和解
言葉とは裏腹にカチューシャは強張った表情をしていた。
さっき大きな声を出してしまったからかもしれない。
戻ってきた理由は定かではないがカチューシャとはまた仲良くしたい。
「5年前に君がまどわしの森の外で迷子になった時のこと覚えているかな。岩陰に隠れてたでしょ?」
僕の問いを受けてカチューシャが記憶の糸を辿るように逡巡する。
ハッとした表情になる。
「えっ、何で知ってるの?」
「その時の人物が僕だよ。ジャスティス。名前覚えてないかな」
「ジャスティス……。ジャスティス!?」
カチューシャの表情がパッと明るくなる。
満面の笑みを浮かべて僕の指先に飛びついてきた。
「ほんとに、ほんとにジャスティスなんだね!?」
「うん、そうだよ。カチューシャも元気そうで何よりだよ」
「会えて嬉しい。助けてくれてありがとう!」
カチューシャは暫くハイテンションで説明をしてくれた。
5年前の僕と、現在の僕を認識出来ていなかったらしい。僕が覚えていなかったことまで覚えていることを考えると忘れていたのではなく、文字通りの意味で認識が出来ていなかったのだろう。
先程とは打って変わってカチューシャは安心しきったようにニコニコしている。
そんなカチューシャを守れただけでもサラディンと戦った甲斐があると思う。胸に温かい気持ちで満たされるのを感じる。
「そろそろ私にもカチューシャちゃんを紹介してくれてもいいんと思うんだけどなぁ?」
モラルが僕に非難めいた声を発する。
結果的に蚊帳の外にしてしまい、へそを曲げていた。
そんなモラルを見て、カチューシャは怯えたようにササッと僕の背中に隠れる。そしておっかなびっくりモラルを窺う。
モラルはショックを受けたらしく露骨に落胆していた。
二人にも仲良くなってもらいたいし、仲をとりもたないと。
「カチューシャ、安心して大丈夫だよ。彼女はモラル。僕は彼女と冒険をしている。仲間だから安心していい」
「『ぼーけん』ってなに?」
「困っている人や妖精を助けるお仕事だよ」
カチューシャに理解の色が灯る。
キラキラした目で僕を見た後、モラルを見つめる。僕の背中から離れてモラルの正面へと浮遊する。
「お姉ちゃん、助けてくれてありがとう」
カチューシャはちょっとモジモジしながら挨拶をした。
「お姉ちゃんは冒険者だから当然よ。カチューシャのためなら何でもしちゃう」
モラルはカチューシャの可愛らしさにやられていた。妖精の魔力というやつだろうか。
「カチューシャ、モラルお姉ちゃんって呼んで」
「モラルお姉ちゃん」
「はうーん」
うん、モラルも悶絶してるし、もう大丈夫だろう。
モラルにカチューシャとの馴れ初めを紹介した。
子供の頃にまどわしの森の外で迷子になっていたカチューシャを保護したことがある旨を伝えるとジャスティスらしいと機嫌を良くしてくれた。
「カチューシャ」
「なあに?」
「サラディン、さっきの男がやってきた時の状況を教えてくれないか?」
「うん……」
カチューシャから先程までの明るい調子が消える。
嫌なことを思い出させるようにで気は進まないけど、話を聞かないことには始まらない。
サラディンと父上がこれで諦めるとは思えないからだ。
話を聞くと、カチューシャがサラディンと会った時、サラディンは透明な水晶を持っていたらしい。
カチューシャの目の前で水晶は砕けたとのこと。
その後に追いかけっこして、捕まりそうになった所で僕達が合流した。
「男が持ってた水晶が結界を壊したのかな?」
「順当に考えればそうだろうね」
モラルの所感に同意した。
サラディンも父上も魔法は使えない。
魔法を使えない人間がアーティファクトを用意出来るとは考えづらい。
今回の事件に父親と自分が知らない第三者が関与している可能性があるかもしれない。
「目的はなんだろう?」
「それは……分からないな」
モラルの質問に口を濁す。
恐らくはカチューシャ自身、妖精達を攫うのが目的だったんだと思われる。
妖精は見世物として珍重されると聞いている。カチューシャの目の前で言うのは憚られる。
それ以外にも眉唾の伝承もあるが、まさかそんなことのために妖精に手を出したとは考えたくない。
今の時点では目的については深く考えなくて良いと思う。
「目的は分からないけど、他の妖精達に事情を説明しよう。逃げるなり協力してもらうなり選んでもらわないと」
「分かった」
「カチューシャ、案内してもらっていいかな?」
「いいよ!」
方針が決まったところで、ガサガサと木々が揺れる。何かが僕達に向かって直進してくる。
剣を抜き、身構える。
茂みから赤毛の妖精が現れた。
「人間、カチューシャから離れなさい!」
赤毛の妖精が詠唱すると地面が隆起する。
大地の精霊、ノームが現れた。




