8.真祖の末裔
「············」
「···何だお前は······!?」
(今のは、ドレイン···なのか···?)
マルメラードフはフィオラから手を離すと後ろに飛んで距離を取った。
(ドレインの階梯上限は九十九、だが使用側の階梯差が六階梯相当低い場合ドレインは成立しない。しかし奴は私の術ごと吸収した、つまりは九十三階梯上位の私と同階梯以上の魔術師という事になる。
―――そんな奴が、なぜこんな所に···?)
「バイオ系か···?
第八十五階梯、フレイムライン!」
火柱が二人に向かって走った。
ウルが手をかざすとやはり火柱は吸収された。
「第八十五階梯、フレイムバースト!」
「···ミラーウォール!」
撃ち出された炎弾は銀の防壁に跳ね返されると、マルメラードフをすり抜けて後ろで爆発した。
(ミラーウォール、だと···?
―――······そうか、炸裂系の魔術の場合吸収途中で爆発してしまう恐れがある、だからミラーウォールで跳ね返したのだ)
「ミラーウォールの階梯上限は八十五だ、ではこれはどうなる―――」
マルメラードフは掌の上に沸き立つような魔力を集め始めた。
「第九十一階梯、エクスプロージョンボール!!」
凝縮された熱と炎は轟音を放っていた。
超高熱の炎弾は高速で射出された。
(これは吸収も、跳ね返す事もできない···!)
「あ、あれはヤバいって!!」
アリアは迫りくる炎弾に叫喚した。
「第九十一階梯、スローモーション!!」
ウルが魔術を発動すると炎弾は動きがゆっくりになった、目前で手をかざすとそれを吸収した。
「―――!!?」
(時間魔術だと···!?なぜ奴は初めからあれを使わなかった―――?
時間魔術は魔術に対する相当に深い理解が無ければ使う事はできない、もしや···奴が真祖の···?
···だが、それほどの強大な魔術師であれば私は一秒とてこの場には立っていられないはず、なぜ奴は自分から仕掛けてこない?奇襲や先制攻撃の機会はいくらでもあったはず、なぜ吸収にこだわる?)
「―――魔力を溜めているのか···?」
問いかけにウルは無表情のままだった。
(エクスプロージョンボールと同階梯のスローモーションなら吸収分と同等の魔力消耗があったはず、収支ではゼロか―――一体、何が目的なのだ?
それとも強大な力ゆえに、何か縛りでもあるのか···?)
「―――······なるほど、分かったぞ。
お前に掛けられた何らかの制約、それは魔力量に関係しているようだ。
それゆえお前は自ら先制攻撃を仕掛けず、私がどのような魔術を使うのかを見極める必要があった。
そして私に対する策を講じると必要な魔力を溜める為にドレインによる魔術の吸収を繰り返した。
それらから推察されるお前に課せられた何らかの制約とは······おそらくお前は魔力の自己生成ができない、あるいは極めて困難な状況下にあるという事だ」
「·········」
ウルの無表情が少し強ばったように見えた。
「どうやら図星のようだな、
それならば···戦いようはある」
(奴にはもう魔力は渡すまい···)
「···アリア頼む」
「え、何が!?」
「···奴はもうすぐミラージュコートを解く、だが俺は肉弾戦は得意ではない、だから一緒に戦ってもらいたい」
「わ、分かったわ!!」
マルメラードフは空間魔術で銀色の剣を取り出すとミラージュコートを解除した。そして新たに魔術を展開した。
「第九十一階梯、ラピッドスキン!!」
空気抵抗を減耗させる魔力の膜が体を覆った。
マルメラードフは滑るような動きで迫ると、ウルに斬り掛かった。
「···はっ!」
ウルが紙一重で避けるとアリアがマルメラードフに斬り掛かった。
「はぁああ!」
「ぐっ!」
マルメラードフは剣でそれを受けると後退りした。
「はぁああ!はぁああ!はぁああ!」
さらに連撃を加えた、剣ではアリアが押していた。
隙を突いて無防備なマルメラードフの背中を、ウルが手で触れ魔力を吸い取るとラピッドスキンは弱まった。
「クソっ!!」
マルメラードフはつば迫り合いを止め一旦距離を取った。
アリアは逃げるマルメラードフを追いかけた。
「はぁああああ!!」
さらに追撃の一振りを加えようとした。
マルメラードフはたまらずラピッドスキンを解除しミラージュコートを展開した。
剣がやはり体をすり抜けるとアリアの首を掴んだ。
「ぐっ···!」
「私をなめるなよ···小娘!」
マルメラードフは外の空中に通じるワームホールを開いた。
「お前は外にでもいてろ」
アリアは闘技場の外に放り投げられた。
「アリア、ヒートバーンだ!!」
その間際、ウルは大声で言った。
マルメラードフはまたミラージュコートからラピッドスキンに切り替えた。
「···ワームホール!」
迫りくるマルメラードフから距離を保ちながら、外のアリアの為にワームホールを作り出した。
アリアは空中を落下しながらチョコスフィアの最後の一粒を口にした、魔力が体に溢れかえった。
やがて足元にワームホールが開いた。魔剣に魔力を一気に注ぎ込み炎を吹かせた。
「うぉおおおおお!!!」
ワームホールをくぐると闘技場の空中に出た。
炎が勢いを増し爆発を起こすと、立った炎柱が炎龍に変わった。
「うぉおおおおおお!!!!」
爆発で天蓋が割れると、思わずマルメラードフは振り返った。
「第九十一階梯、ヒートバーン!!!」
魔剣を振り下ろすと炎龍がとぐろを巻きながら二人が戦っている方へと襲いかかった。
マルメラードフはまた振り返ってウルとの位置関係を確認した。
(自分ごと撃たせるつもりか···!)
「ミラージュコート!!」
うねりながら進む炎龍がマルメラードフをすり抜けると次はウルの方に向かった。
そしてウルは右掌をかざすと炎龍を吸収した。
「何―――!?」
吸収が終わるとウルは魔力を込め始めた。
「···これで魔力は足りるぞ!!」
突き出した人差し指が光った。
「第九十四階梯、リニアブレット!!」
直線に飛んだ銀色の魔弾は、空間の歪みごとマルメラードフの体を貫いた。
「く···くぉおおお···ぉ···!!?」
マルメラードフの胴は赤く滲み、口からは血が溢れた。
「ま···まさか···この···私がぁ······」
そしてうずくまりながら虚空を見つめ、最後の言葉を発した。
「···ア···アマン···樣···ぁ···!!!」
アリアは着地すると尻もちを付いた。
「お、終わったのね···?」
割れた天蓋からは光が射し込んでいた。
「···うぅ···!」
ウルは魔力切れで膝を着いた。
「ウル、大丈夫!?」
アリアはウルの元へと駆け寄っていった。
✶✶✶
騒動から数日が経って、王国も落ち着きを取り戻していた。
今日は玉座の間で国王から戦いの論功行賞を言い渡される日だった。
戦いの後、アリアとフィオラはウルに呼び止められた。フィオラはウルの事を見るとギョッとしたような顔をしていた。
「···俺の事は他言無用だ―――」
玉座の間にはカイルス国王が鎮座していた。
「王子ヘリオス、この度決死の覚悟で戦いアイオンの魔術師ゴドムを撃破、見事であった。よってそなたには勲一等を授ける」
国中から拍手と歓声が上がった。
「王女アリア、この度のアイオンの夜明けに対する好戦、並びに首謀者マルメラードフの撃破、実に見事であった!
よって褒賞として勲一等と魔剣エイリアスをそなたに授ける!」
「······」
国中から喝采と大歓声が上がった。
アリアは目の端でウルの事を盗み見た。
「レアフォー公爵家ユースティア、戦闘中の王子ヘリオス及び准将アレキサンダーの治癒、実に大義であった。礼を言うぞ、よってそなたには勲二等を授ける」
貴族達の大きな拍手と慎ましい声援が送られた。
「王国軍准将アレキサンダー、この度の奮戦アイオンの魔術師二名の撃破、大義であったぞ。よってそなたには一階級昇進と勲二等を授ける」
国中からの拍手と声援、城内の軍人達による大歓声が送られた。
アレキサンダーは自身の働きに納得がいっておらず、渋い顔をしていた。
「学院生ウル、この度の戦闘において負傷者の治癒に貢献した事、改めて礼を言う。よってそなたには勲三等を授ける」
まばらな拍手の中でアリアの手を打つ音だけが大きく響いていた。
その後、レアフォー宰相が文書を読み始めた。
「アイオンの夜明け元構成員フィオラ、
この度の騒動後、心を改め司法取引に応じ組織情報の開示、負傷者の治癒、王都の復興などに貢献した為、特例によりお前の罪は免責とする」
「···感謝します···」
全てが終わるとアリアはウルを庭園に連れ出した。
アリアの頭の中にはあの絵本の結末が思い出されていた。
―――たたかいがおわると おちょうしものの ジ・ムーは つぎのまちにいくと いいだしました。
「わたくしのような どうけは つぎのまちに いって またひとびとを わらわせようと おもうのです」
「おぉそうか それはざんねんだなぁ」
ライアスおうは さみしがりました。
そして たびだちのひが きました。
「ジ・ムーよ またいつか あおうぞ」
「はい ライアスさまも おげんきで またいつか おあいしましょう」
ライアスおうと へいしたちは ジ・ムーに てをふって みおくりました―――
「ウル、この際私はもうあなたが何者かなんて聞かないわ·········」
「······」
「だけど、まだこの国にいてくれるわよね···?」
「······まだも何も俺はこの国の人間だ、ずっとアリアの側にいるつもりだ···」