洞窟潜入
受付嬢のエレーナさんからゴブリンの巣穴討伐の依頼を受けて翌日。午前8時頃。
サウレア森林の中域にあったゴブリンの巣穴の近くにいる。
木々で身を隠しながら、ゴブリンが根城にする洞窟の様子を見る。
洞窟は大きく3M程の高さがある。剣を振るうのに支障なさそうだ。
入り口の近くにゴブリンの姿はない。近くの木々が風で揺れる音だけだが聞こえてくる。
「それじゃ、サクッとやっちゃいましょ」
「そうだね……」
エレーナさんが呑気な調子で呟く。僕は同意した。但し楽観視はしていない。
ゴブリンは夜行性だ。だから見張りを立てずにねぐらで寝静まっているのだろう。
僕達は人数差を補うために時差を活かして襲撃をかけようとしている。ゴブリンにとって現在は深夜だ。深夜に夜襲を仕掛ける。そこまではいい。
夜ふかしをしているゴブリンや、生活習慣が逆転している者だっているはずだ。実際そういう奴らが昼間に悪さをしていたわけだから・・・。
洞窟に近づくと入り口からムワっと脂と垢がすえた匂いが漂ってくる。
「うぇ……」
「これは堪えるな……」
ユーナさんと、ムートレラさんがげんなりした顔をする。
僕とモラルは覚悟をしていたから眉をひそめる程度で済んだ。
モラルがおずおずと発言した。
「それではブレッシング(暗視の加護)を与えますね」
「頼む」
各自がモラルに頭を垂れて、ブレッシングを受ける。
これで数時間程、暗闇の中においても周りを見通すことが出来るようになる。
「有り難い。流石ビショップ様だ。少人数(たった4人)で明かりをつけて洞窟を潜るなんて想像したくないからな……」
「まったくです」
ムートレラさんの発言に同意する。
松明の明かりなんて、夜目の効くゴブリンには格好の標的だろう。
片手がふさがり辺りを見渡せない。殺してくれと言っていいるようなものだ。
勿論、松明も暗視の薬草、毒消し草など各種アイテムは常備している。使わずにいられるならそれに越したことはない。
「隊列はどうしますか?」
「そんなの前衛は前に出て、モラル後ろを付いてくればいいでしょ」
ユーナさんがおざなりに返事した。こいつ本気か!?
「いやいや、不意打ちされたらどうするの? せっかく前衛が3人もいるなら殿を用意した方がいい」
殿とは撤退や不意打ちにそなえて、最後尾に人員を配置することだ。
ダンジョン探索や討伐の鉄則とされている。初期配置、初手によって助かることもあれば、手遅れになるからだ。特にゴブリンは不意打ちや奇襲を好むとされている。
「そんなに後ろが心配なら、アンタが後ろにつけばいいじゃない。まっ、私は必要ないと思うけどね。サボろうとしたら承知しないからね!」
「ああ、サボらないから安心してくれ」
ユーナさんの理解は得られなかったが、とりあえず承諾は得た。
僕が最後尾につくとモラルは心底ホッとしたように微笑みかけてきた。そして僕にだけ聞こえるように小声で一言。
「頼りにしています」
「任せてくれ」
こうして僕達は洞窟内部へと侵入した。
◇ ◇ ◇ ◇
洞窟内部に入って暫く経過。
意気揚々と前をゆくユーナさん。自然体で並列するムートレラさん。その後ろを警戒を怠らずに僕とモラルが続いた。
臨時パーティのためか、まとまりはあまりない。
ゴブリンの気配がないからか、ユーナさんが話しかけてきた。
「アンタ達は野良ゴブリンを100匹倒してきたのよね? だったらゴブリンの巣穴討伐なんてお茶の子さいさいでしょ?」
「いや、そんなことはないと思う。僕達が倒してきたのは1匹のゴブリンを100回倒しただけだよ。複数体のゴブリンに襲われたら無傷では済まなかったんじゃないのかな……」
「ふーん、随分弱気なのね。私達はダイレクトボア(大イノシシ)を狩り続けてきたわ。ゴブリンなんかよりよっぽど強くて危険な相手よ!」
「そりゃ、すごいね」
ダイレクトボアは、ゴブリン同様に村々を悩ます害獣モンスターだ。最大で体重は300kg程になり、その体重から繰り出される突進は強烈の一言。単体でならば間違いなくゴブリンよりも強敵と言えよう。
「だから貴方より私の方が優れているわっ!」
「……」
僕は言葉に詰まった。別に僕はどうでもいいけど、この人は何でそんなに人を優劣で競いたがるのだろうか? そんなに冒険者ギルドでの口論を根に持っているのか?
どう答えたものか苦慮していた所にムートレラさんが口を開いた。
「ユーナ、いい加減にしろ。臨時とはいえ仲間を煽ってどうするんだ。そもそもダイレクトボアとゴブリンを比較すること自体が無茶な話だ。ダイレクトボアは倒せば肉が手に入る。ダイレクトボアは害獣であり益獣だ。ゴブリンの肉は食えない。田畑を荒らすだけの獣と明確な悪意を持って襲いかかってくるゴブリン。どちらの方が危険か明白だろう亅
「ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ないのか押黙るユーナ。
この場に常識人がいることに感謝した。
ムートレラさんは続けた。
「ユーナの素早さには目を瞠るものがある。コイツにはコイツの良い所があるから頼むよ。ジャスティス君」
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
結果的にユーナさんをダシにして僕達はまとまりを帯びてくる。
ユーナさんは面白くなさそうにしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
更に先に奥に進むと呑気そうに歩いていたユーナさんが歩みを止める。
こちら(後方)に手を向け自制を促す。
「いるわ」
洞窟の通路が2手に別れるポイントでゴブリンが眠そうに見張りをしている。まだこちらには気付いていない。
「仕留めるから待ってて」
ユーナさんの目つきが猫のように鋭くなる。
シーフさながらの忍び足でスルスルと近づき……ダッシュ!!!
放たれた矢のような速度でゴブリンを刺突する。
「フゥッ!!!」
「グエッ!」
突剣はゴブリンの喉元に深々と突き刺さり、ゴブリンがヒキガエルのような断末魔を短くあげる。
「フフン、どうかしら!」
ユーナさんが、満面のドヤ顔をかましながら僕達に振り向く。
確かに凄いとは思うのだけど・・・。
「自分の有能さを周りに認めてもらいたいんだよ。……あれさえなければな」
僕達に苦笑しながらムートレラさんが小声で呟く。
「凄いです。見事な刺突でした」
「そうでしょ。だから私を褒めなさい!」
無い胸をそらすユーナさんに僕がお世辞抜きの賛辞を送る。
前方の奥で小岩が欠ける音がする。
「ゴブゴブッ!!」
「あっ……」
ゴブリンが僕達を視認すると大慌てで後方に下がった。……仲間を呼ぶつもりだろう。今から追いかけても間に合うか怪しい。
そんなゴブリンを『しまった!』という表情でユーナさんが凝視していた。
「後退しますか?」
僕は皆に問うた。この洞窟にはゴブリンが何匹いるか分からない。ゴブリンの命は沢山あるけど、こちらの命は一つだけだ。相手の得意な戦法、消耗戦に付き合う道理はない。
各自に迷いが生じた所で、洞窟奥から、か細い女性の声が聞こえてきた。
「誰か助けて。お願い……」
当初は松明片手に洞窟侵入を考えてました。
現実的に考えて暗視位のアドバンテージがないと主人公達が死ぬ未来しか想像出来なかったためブレッシングが登場しました。
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