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まどわしの森

「もう、また入り口に戻ってる!」


 モラルが珍しくうんざりしたように悪態をつく。

 全身から疲労が滲み出ている。


「次は右に曲がるタイミングを変えてみよう」

「了解……」


 モラルが投げやりに返事を返す。

 カタリナさんの依頼を果たすためにまどわしの森に向かい水銀採取を行っている。

 到着してから3時間程経つが、現在の成果はゼロ。


 最初はまどわしの森の外縁部で水銀を探していたのだが、水銀が湧いていたであろう箇所は幾つもあったがどこも枯れている。採り尽くされている。

 水銀を入手するために仕方がなしに探索範囲を森の奥へと拡げたわけだが、ご覧の有様である。僕達はまどわしの森で迷子になっている。


「せめて、このフワフワした感じだけでも何とかならないかな」

「水飲む?」

「飲む」


 水袋を差し出すとモラルはコクコクと飲んだ。

 森の奥に入ってから僕達は酩酊感のようなものに襲われている。

 それの影響もあってか、方向感覚にちょっと自信がない。

 特にお酒をほとんど飲まないモラルは特に酷く、言葉遣いも荒くなっている。表情も若干青ざめている。


「ねぇ、モラル」

「何?」

「ここらで休憩しない? 迷う理由も分からないまま進んでも気持ち悪くなるだけだしさ。作戦会議も兼ねて少し休憩しようよ」


 今のモラル体調で探索を強行するのは流石に酷だと思うんだ。


「えっ、休憩!?」


 パァーっとモラルの表情が明るくなる。今日一番の食いつきだ。

 それから何か察したようにバツを悪そうにこちら見て咳払いする。


「作戦会議のためだよね。闇雲に探索しても水銀は見つからないわけだし」

「そうだよ。だからさ、何か見落としがないか二人で考えようよ」


 こちらとしては、モラルと仲直りもするために休憩したいのだが。

 昨日のカタリナさんの一件で、モラルがよそよそしくなり、避けられている感じがする。非常に居心地が悪いのでここらで仲直りしたいわけだ。


「分かったわ。休憩しましょ」

「案外お茶飲んでればいい案出るよ」


────


 モラルと休憩の合意を得たので、そのまま入り口で休憩することとなった。

 入り口は開けている場所なので不意を突かれる恐れもない。休憩するにはもってこいの場所だ。


 袋から魔石を取り出し火を付ける。

 魔石に引火し、熱を帯びる。魔石の上に簡易ポットを置いてお湯を沸かす。

 沸かしたお湯を用いてお茶を入れてモラルに渡す。


「はい」

「ありがとう」


 モラルはカップを両手で抱えて息をフーフーと吹きかけながら美味しそうにお茶を飲み始めた。

 お茶を飲み干す頃には顔に赤みがさし、血色が戻ってきた。

 表情も穏やかになり、心に余裕が出てきた感じがする。今だったら僕の話、聞いてくれるかな?


「モラル、ちょっといい?」


 声をかけるとちょっと慌てたようにこちらに視線を合わせる。


「作戦会議だよね? いいよ」

「あー、それもそうなんだけどさ、昨日は悪かった。ごめん」


 気恥ずかしい気持ちになりつつ、モラルの目を見て謝る。

 気恥ずかしさとモラルと仲直りを天秤にかけたら、断然モラルと仲直りを優先する。一時の恥というやつだ。


 モラルの頬にカァーっと朱が差した。


「きゅ、急になんなのよ。も、もう。反省してくれるなら、ゆ、許してあげてもいいわよ」


 急に慌てだし、しもどもどろになるモラル。


「良かった。アハハハ」


 モラルと仲直り出来て、安堵で肩の力が抜ける。体内に溜まっていた息苦しさが体から抜け出た。


「私も大人気なかったし、悪かったわね」

「そんなことないよ」


 実家絡みの話だったから、昨日は自分の態度も悪かったと思う。それでモラルがカチンと来たのは仕方なかったのかも知れない。

 モラルがこちらを上目遣いに見ながら質問してきた。瞳にはちょっと不安の色が宿っている。


「ねぇジャスティス、私のこと信用出来ない?」

「えっ? 信用してるに決まってるじゃないか!」


 モラルは何を言ってるんだ?

 モラルにい信用されていないと思われたことに、声が少し大きくなる。何を馬鹿なこと言ってるんだ?


 僕の返事にカチンと来たのか、拗ねたようにモラルは口を尖らせる。


「だったら私のこと、信じてくれても良かったんじゃないかな」


 そんなモラルの仕草がおかしくて、笑いが出てくる。


「アハハ、ごめん」

「ちょっと! 人が真剣に話してるのに!」

「だからごめんって」

「もうっ!」


 モラルが僕の胸に向かってポカポカと手を振るってきた。全然痛くない。モラルがこんなことしてくるの珍しいな。いや、初めてか? 誠意を見せたら気を直してくれるだろうか? カバンからお詫びの品を取り出す。


「だからさ、これ食べて機嫌直してよ」

「ふんっ、私が食べ物に釣られ───えっ、嘘!?」


 よしっ、モラルをフィッシュ。

 カバンから取り出したエンジェルクッキーにモラルの視線が釘付けになる。

 シヘンの街で限定販売されている幻のクッキー。口にするとサクッとした食感と口の中で広がる甘さが多幸感で満たしてくれると言われている。熱心なユーザーからはエンジェルクッキーという名前で呼ばれている。


「どうやってゲットしたの?」

「店主に事情を話したら譲ってもらえたんだ。だからさ、店主の顔に免じて許してくれないかな」

「今回だけだからね」

「分かってるよ」

「なら結構。じゃあ、噂を確かめようよ」


 モラルの声がウキウキしている。作戦会議のことはすっかり忘れているな。ある意味で作戦成功だ。

 早速賞味しようとした所で森全体でガラスが割れるような音が響きわたる。

『パリーン』


 突然の音に絨毯のように引き伸ばされていた意識が瞬時に引き戻される。

 条件反射で大剣を抜き、周囲を警戒する。

 危険はない。ほんの少しだけ安堵する。


「さっきの音なんだろう?」


 モラルも杖を構え、用心深くを周囲を探っていた。

 疑問はほどなく氷解することとなる。

 風に乗って男と子供の声の断片がかすかに聞こえてくる。

 『やめて』とか『大人しくしろ』とか聞こえてくる。


「行くよ!」


 モラルがチラリとクッキーを見て恨めしそうにした後に冒険者モードの顔になる。

 ちょっと申し訳なく思うけど、今はそれどころじゃない。

おまたせしました。

生活が落ち着いたのがで週1の更新は守りながらやってけたらなと。

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