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月下美人

作者: 伊織

 月下美人という花を知っていますか?


 一年に一度、新月や満月の夜にだけ咲くサボテンの花として有名です。本当は、一年に一度しか咲かないことはないし、月が出てる出てないも関係ないですけどね。


 ただ、この物語は一年に一度の月下美人にまつわる、奇跡のおはなしなのです。






 あるところに、植物を育てることが大好きな若者がいました。三度の飯より植物、というほどの変わり者だった若者に転機が訪れたのは、寒い寒い雪の降る日のことでした。


 その日も若者は朝から植物の世話をしていました。ふと玄関を見やると、ワカメのような葉っぱが生えた小さな黒い鉢植えが置かれてあったのです。


「またか」


 若者は溜め息を吐きました。この辺りの住人は、自分で育てている植物が育てられなくなったり、どうにもできないほど枯れてしまったりすると、若者の家の前に置いていくのです。


 この若者なら何とかしてくれる。

 住人は、悪い言い方をするなら、処理係のように接していました。だから、今回もそうなのだと若者は思いました。


 見れば見るほど変わった葉っぱに、若者はいつかの植物図鑑を思い出しました。


「これは確か……月下美人」


 白い大きな花からは甘く上品なジャスミンに似た香りがするそうですが、花開くのはたった一晩。その儚さから、花言葉には『儚い恋』という意味もあるほどです。

 興味を持った若者は月下美人を育てることに決めました。



 その日の夕方、降りやまない雪を忌まわしげに見ていると、どこからともなく甘い香りが漂ってきました。頭をよぎったのは今朝の月下美人です。そんなはずはないと思いつつも、少しの期待を胸に抱き、月下美人のもとへと急ぎます。


 すると、赤い小さな蕾があったのです。みるみるうちに膨らんでゆき、日が沈む頃には白い花が目を覚ましました。窓から差し込む月明かりに照らされた花は、言葉では言い表せられないほどに美しいものでした。


 あまりの美しさにずっと見つめていたにも関わらず、若者が気がついた時には目の前にあるのは花ではなく、一人の女性だったのです。


「そんなに見つめられると恥ずかしいです」


 そう言って、女性は頬を赤らめました。全体的に白く今にも消えてしまいそうなほど儚げで美しい女性に、若者は一瞬のうちに心を奪われてしまったのです。


 その晩、若者は女性のために得意料理を振る舞いました。美味しい、美味しいと言って食べてくれる女性に、若者はますます好意を寄せます。


 夜が更け、若者が寝る準備をしだすと、女性は寂しそうな顔をしました。


「あなたは優しい人だから、どうかあなただけは私を好きにならないでください」


 眠りに落ちる直前に言われたその言葉を疑問に思いましたが、そのまま深い眠りに落ちてしまいました。


「また来年」


 目が覚めると女性はどこにもおらず、若者の横には花が萎んでしまった月下美人がありました。




 一年後、雪の降る寒い日、辺りが夕暮れに染まる頃、あの甘い香りが若者の家を包み込みます。そして、月明かりに照らされた蕾が開くとあの女性が現れました。


「やっと会えた」


 若者はこの一年、ずっと女性のことだけを考えていました。しかし、そんな若者を見た女性は悲しそうな表情を見せます。


「私は月下美人。植物です。あなたをお慕いしていますが、一年に一度しか人の姿になれません」


「それでもいい。一年でも何年でも待っているよ」




 それから毎年、若者は雪の降る月夜の晩を楽しみに待っていました。

 けれど、女性に会える一晩が大切であればあるほど、それ以外の日が辛くなっていきました。

 そして、若者は女性と離れることを決意しました。




 その日は雪は降らず、月も出ていませんでしたが、部屋には甘い香りが漂い始めました。


「また会えたね」


 女性は出会った頃と変わらず美しいままです。対する若者は、若者と言うには少々年を取りすぎていました。


「……今日は、何をしようか」


 決意を固めていた若者でしたが、中々言い出せないまま時間だけが過ぎてゆきます。そしてとうとう、朝日が昇る時間がやって来てしまいました。


 若者は、眠たそうに肩にもたれかかる女性をそっと抱きしめます。


「……もう、きみを好きにはならない」


 その言葉を聞いた女性は、若者の前で初めて笑顔を見せました。そして、一輪の白い花へと姿を変えました。


 若者はその花を大切に胸に抱き、萎んでゆく花をずっと愛おしそうに見つめていました。


「……また、来年」


 その場所にはいつまでも、月下美人の甘い香りが残っていたそうです。

童話になっていたでしょうか?

初めてくらいに童話を書くのでこんな感じでいいものか悩みましたが、自分では満足しています。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

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