6.魔剣エイリアス
「―――では、準備が整い次第始めよ」
「俺はいつでもかまわんぞぉ、王子殿ぉ···?」
ヘリオスは目の前の巨漢を睨みつけた、そして目を閉じると精神を集中させた。
闘気が最高潮に達すると共に目を見開いた―――
「······行くぞぉお!!」
ヘリオスは駆けるとがむしゃらにゴドムに向かって剣を振るった。
「はぁっー!!はぁっー!!はぁっーー!!」
「ぬんっ!」
剣は岩の鎧を浅く斬りつけるばかりでゴドムはそれらを一蹴した。
「ふはははは、何だその攻撃はぁ?」
「くっ···!!」
今度は助走距離から一気に炎の剣で突きを入れた。
「やぁっー!!」
「んんっ!」
剣は岩の鎧に突き刺さったがゴドムは堂々と受けきると岩の拳でヘリオスを弾き飛ばした。
「ぐぁあ···!!」
「弱いぃ、弱すぎるぞぉ、ヘリオス王子ぃ!」
「ヘリオス兄様っ···!」
アリアは叫んだ。
ユースティアは悲痛に目を背けた。
「―――ヘリオス様···!」
「―――も、もう駄目だ···」
「―――奴は強すぎる···」
ヘリオスは起き上がると自らの剣を地面に捨てた。
「おん?どうしたぁ、遂に降参する気になったかぁ?」
そして緋色の指輪が光る右手を宙にかざすと叫んだ。
「―――我に力を与えよ、魔剣エイリアス!!!」
ヘリオスの右手には大剣が現れた。
「―――ほぉ、あれは···魔剣エイリアス···!
初代ライアス王が使用したと言われるユーロスギニカ王家、伝家の宝刀、こんな所でお目にかかれるとは···」
首謀者の男は反応を示した。
「―――だがヘリオス王子よ知っているのか···それは使用者の命をも燃やす剣だという事を···?」
「そんな事は承知の上だっ!!」
(ライアス・ユーロスギニカよ、お前はこの剣を振るっていた時、一体どんな気持ちだったんだ···?)
ヘリオスが魔力を注ぎ込むと魔剣が炎を吹き始めた。心臓がキリキリと痛み出した。
「んん···なんだぁ?」
魔剣が吹く炎の熱でゴドムの岩が少し溶け出していた。
「うぉおおおおお!!!」
「くぅっ···!」
押し寄せる熱風にゴドムは少し焦りの色を見せた。
「最大出力、第八十五階梯、岩のフルプレート!」
ゴドムは全身を岩で覆い尽くした。
炎が一帯にあふれだしていた。
「うぉおおおおおお、行くぞぉ!!!」
今までにない程の魔力階梯の高ぶりをヘリオスは感じた。
「第八十八階梯、ヒートバーン!!」
炎柱が上がる魔剣を天にかざしゴドムに向かって一気に振り下ろした。
炎が高波になって敵を巻き込むと灼熱によって岩ごと爆発した。
熱風と衝撃波が闘技場に広がった。
「う、うごぉおおおおおおお···ぉ···!!!?」
岩が燃え剥がれたゴドムは炎の中で倒れた。
爆風が止んで一瞬、静寂が訪れた後、
学院の敷地一帯が揺れるような歓声が起こった。
「―――うぉおおおおおおおお!!!!
―――ヘリオス!ヘリオス!ヘリオス!ヘリオス!
―――ヘリオス!ヘリオス!ヘリオス!ヘリオス!
―――ヘリオス!ヘリオス!ヘリオス!―――」
ヘリオスは剣を杖にして片膝を付き、ふらふらと体を揺らした。
そして咳き込むと血を吐いた。
「兄様っ···!」
「ヘリオス様···」
アリアとユースティアの声は歓声にかき消されヘリオスには届かなかった。
観客もまたヘリオスの吐血には気が付かなかった。
一方、アイオン陣営は残り二人となった。
「―――まさかゴドムがやられるとは···、
次はいよいよお前の出番だ···フィオラよ」
「···分かりました」
アイオンの四人目の魔術師がローブを脱いだ。
浅黒い肌にマスカットグリーンの髪とペリドットの瞳を持つ、アリアと同じ年くらいの娘だった。
「―――決して油断はするなよ」
「承知しております」
フィオラと呼ばれたその娘は闘技場の中央へ歩み出た。
「すでに満身創痍のようだが···?」
「···」
フィオラの問いかけにヘリオスは黙ったままだった。
(あと二人···俺の命と引き換えにこいつらを···)
「私はいつでもいいぞ」
ヘリオスは立ち上がり大剣を構えた。
ゴドムの敗戦を見ても動揺していないフィオラに危うさを感じていた。
「―――では始めよ」
先に仕掛けたのはフィオラの方だった。
「召喚魔術"コール"
出でよ第九十階梯、ドレインプリムローズ!!」
巨大なうねるプリムローズの葉がフィオラの周り一帯に生い茂った。
そして立て続けに魔術を展開した。
「第八十五階梯、リーフミミックリー!」
フィオラの体が草に擬態するとプリムローズの葉の中に隠れ込んだ。
「くっ···!これでは敵がどこにいるのか分からない」
プリムローズの葉がヘリオスに絡み付こうと押し寄せた。
ヘリオスは魔剣でそれらを薙ぎ払うのがやっとだった。火力が落ちているのは誰の目にも明らかだった。
フィオラは葉にまぎれて背後から突きを入れようとしたがヘリオスは何とか躱した。
するとヘリオスの前で擬態をわざと半分解いて攻撃を誘うような挙動を見せた。
(これは明らかに罠だが、今の俺には躊躇している余裕は···もう無い!)
「どうした、攻撃してこないのか?」
「クソっ···」
半ば追い込まれたように、ヘリオスは最後の魔力を魔剣に流し始めた。
魔剣が強い炎を吹き始めた。
プリムローズの葉は燃やされてもすぐにまた新たな葉が次々にヘリオスの元へ押し寄せて来る。
「うぉおおおお!!」
ヘリオスが強く魔力を込め炎の勢いがプリムローズを抑え込み始めた時だった。
「ぐっ···!!?」
心臓に激痛が走り一瞬体が硬直した。
炎が弱まったその隙にプリムローズの葉がヘリオスの手足に巻き付き魔力を吸い取った。
「ぐぁあ·········!」
魔力の供給が止まると魔剣は消えた。
ヘリオスはその場に倒れた。
「ヘリオス兄様···!!」
「······」
「―――ヘリオス様さっきまでの勢いは···」
「―――アレキサンダー准将に次いで、ヘリオス様まで···」
「―――ユーロスギニカはもうお終いだぁ···」
「もうお終いか?」
倒れたヘリオスはピクリとも動かなかった。
「ヘリオス兄様!」
アリアは倒された兄の元へと駆けつけると心音を確かめた。
「まだ生きてる!」
ヘリオスを背負うと急いで皆の所へ戻り、アリアはチョコスフィアを一粒口にした。
「ウル、お願い!」
ウルはアリアの魔力を半分だけ吸い取るとヘリオスを治癒した。
「ちょっとウル、魔力はまだ残ってるけど!?」
「···ヘリオスは心臓以外特に大きな負傷は無かった、あとはユースティアに任せよう。それよりも今は目の前の敵だ、取りあえず次は俺が―――」
「いや!次は私が行くわ!!」
「···何を言っているんだ···」
「いや、次は私が行く。兄様の仇は同じ王族の私が取らなければいけないわ」
アリアはヘリオスの右手にはめられたエイリアスの指輪を抜くと、自分の指に付け替えた。
指輪は魔術でひとりでにアリアの指のサイズに調整された。
「ダメよアリア、その剣は···!」
ユースティアが深刻な表情でアリアに言った。
「いや違うのユースティア、私はむしろこの剣と相性が良いと思うのよ!」
「どうゆう事···?」
「まぁとにかく私はこの剣を使えば、あの娘を倒す事ができると思うの!!」
二人の心配など余所にアリアは立ち上がり闘技場へと向かい始めた。
「···アリア!危ないと判断した時には俺が介入するからな!」
「分かってるってば、ウル!」
アリアは振り返ってそう言うと駆けて行った。
フィオラは悠然と中央で待ち構えていた。
「おやおや王女様、戦いの経験などあるのかな」
「ねぇフィオラ、あなたのような娘がアイオンの夜明けなんかに居ちゃいけないわ、私が改心させてあげる―――!!」
アリアは指輪のはめられた右手を宙に構えた。
「―――我に力を与えよ、魔剣エイリアス!!!」