ハイフェアリー
森に突入し散々苦しめられていた酩酊感を覚悟するが、一向に酩酊感はやってこない。
「気持ち悪くならないよ」
「何か嫌な予感する。急ごう」
「えっ、嫌な予感って何?」
「ガラスの割れるような音がしたら急にスルスル進めるんだよ。何かあったと考えたほうがいい。可怪しいって」
「じゃあ急がないと!」
「その通り!」
現場を目指して疾走する。順調に進めているらしく散々目にしてきた剣筋が刻まれた樹木を見かけない。争いの声もより鮮明に聞こえてくる。『逃げまわるな!』とか『ヤダヤダヤダ!』とか聞こえてくる。急がないと。事態は悪い方向に進んでいる。
現場に到着すると、森の奥にいたのは男と子供ではなく、男と妖精がいた。
男は身長180cm程度、僕より10cm高い。この地域では珍しく肌が浅黒い。40前後で精悍。無駄な贅肉はなく、その体は引き締まっている。
男に相対する妖精は手のひらサイズ。
白のレース、栗色の髪。背中に透明な羽が生えている。愛らしく大きな瞳。今は恐怖の色が宿っている。体が小刻みに震えている。
「手こずらせおって」
男は嘆息をつきながら、地面に転がっている妖精ににじり寄る。
妖精はもう逃げられないと観念したのかその場で動かずにいガタガタしている。
そんな二人を見て、僕は頭の中を真っ白にさせる。
なんでここに二人がいるの?
何故か父親の腹心サラディンと、1日だけ共に過ごしたことのある妖精カチューシャがいた。
追放前の僕を知る人物が目の前にいる。よりにもよってこのタイミングか。
「どうしたの? しっかりして」
僕の隣にいるモラルから叱責された。
「あっ、うん、大丈夫」
気になることは沢山あるけど、今は気にするタイミングじゃない。
サラディンがゴツゴツした手をカチューシャに伸ばす。
「ルビー姉さん助けて!」
カチューシャが悲鳴を上げる。
サラディンは気にした様子もなくルビーを掴もうとする。
「サラディン、カチューシャから離れろ!」
僕はサラディンに向かって前へ出る。掴んでいる剣を突きつける。
僕のつまんない拘りでカチューシャを見殺しにするわけにはいかない。
理由は分からないが、サラディンがカチューシャに危害を加えようとしているのは明白だ。
サラディン、ビクッと体を震わせて僕に向きかえる。僕を視認して表情が驚きに染まる。
「えっ、ぼっちゃん! なんで!」
驚きで叫び声を上げるサラディン。
カチューシャから僕に意識が完全に切り替わる。
パタパタパタ、ブゥーン。
羽音をたててカチューシャ飛んで逃げだす。
サラディンも羽音に気付いたらしく、カチューシャが傍にいないことを認識する。
「ああっ! クソっ!」
サラディンが苦々しげに悪態をつく。
森の中にカチューシャが消える。
サラディン、追跡は困難と判断したのか僕に視線を戻す。目には非難の色が宿っている。
「ぼっちゃん、何故邪魔をするのですか!?」
「妖精に手を出すなと国の法で定められている。僕は法を遵守しただけだ」
「だからって、そんな!」
サラディン、何か言いいたそうになりながら、何かをぐっとこらえる。
息を吐いて、落ち着きを取り戻そうとする。
「どうしても私の邪魔をするつもりですか?」
「当然だ。妖精に危害を加えるのであれば、容赦するつもりはない。父上にもそう伝えるといい」
「……ぼっちゃまには灸をすえなければなりませんな」
サラディンはやれやれと肩をすくめた後、剣を抜く。
剣の刀身はやや反っている。シャムシールと呼ばれるサラディンの愛剣だ。
父上の名前を出しても無反応。これは父上も1枚噛んでいるということか。サラディンっを倒せば解決するという話でもなさそうか。
「モラル、手出し無用だ。僕にやらせてくれ」
二人で戦った方が良いとは分かっているけど、僕のワガママを押し通す。
これは家の問題だ。僕にはサラディンを倒す義務がある。
「分かった」
モラルは不承不承の様子で了承してくれた。口を尖らせている。
錫杖を下げ、更に後ろに下がる。
剣を構え、僕とサラディンは相対する。
一拍おいてサラディンから仕掛けてくる。
「はぁっ!!!」
サラディン、掛け声と共に僕の大剣の根本に向かって剣を振り下ろす。
ヒュンっと風切り音がする。
素早い攻撃。だが充分目で追うことは可能。
攻撃を受け止め、大剣を横に薙ぐ。サラディンはバックステップで回避する。
スピード優先だったためか、攻撃は軽かった。
こちらも牽制目的で攻撃をしかける。
「スマッシュ<クイック(刺突)>!」
スマッシュの威力が付与された付きをサラディンのシャムシールに向かっておみまいする。
サラディンはシャムシールで打ち払おうとする。
「うおっ!?」
僕のスマッシュを打ち払おうとするが打ち払いきれない。
体を大きく反らしてなんとか躱す。
僕は立て続けに連撃を繰り出す。こちらの攻撃に振り回されるような形で何とか回避するサラディン。
クイックの連撃が終わる頃にはサラディンは手をプルプルさせている。
あんな状態じゃ満足に剣を振るえないだろう。
「サラディン、去れ。そして父上に伝えるがいい。僕は妖精に手出しさせないと」
逡巡するサラディン。そして吐き捨てるように言う。
「ぼっちゃん、ワガママがいつまでも通ると思わないことですな!」」
サラディンが逃走する。
いなくなったことを確認して剣をしまう。
モラルが近づいて、声をかけてくる。
「ねぇジャスティス、どういうことなの? いい加減本当のこと話してくれるよね? 話してくれてないと怒るよ」
ブスッとした表情のモラルが詰問してきた。
流石にこうなって隠し立てする理由はない。
モラルを巻き込む以上は話す責任があるし、それが誠実な態度だと思う。
「話す。話すからそんな怒らないでよ」
「それは良い心がけね」
満足げにモラルの目尻が下がる。
茂みからガサゴソと音する。
「誰だっ!」
茂みに向かって声を放った。
僕とモラルは再度、警戒する。
「さっきは助けてくれてありがとう。どうして私のこと知ってるの?」
茂みからカチューシャが現れた。




