交渉
「サラディン、自分が何をしているのか分かっているのか?」
サラディンに確認をしつつカチューシャを手放す。カチューシャ、サラディンに敵愾心を向けているが流石に突っ込もうとはしない。冷静さを取り戻してくれたようだ。
サラディンに思う所があるが現状を何とかしなければならない。
「坊っちゃん分かってますよ。坊っちゃんが見逃してくれても、どうやたら妖精達は見逃してくれぬようですし。私には無事に部下を帰還させる義務がございます」
「それはお前の言い分も分けるけどさ」
サラディンと放してる最中にぶわぁーっと妖精達が吹き出てくる。
室内にいた妖精達が屋上に上がってきた。
「人間、ルビーを放しなさい!」
そうだ、そうだと妖精達は肩を怒らせて抗議を始める。
それに遅れてモラルも屋上に登ってきた。
「みんな落ち着いて!」
モラルが妖精達に必死に呼びかけるが誰も耳を貸そうとしない。
「動くな! それ以上近づくとこの妖精の安全は保証できんぞ!」
腰に差していた短剣を抜き、ルビーに近づける。短剣の剣先を近づけられてルビーはビクッと震える。それを見て妖精達が悔しそうにピタリと動きを止める。
「卑怯者!」
妖精達がサラディンに抗議の声を上げるが、サラディンは気にも止めない。
「今はサラディンの言う事を聞いて!」
自制を促すと、不承不承ながら妖精達は大人しくなる。
妖精達の視線が僕とサラディンに集中する。
さて、どうしたもんか。
サラディンがルビーを開放する気が無い以上、何らかの方法でルビーを救出する必要がある。
助けるにしても、ルビーはサラディンの手中に収まっている。物理的に近づいてルビーを救出するのは困難だろう。別の方法を考えなければならない。
それにしてもサラディンも何かしらの切り札を用意してくるとは想定していたが、ここまで強力なものを用意してくるとは思わなかった。僕が追放された後に強力な魔法使いでも招聘したのだろうか……。
逡巡していると見慣れない真っ黒なカラスが1羽まどわしの森の深部の方に向かって飛んでいく。今は気にしている暇はないのでサラディンに意識を戻す。
「ルビーの身柄を保証する条件は撤退するから手を出すなということだな?」
「そうです坊っちゃん。我々が撤退をすることを見逃していただきたいです」
「だったらまどわしの森を出たらルビーを開放してもいいんじゃないか?」
そうだそうだと、妖精達からも援護射撃が飛んでくる。
「残念ながら私にも立場というものがございます。手ぶらで帰るわけにはいきません」
「はぁっ? お前何言ってんの? 私達がお前達を見逃してやるのに何でルビーを開放しないのよ?」
妖精の一人が抗議を上げる。周りの妖精達も同調する。彼女達の怒りはもっともである。
「人間には人間の事情があるということだよ」
「人間の都合なんて知るか馬鹿! 私達の都合に合わせなさいよ!」
「そうそう、我々が撤退中に動物をけしかけてもこの妖精に危害を加えますからね。下手な真似はしないように」
「卑怯だぞ!」
使い魔の存在を暗に肯定する妖精達。妖精達は自身の発言で使い魔を露見させたことに気付いていないようだが……。
「道中は気をつけないといけませんな」
サラディンは合点言った様子。
妖精達にカマはかけ放題のようだ。彼女達のせいにするつもりはないが、交渉でサラディンを打ち負かすのははっきり言って分が悪い。
「その強情さが部下を危険にすると思わないのか?」
押して駄目なら引いてみる。ワンチャンあるかね?
「どうぞご自由に。殺したければ殺せばいい。端から全員生きて帰れるは考えておりませんぞ。ちなみに部下を害した場合はそれに応じてこの妖精を傷つけますのであしからず。手足はさぞ簡単に折れますでしょうな」
淡々と言ってのけるサラディン。これはいかんわ。覚悟完了しちゃってる。
他にサラディンから譲歩を引き出せないか頭をフル回転させるが、妙案が浮かばない。
覚悟の違いと言えばいいのだろうか。ルビーの命を最優先としているこちらと、多少の犠牲は止む得ないとするあちらではとれる選択が異なる。ここら辺、指揮官としてのサラディンの判断力が際立っている。そんなにまともな判断が出来るなら、最初からまどわしの森に来んなよ。
「お前達は無事に屋敷へ帰還したい。ルビーは手放す気はない。そういうことだな?」
「ええ、そうです」
「絶対にルビーに手をだすなよ。屋敷に着いた後も危害を加えたら許さないからな」
「約束は必ず守りまずぞ。坊っちゃん」
神妙に頷くサラディン。
とりあえず撤退先とルビーの安全は確保出来た。サラディンの性格なら信じていいだろう。
後は実家に戻ってルビーを救出する段取りをつける必要があるのだが、その前にしなければらならないことがある。
「ジャスティス何言ってるの? 不届き者を見逃すなんて信じられない。私達を裏切るの?」
信じられないというような表情をしながら妖精達が声を荒らげる。
「裏切るつもりなんてないよ。必ずルビーを助けられるタイミングはやってくるから今は堪えてほしい」
「それっていつなの?」
「分からない。だから機会は必ず僕が作る」
じっと妖精達を見つめる。妖精達の表情が歪んでいる。
「約束よ」
絞り出すように妖精が答える。
「任せてくれ」
僕は力強く答える。
「サラディン、約束は守れよ」
「ええ、お任せください。───ああ、そうだ」
サラディンが若干とぼけた感じ、わざとらしく話を伸ばしてきた。
「どうした?」
「この妖精がそんな大切なら我々が屋敷に戻った後に奪え返せば良いでしょう。一度屋敷に戻った後なら妖精に逃げられた所で我々も怒られずに済みますからね。もっとも坊っちゃんにそんな勇気があるか知りませんが」
「その発言後悔するなよ。今回みたいに見逃してやらないからな」
「ははっ、でしたら私は首を洗って待っているとしましょう。さらばです」
サラディンが森の中に消えてゆく。
あの物言いじゃ、まるでルビーを奪い返して欲しいようなものいいだな。向こうの事情なんて知らんけど。こちらとしては父上が悪行に手を染めているうちは見逃すつもりはない。
「人間達が森から出てゆきました。約束通りルビーには手を出していません」
僕をフォローしてくれた監視役の妖精が状況を告げてくれた。
使い魔を用いて様子を観察していた。
「分かった。とりあえず僕達も里に戻ろっか。これからのことを話をしよう」
ルビー救出作戦。
どうやって彼女達に納得してもらおうか?




