイルが邪な思考を浮かべたその瞬間、変化は起こった。


「……!?」



 ──突如として、花壇の土が青白い光を放ち始めた。



 なんだ。なにが起こっている。

 まさか魔法で生じた水をやった所為なのか。


 ありえない。だって同じ方法で花に水をやる人は結構いる。


 いったい、何が起ころうとしているのか──。



 ……光が収まったとき、グレイルが見たのは、庭中に咲き誇る一面の花畑だった。

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