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交渉

 まどわしの森の妖精達を納得させた後、ルビー救出のために地元の村へと歩みを進める。

 いきなり実家にゆくのではなく、教会に立ち寄るつもりだ。

 教会に向かうのは、父上の悪事を暴くためだ。

 残念なことに流浪の冒険者である僕が貴族である父上を糾弾した所で誰も相手にしないだろう。貴族の主張が優先される。黒いものも、貴族が白とといえば白になる。

 だからこそ、父上の悪事を暴くために教会へと向かっている。


「話は分かるけど教会の協力を取り付けても貴族を糾弾する権限はないよ。それでも教会に向かうの?」


 モラルが困惑げに眉を曲げる。

 民衆の信仰を司る教会には、領地経営をしている貴族を糾弾する権限を持っていない。越権行為というやつだ。それをモラルは気にしているんだろう。


「確かに教会に助力を求めても父上を糾弾することは出来ないだろうね。じゃあ、神殿騎士に助力を求めたらどうなるかな?」

「名案ですね! でも、神殿騎士は教会に駐在してるの?」


 表向きは教会は貴族に対して口出しすることはない。但し、教会が保持している武力、神殿騎士に力を借りるのであれば話が変わってくる。

 神殿騎士は地域の治安を守るために罪人を逮捕する権限をもっている。悪事を証明出来れば必ずや父上を逮捕出来る。

 モラルが懸念しているのは僕の地元に神殿騎士がいるかという話だ。神殿騎士は幾つかの村々を兼任して守護していることもある。要するに村にいないこともある。


「勿論。村に専属で駐在している神殿騎士がいる。必ず助力してくれるよ」


 駐在しているトーマスさんなら、きっと嬉々として力を貸してくれることだろう。曲がったことが大嫌いで、元々父上に反感を抱いている人だったから……。


「だったら急ぎましょう! ルビーは救出出来たも同然よ」


 モラルはカチューシャを労るようにカチューシャに微笑む。


「本当に? ありがとう!」


 終始不安そうな表情をしていたカチューシャが初めて笑顔になった。

 大喜びをしているモラルとカチューシャに合わせて僕も笑顔を取り繕う。

 ルビーの救出作戦にはもう一つ問題がある。

 果たして僕は、実の妹であるエイルと対峙した時に剣を向けることが出来るのだろうか?

 戦わなければならないと決まったわけではないが、ふんぎりがついていない。

 今は考えても仕方がない。目の前に集中しよう。

 暫く歩くと、目的の石造りの教会が見えてくる。


「カチューシャ、ちょっといいかい」

「なぁに?」


 カチューシャからカバンから頭を出す。カワイイ。


「これから、あの建物の中にいる知り合いのおじさんにルビーを助けるのを手伝ってもらうために事情を説明するから。その間、カバンの中で大人しくして欲しい」


 お願いすると、カチューシャは難しそうな顔をした。


「私も事情を説明するのはどうかな?これから会う人は正義の味方なんだよね?」

「いや、まぁそうなんだけどさ。どうしてもカチューシャに説得してもらいたい時は合図を送るからさ、それまでは辛抱しててくれないか?」

「分かった。困ったら遠慮なく合図してね!」


 カチューシャは真剣な顔でコクリと頷くと、カバンにスポッと収まる。カワイイ。


「神殿騎士が悪事を見逃すわけないわ。これでルビーは救出できたも同然ね」


 モラルは、自信満々に微笑んできた。


「うん、そうだね」


 トーマスさんがまさか断ることもないだろう。予断は許さないが心配しすぎてもしょうがない。教会に向かって歩みを進めた。


 正午頃、村外れにある石造りの教会に到着した。

 深呼吸を一つした後、期待と不安をないまぜに裏口のドアをノックする。

 暫くして室内から返事が返ってくる。

 裏口のドアが開くと、トーマスさんではなく、18歳位の青年が現れた。

 身長は僕より高い。185cm位あるんじゃなかろう。肉付きがそれなりによく、神殿騎士の鎧を着ている。


「こんにちは。トーマスさんはいらっしゃいますか?」

「残念ながらトーマス氏は出張中です。暫く戻ってきませんが急ぎの用件かい?」


 目の前の男性はちょっと困ったように答えた。


「えっ、出張中ですか。ちなみに何時頃戻ってくる予定ですか?」

「2週間位は戻ってこないと思うよ」

「そんな!」


 その回答に思わず肩透かしを食ったような気持ちになる。

 父上と対峙するためにトーマスさんの助力を期待していただけに空振りは非常に困る。


「トーマスさんの知り合いだよね? だったら事情を聞くから中に入って」

「ありがとうございます。お邪魔します」


 目の前の男性の好意に感謝しつつ入室する。

 男性の背中を眺めながらどうやって助力を取り付けようか算段していると、女の子の声が聞こえてくる。女の子にしてはやや低い、ハスキーな声だ。聞き覚えがある。


「エドリック、持ってきた薬草はどこに置いておけばいいの?」


 声の主が現れる。いるはずのないエイルがいる。バッチリ目が合う。


「なんでエイルがいるんだ!?」

「兄さんこそ、どうしてここに?」


 エイルが目を大きく見開き驚いている。


「何でってそれは……」


 続きの言葉が出てこない。

 悪事に手を染めた父上を成敗しに来ましたとはエイルには言えない。今のエイルには話せない。

 そんな僕の様子を見ながらエイルが思案げな表情をしだした。


「兄さん、よく帰ってきたね。今まで辛かったでしょう。何も言わなくていいから。父様には私が取り計らうから屋敷に帰ろう」


 エイルが優しげな表情でこちらに微笑む。どうやら本気で僕のことを心配してくれてるようだ。


「気持ちは有り難いんだけど、屋敷に帰るのはちょっと……」


 純粋に善意で提案してくれてるようだ。

 恐らくこのままホイホイ屋敷に戻っても監禁されるのがオチだろう。ルビーを助けることは叶わない。

 そうこうしているとエドリックと呼ばれた男性が助け舟を出してくれた。


「立ち話もなんだから、部屋で話をしようぜ」

「俺はエドリックだ。それでお二人さんはどんな用向きで教会にきたんだ?」


 応接室に案内してもらった後、エドリックさんが本題を尋ねてきた。

 現在、僕とモラルは、エドリックさんとエイルに対面する形でソファに座っている。エイルは表情が固い。


「兄さん、実家に帰るつもりじゃないなら何かあったの?」


 エイルが訝しむように尋ねてきた。まぁ、当然の反応だろう。

 見たところ、エイルは父上とグルのようではなさそうだ。仮にグルだったらもっと違う反応をしたことだろう。だからと言って、ルビー救出を知ったらどんな反応をするか分からない。慎重に会話を進める必要がある。


「今、彼女、モラルと一緒に冒険者をやっているんだ。仕事の関係で教会に立ち寄ったんだ」

「こんにちは、モラルです。ええと、ジャスティスとエイルさんはどんな関係ですか?」


 モラルがペコリとエドリックさんとエイルにお辞儀しながら尋ねた。


「兄妹です。兄さんは私の大切な人です」


 エイルが毅然として態度で答えた。


「エイルさんみたいに素敵な妹さんから大切に思われているなんて、ジャスティスも隅に置けない人ですね」

「全くです。いつの間に兄さんはモラルさんみたいに素敵な方と仲良くなっているんですから」


 エイルが初めて微笑を浮かべた。その様子を見てエドリックさんが少々意外そうに驚いていた。


「それで兄さん、仕事の関係で立ち寄ったということだけど、どんな用件で教会に立ち寄ったんですか?」


 エイルがキリッとした表情で尋ねてきた。この件に関しては曖昧なまま終わらすつもりは無さそうだ。


「なぁ、エイル。父上が今なにをしようとしているか知っているか?」

「父様が何をやっていると言われても分からないよ兄様。だって私は屋敷に住んでないから」

「えっ、じゃあ教会に住んでるのか。父上と何かあったのか?」


 エイルが父親と繋がっていないことを確認出来て安心する反面、不満にも思う。父上との仲が良くないのだろうか。エイルが剣聖のジョブを授かって散々喜んでいたのに屋敷から放り出したことに沸々と怒りが沸いてくる。

 そんな僕をエイルは可笑しそうに笑っていた。


「いやいや、そうじゃなくて。……私、近衛騎士になったの。だから今は王都暮らしなの」


 エイルが上目遣いに僕の様子を探るように見つめるてくる。


「えっ、凄い! 大出世じゃないかエイル」


 近衛騎士と言えば騎士の中で最も名誉ある役職だ。王族を警護する直属の騎士なのだから。剣聖であるエイルにお似合いの立場かも知れない。

 我が事のように喜んでいると、エイルはホッとしたように息を吐いた。


「兄さんは変わらないね」

「えっ、どういう意味?」

「ううん、気にしないで」


 エイルの表情が晴れやかになった気がする。理由はよく分からないけどエイルの機嫌が良くなるなら僕も大歓迎だ。


「それで近衛のエイルがどうしてここにいるんだ?」


 通常、近衛騎士は王族の警護のために王都にいる。戦争があるわけでもないのに、どうして僻地にいるのだろうか。実家帰省にしても実家でもなく教会にいるのもおかしいと思う。


「神殿騎士の手伝いで来たの。何かと接点が多いからね」

「王都で不祥事があってね。新米神父が王都で麻薬取引をしていたんだ。教会のイメージアップのためだよ」

「エドリック!」


 エドリックさんが神殿騎士らしくない随分と明け透けな物言いをして、エイルがピシャリと窘めた。

 麻薬取引の話、どこかで心当たりがあるぞ。ワルガスの一件だろうか?モラルに視線を送るとモラルも困ったようにこちらに視線を送ってくる。


「それはそうと良かったなエイル。お兄さんと和解出来て。心残りだったんだろ?」

「うん。まあね」


 素直にコクリと頷くエイル。

 そんなエイルの姿に胸が暖かくなってくる。エイルからどうでも良く思われていたら僕はショックで立ち直れなくなるぞ。


「俺も僻地に飛ばされてきて良かったと思っているぞ。王都でこんなに表情豊かお前の顔を見ることは出来なかっただろうからな」

「お前もボコボコにされたいのか!」


 顔を真っ赤にしてフーフーと怒り出すエイル。

 そんなエイルの反応を面白がるエドリックさん。

 なんだかんだで良いエイルは良い友人に恵まれているんじゃなかろうか。エイルに親身になってくれるエドリックさんを頼もしく感じた。


「それはそうと、王都でのエイルはどんな感じですか? 上手く馴染めていますか?」


 僕がエドリックさんに尋ねると苦笑した。


「有名人ですよ」

「エドリック! 兄さんもこの件はおしまい。私のことはどうでもいいでしょ!」

「わ、分かった」


 どうでも良くないけど、エイルの気迫に圧されて押し黙る。この調子じゃ、相変わらず人見知りしているんだろう。友達が一人いるだけでも安心というものだが。


「だいたい事情は分かったよ。ところでエイル、お前は父上のこと好きか?」

「兄さんを追放した父様は嫌いです。でも、父様を恨むのであれば、そんな兄さんは好きじゃないよ」

「じゃあ、父上が悪事に手を染めていたらどうする?」

「えっ」


 虚を突かれたようにエイルが素っ頓狂な声を出す。

 そんなエイルの反応を無視して続ける。


「まどわしの森に妖精がいるっていう噂があっただろ?あれ、本当だったんだ。父上は妖精を攫っている」


 カチューシャが動向していることを除いて今まであった出来事を伝えた。

 二人は最初は驚き、話を聞き終えて神妙な表情をしている。


「貴族である父上の悪行を暴くために助力ください」


 エドリックさんに助力を願うと、彼は難しい表情をしながら腕を組んで唸っている。


「ジャスティス君、君の主張を信じないわけではないけど、何か証拠はあるかい?」

「エドリック! 兄さんの言うことが嘘だと思ってるの」


 エイルが掴みかからん勢いでエドリックさんを睨む。

 エドリックさんは肩をすくめる。


「そうじゃないさ。神殿騎士として俺を動かしたいならちゃんと証拠を提示して欲しいという話さ。曲がりなりにも貴族を訴求するんだぜ」

「だったらこれで信じてもらえませんか?」


 胸元から紹介状を取り出し、エドリックさんに渡す。


「これは?」


 エドリックさんが訝しげに尋ねてきた。


「王都にいらっしゃるレオン子爵からの紹介状です。神殿騎士を頼る際に見せるようにと言われました」

「レオン子爵からか!?」


 エドリックさんが目を皿のようにしながら何度も紹介状を読む。

 紹介状から目を離すと、友好的な笑みをこちらに向けてくる。


「君が王都の麻薬取引の撲滅に一役買っていたのか。協力しないわけにはいかないな」

「えっ、兄さんが関係していたの!?」


 今度はエイルが驚きの声を上げる。


「うん、まあね。別件で王都に寄る機会があったんだけど、なりゆきで関わることになったんだ」


 果たしてどこまで活躍出来たのかは分かったものではないけど、エイルに発言に肯定した。

 すると、エイルの見る目がちょっと変わったような気がする。


「兄さんはジョブに恵まれなくても変わらないんだね。やっぱり凄いや」

「あのレオン子爵が手放しで褒めるなんて珍しい。ジャスティス君は余程気に入られたんだね」

「ちなみにレオン子爵はどのような立ち位置の方なんですか?」


 せっかくなのでエドリックさんに尋ねてみた。レオン子爵はそれなりの役職の方なんだろうが、実際の所はよく分かっていない。頼りになる大人の男性くらいの認識だ。


「王都の神殿騎士の間では知らない人はいない御仁だよ。現場一筋で昇進を断り続けている。清廉とはあのような人をいうんだろうね」

「高名な方だったんですね。確かに清廉が似合う御方でした」


 貧民街の人達に対しても公平に対応されていたレオン子爵なら神殿騎士の模範と言われて納得出来る。治安の番人である神殿騎士がレオン子爵を模範とするのはある意味当然かも知れない。そんなレオン子爵に便宜を図ってもらっている以上、その名に恥じないことはしたい。


「それでレオン子爵に見込まれたジャスティス君は、父親を罰するためにどうするつもりなんだ? 君の主張だけでは動けないぞ。妖精の里にでも向かうか?」

「それではいけません。遅すぎます。戻ってきた頃にはルビーは屋敷にいない恐れがあります」


 今は時間がもっとも大切だ。こちらがこまねいているわけにはいかない。早急にエドリックに対して証拠を見せる必要がある。

 カバンに視線を落とすと、カバンの中からカチューシャが勢いよく飛び出た。


「お願いします。姉さんを助けてください」


 カチューシャがエドリックさんに向かって助けを求めた。

 両目には涙で潤んでいる。今にも泣き出しそうになっている。


 突然のカチューシャの登場にエドリックが呆気にとられている。目の前のカチューシャを信じられないものを見ているような様子だ。


「ジャスティス君の発言は間違えないんだね?」

「そうです。ジャスティスはいい人です。だから助けてください」

「任せてくれ。必ず君のお姉さんを助けるよ」

「やった! ありがとう!!」


 大喜びをするカチューシャに対して、エドリックは自信満々な顔をしている。


「弱気を助けるが神殿騎士の仕事だ。俺もレオン子爵を見習おうじゃないか」

「ありがとうございます。トーマスさんの後任があなたで良かった」


 エドリックさんに軽く頭を下げて感謝の意を示す。


「頭を上げてくれ、ジャスティス君。神殿騎士として当然のことをしているだけだからね」


 エドリックさんが気さくな表情をしながら微笑みかけてきた。そんなエドリックさんを見て、心身ともに脱力する。これでルビー救出の目処が経った。意識が自然と教会から実家に向かう。そんな時にエイルが爆弾発言を投げ込んできた。


「兄さん、後のことはエドリックと私に任せて。必ず妖精を助けてくるわ」


 自信満々に笑顔でそんな意味の分からないことを言い出した。

 エイルは一体何を聞いていたんだ?

書き方、ちょっと分かってきたので再開で。

お待たせしました。

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