4.雑魚狩り
「貴様、一体どういうつもりだ···!」
アレキサンダーは怒りの表情でウルを睨みつけた。
「···俺はアリアが心配なんだ、俺をライアスゲームの選抜に入れろ」
「···そ、それはどういう意味だ···?」
少し驚いたヘリオスがアーチェを介抱しながら言った。
「貴様のような奴がアリア王女とどのような関係があると言うんだ。それに王族に向かってその口の利き方はなんだ」
「···それはお前だって同じだろう」
「な、なんだとっ?」
ウルはいきり立つアレキサンダーに反論した。
「いや違う、俺とアレさんは特別な関係なんだ。今聞いているのは君とアリアはどのような関係なのかという事だ」
「ねぇアリア、この生徒は一体何者なの?」
ユースティアはヘリオスに抱えられたアーチェに治癒魔術をかけながら、諭すようにアリアに聞いた。
急な質問にアリアは自分とウルのよく分からない関係について上手く説明する言葉が思い浮かばなかった。
「え、えーとぉ、もの凄く簡単に言うと私はこの人と毎晩会っていたの!!」
「へっ···!?」
ユースティアが裏返った驚きの声を出した。
「··································································································································ど、どういう事だ···!?」
一同の長い沈黙の後、ヘリオスはそのように呟いた。
「ち、違う!!そういう意味じゃ無くて!!」
アリアは咄嗟に手をバタバタさせて取り繕った。
「アリア王女、ちなみにこの生徒とは何処で会っていたのです?」
アレキサンダーが聞いた。
「何処って、夜中の庭園だけど」
「···え?···お、おう······」
アレキサンダーは微妙な表情でそのまま口を噤んだ。
より一層変な空気になってしまっていた。
「だーかーらー、違うってば。私が夜中の庭園外周でランニングしている時、倒れていたウル助けたの!」
「そ、そうなのか···?」
ヘリオスはウルの方見てそう質した。
「···そうだ」
「ウルはめちゃくちゃ強いのよ!」
アリアは何故か自慢げに言った。
「多少強くても民間人が戦えるような相手ではありませんよ」
アレキサンダーが水を差した。
「ウル、ちなみに君は何階梯なんだ?」
「······七十九階梯だ」
ウルはヘリオスにまたそう答えた。
「なんだと···!?」
一同が驚く中、アレキサンダーはより感情を露わにした。
「お前のような得体の知れない奴がヘリオスやアーチェと同階梯だと言うのか?お前の言っている事が事実なら、お前はこの国のトップ魔術師と同階梯ということになる」
「七十九階梯だったなんて···、でも私は実際この目で見たし信じるわ。今のドレインだってそうだし、さっきもミラーウォールで敵のアイオンを倒したもの!」
「···あ、あれは···アリア王女が倒したのでは···なかったのですか···?」
アーチェはなんとか起き上がって驚いた様子を見せた。
「大丈夫か、クソっ、アーチェをこんなにしやがって!こんな非常時に!」
「···だ、大丈夫です、選抜には···予定通り私が···」
アレキサンダーとアーチェを尻目にヘリオスは何か考えがあるような素振りでウルに尋ねた。
「ウル、君は治癒魔術を使えるのか?」
「···得意ではないが、使う事はできる」
「···そうか。奴らの用意した闘技場はおそらく入ってしまえば、ゲームが終わるまで外からも中からも出入りはできないだろう。つまりゲーム中の負傷は選抜メンバーの治癒魔術で何とかするしかない。
現在王国軍の精鋭魔術師は転送システムの制御で手が離せない。ゲームに参加できる高階梯魔術師は、君の話を信用するなら実質的にはウル、君しかいないという事になる。それにアーチェは魔弓兵だからいざという時は闘技場の外からでも狙撃は可能なはずだからね」
「ぐっ···!」
アレキサンダーはヘリオスの主張に苦い顔をした。
「能力も分からない今日会ったばかりの人間とは、戦闘で連携も取れないだろう」
「ですがアレさん、治癒要員は今回重要なはずです」
「くっ···!ヘリオス···」
「信用していない訳ではないが、ユースティアの魔術階梯では今回の戦いで十分ではないかもしれないかもしれません。ウルはさっきのを見れば戦闘もできるようですし」
ユースティアのトパーズの瞳が不安そうに揺れて、神妙な面持ちを見せた。
「アリア、アーチェはアリアの親衛隊だが、今回のゲームの選抜には俺は正直ウルが適任だと思っている、アリアはどう思う?」
「え···?わ、私に聞くの···?私は正直···どっちでもいいけど···」
「ふぇええ······!?」
アーチェがふぇええと言って不服そうに肩を落とした。
「ち、ち、違うのよアーチェ!!アーチェは遠距離の援護が得意じゃない、だからこれはもう六人で戦っているようなものなのよ。それにヘリオス兄様の決めた事に私は口出しなんてできないし!」
アーチェはまた膝を地面に着けた。
「どうやら決まりのようです、アレさん」
「···ヘリオスとアリア王女がそこまで言うのなら···」
アレキサンダーはかなり不満そうに渋々ヘリオスの主張を聞き入れた。
「···だが小僧、俺はまだお前の事は認めていない。また何かしでかした時は、今度は俺がお前を分からせる事になる、覚悟しておけ···!」
アレキサンダーはウルを睨み付けて釘を刺すように言った。
(だがあのアーチェに片膝を着かせたのは事実、こいつ一体何者なんだ···!)
「······」
「―――さて、勝負の時間はもうすぐだがその前に腹ごしらえが必要だな」
ヘリオスが侍従に命じて食事を用意させた。
皆の皿にはサンドイッチやミートローフなど軽食が乗っているのに、アリアの皿にだけTボーンステーキが800g乗っていた。
だがヘリオスは今日は真面目な顔のままでアリアに何も言ってこず、他の皆も決闘前の食事を黙って真剣な表情で食べていた。
アレキサンダーが一度だけアリアの皿を見てうぉと反応したが他の皆は全く無反応だった。
アリアはウルの事をチラ見した。
「私、全然お腹すいてないかもー」
そう言ってテーブルの端にあったチョコスフィアの籠から五粒取って席を立った。そして皆に見えない所で一粒食べた。
今日一日の疲労は全て回復し体に力がみなぎってくるのが分かった。
✶✶✶
庭園の中央に開いたワームホールは上空の闘技場へと通じていた。
「行くぞ···!」
ワームホールを抜けた先には、ローブを深く被った五人のアイオンの魔術師達が待ち構えていた。
「くくく···では始めようか、死の宴を······」
アレキサンダーは闘技場の中央へと躍り出た。
「貴様が先鋒か」
首謀者の男は不敵に微笑んでいた。
「お前ら全員俺が殺す」
アレキサンダーはアイオン勢に宣告した。
「では、こちらも俺が行くとしよう···」
ローブを脱いだアイオンの一人がアレキサンダーの正面に相対した。
両者の殺気が闘技場の中央でぶつかりあっていた。
決闘の映像は魔術モニターによって中継されている。人質や学院生達も固唾を呑んで見守っていた。
「―――では始めとする」
「初めから全力で行かせてもらおう。
第七十八階梯、フローズンライフル!」
敵のアイオンの後方上空で生成された氷の弾丸がアレキサンダー目掛けて飛んできた。
「ソニックエアー!」
風を溜めたナックルでそれを弾き飛ばした。
「アクア系か、これは好都合だ」
アレキサンダーはほくそ笑んだ。
敵のアイオンは氷で鎧と防壁を作り出しその中に閉じこもった。弾丸は数と勢いを増してアレキサンダーを襲った。
アレキサンダーは弾丸をいなしながら魔力を体にをため始めた。
「第八十階梯、エレクトロフィールド!」
電撃が身体の周囲にまとわり付いた。
「―――!···アレさんは一気に決めに行くつもりだっ!」
「単純な相性差で勝てるほど俺は甘くないぞ、純粋な水で作り出した氷だ。電気は通らない」
「ご託はいらねぇんだよ!うぉおおお!!」
高速で駆けたアレキサンダーの電撃をまとった拳が、氷ごと敵のアイオンの体を打ち抜いた。
アレキサンダーは敵を尻目に拳の手応えを確かめた。
「なぁ知ってるか、強力な雷は絶縁体でも貫通するのさ···」
「ぐ、ぐぉおおおお―――!?」
敵はその場に崩れ落ちた。
そしてもう起き上がってくる事は無かった。
「―――うぉおお!さすがアレキサンダー准将だぁ!!」
「―――さすが王国最強の男!!」
「―――ザマァ見やがれアイオン!!」
「―――アレク!アレク!アレク!アレク!
アレク!アレク!アレク!アレク!―――」
「おぉおぉどうしたアイオンさんよぉ、俺は雑魚狩りは趣味じゃねぇぜ···?」