3章プロローグ 水銀採取依頼
王都の事件から1ヶ月経過した。
僕達はいつも通りの暮らしを送っている。冒険家業だ。
今日も無事にクエストを達成しモラルと一緒にエレーヌさんへ成果報告を行っている。
王都での活躍もあって冒険者の等級が1個上がることになり、Dランクとなった。
───
スキルサーチ
スキル爆速強化
スキルポイント 13
スマッシュ (LV.40/100,000)
筋力向上 (LV.51/100,000)
体力向上 (LV.40/100,000)
素速さ向上 (LV.40/100,000)
───
「エレーヌさん、サラマンダーの討伐成功しましたよ!」
「本当ですか。二人共お疲れ様です。よくやりましたね」
「いただいたウンディーネの水薬のお陰です」
僕が謝意を伝えるとエレーヌさんは満足げに笑う。
「役に立って良かったです。立ち話もなんですから座ってください。今朝入荷した焼き菓子を一緒に食べましょう」
「やった! エレーヌさん、ありがとう」
菓子という言葉にモラルが歓声を上げる。
そういえば、冒険者ランクの昇格に伴ってモラルも菓子について造詣が深くなった。
「お茶も用意しますからちょっと待ってくださいね」
「「はい」」
エレーヌさんはギルドカウンターから奥に引っ込んでいった。
エレーヌさんが戻ってくるまで与太話となるが、今回の依頼の発端は、凶暴化したサラマンダー(炎の精霊)が辺境の主要道路の1区画に居着いてしまったことに発する。
結果、村からシヘンまで行商に出ることが出来なくなってしまい、村人達の安全を確保するためにサラマンダーの討伐を行ったわけである。
「ふふ、人に褒められてお菓子もいただけるなんて幸せですね」
「ん、そうだね。クエストが無事に終わってよかったよ」
軽く咳払いする。
ジャスチャーが伝わり、モラルの意識僕に向く。
「あー、モラル。精霊の討伐も僕達の主要クエストに入れようと思うんだけどどうかな?」
モラルにお伺いを立ててみる。
案外この手の事案ってどうやら多いみたいだ。
やってみて分かったことだけど、僕達は精霊と意外と相性がいいことが分かった。
だから精霊退治もクエストに加えたいわけだけどどうだろうか?
「賛成! 精霊も放置してよい問題じゃないもんね。私達で解決出来るなら解決しましょう」
「分かった。エレーヌさんにも相談しよう」
モラルから肯定的な意思表明を引き出せてほっと一息つく。
戦ってみての所感だけど、凶暴化した精霊は村人の手に終えるモンスターではなかった。
本職である僕達が相手するのが良い敵だ。 精霊を神聖視している人だっているわけだから、冒険者が問題を解決するのが一番カドが立たないだろうし。これは僕達の領分だろう。
「分かったわ」
「何か呼びましたか?」
紅茶の爽やかな香りと、焼き菓子の甘い匂いと一緒にエレーヌさんが戻ってきた。
モラルが焼菓子に興味津々だ。今日はマドレーヌらしい。
菓子に視線がいった後にエレーヌさんに視線を戻す。
「実はですね───」
精霊討伐を積極的にやってゆきたい旨をエレーヌさんに説明すると、快諾いただけた。
「二人に協力してもらえると大変助かります」
「本当ですか?」
「ええ。凶暴化した精霊討伐は冒険者ギルドとしても率先して取り組みたい問題でしたからね。指定クエストとして特別手当も出しますから是非お願いします」
「任せてください」
「期待してますよ」
エレーヌさんが、とびきりの笑顔を向けてきた。
僕も思わず笑顔になる。
「モラル、頑張ろうな」
「勿論です。それが私達の使命ですからね」
言葉とは裏腹にモラルの視線は菓子に釘付けになっていた。いや、いいんだけどさ。
そんな僕達を目を細めながらしみじみと呟くエレーヌさん。
「本当に二人は成長しましたね」
「えっ、そうですか?」
「ええ。昔から素直で良い子だったけど、最近は逞しくなりました。Dランクの冒険者。名実共に一人前の冒険者ですね」
「どうなんですかね。自分達なんてまだまだですよ。エレーヌさんの支援あっての僕達です」
「そうかしら?」
いつもよりもエレーヌさんの声が弾んでいる。
「ええ、今回ご用意いただいたウンディーネの水薬に助けられました。危うく黒焦げになる所でしたから」
思ったことを率直に言う。冒険者になりたての頃よりかは成長したかと思うけど、自分が立派な冒険者になれたのかと言われたらちょっと分からない。立派な冒険者はサラマンダーブレスで丸焦げになりかけたりしないと思うんだ。
「ふふっ、それは良かったわ。黒焦げになったジャスティス君にモラルちゃんは見たくないからね。それに貴方達を万全な状態で送り出すのが私の仕事ですから。私は職務を全うしただけです」
「僕達も職務を全うしただけです。つまり僕達3人の勝利ですね」
「あら、私もパーティに加えてくれるの?」
エレーヌさんが小悪魔的な笑みをたたえながら尋ねてくる。
ちょっと意外だ。エレーヌさんがこの手の軽口に付き合ってくれるなんて。嬉しいな。
「勿論です。モラルもそうだよな?」
「エレーヌさんなら異論ないです」
マドレーヌを食べ終えて紅茶を飲んでいたモラルが応じる。何か満足げだ。
「嬉しいですね。じゃあ私達でSランク冒険者とSランク受付嬢を目指してみましょうか」
「いいですね。エレーヌさんには世界初のSランク受付嬢を目指してもらいましょうか」
「ジャスティス君も頑張ってくださいよ?」
「勿論です」
ここち良い時間が流れていた所で冒険者ギルドの扉がバンっ! と勢いよく開く音がした。
首を扉の方に向けるとカタリナさんがいた。そして目が合う。
「ジャスティス君!」
カタリナさんがダダダッと足音を立てながら大型犬のような勢いで抱きついてきた。
「うえっ!?」
少し、たたらを踏みながらカタリナさんを抱きとめる。
カタリナさんは僕にギュッと抱きつきながら頬をスリスリしながら笑っていた。
その仕草は大型犬のアレである。
こちらの気など知らぬ様子でご機嫌である。
「カタリナさん! 淑女が人前で殿方に抱きつくものではありませんよ」
僕が心配した通り、モラルは不機嫌になっていた。
腰に手を当て、不満げに口を尖らせている。
「親愛の気持ちを伝えることも大切よ? モラルちゃん大好き!」
今度はモラルにカタリナさんは抱きついた。
束縛から開放されて、ホっとしたのと名残惜しい気持ちで半々である。まだドキドキしている。
抱きつかれたモラルもたじろいでいた。
「ちょっ、カタリナさん!」
「ムフフフ!」
小柄なモラルは大柄なカタリナさんに抱きつかれて海老反り状態になっている。
カタリナさんは頬をスリスリしたり、クンカクンカしてモラルを堪能していた。
モラルは目を白黒させているけど、まぁ放っておいても大丈夫だろう。
「カタリナさん、今日はどんな御用ですか。実験に付き合えば良いですか? それとも何か採ってくればよいですか?」
脳内で実験や採取依頼が蘇る。マンドラゴラの採取みたいに、命の危険がないものにして欲しいものだけど……。あの時聞いた絶叫を思い出し身震いする。
「水銀を採ってきて欲しいの! お願い出来るかな?」
水銀ってことはアーティファクトかホムンクルスの作成かな?
採取対象に危険はないし一区切りをついている。断る理由はないな。
「ええ任せてください。ちょうどクエスト終わった所ですから」
「ほんと、助かるわぁ」
「採取期日はいつまでですか? また締切りに追われてるんですか?」
いつもだったら『そうなのよぉ〜』とか言いながら泣きついてくるのだが、今日のカタリナさんは違っていた。よくぞ聞いてくれたとでも言いたげに自信に溢れている。
「ふふん。ジャスティス君甘いわね。出来る女は締め切りを守るのよ!」
「えっ、うそぉ!?」
モラルが驚きの声を上げた。
エレーヌさんはモラルの発言に苦笑していた。
「次回も凝りすぎないことね。納期は厳守よ」
「分かってるんだけど、閃いちゃうと全部盛り込みたくなっちゃうのよねぇ」
エレーヌさんの指摘にカタリナさんは困ったように笑う。
話の感じでは緊急では無さそうだな。
でも、何で水銀を採取して来なくちゃいけないんだろう?
「水銀だったら今朝、道具屋や露天で見かけましたよ。もう売り切れちゃいましたか?」
「普通の水銀だったら確かに露店で並んでるわね。今回欲しいのは特別製の水銀なのよ」
「特別製ですか」
「そう、まどわしの森で水銀を採ってきて欲しいの」
「えっ、まどわしの森ですか!?」
想定外の場所をカタリナさんから告げられて声がうわずってしまったことを自覚する。
だって、まどわしの森は実家の隣接地域じゃないですか。
「まどわしの森ってどんな所ですか?」
モラルが不思議そうにカタリナさんに尋ねた。
モラルは土地勘がないからまどわしの森について知らなかったか。
すると、エレーヌさんが説明を始めた。
「名前の通り、奥に進もうとすると気付いたら何故か入り口に戻ってしまう不思議な森です。危険な魔物はいないので根気よく水銀を探せば見つかるでしょうね」
「そうね。その根気が大変なのよ。採ってくるのに骨が折れるから中々市場に出回らない。今回の実験には魔力伝導率が大きく関わってくるから、どうしてもまどわしの森の水銀が必要なの。だからね、ジャスティス君、モラルちゃん。お願い! 採ってきてほしいの!」
「そこまで言われてしまったら仕方ないですね。カタリナさんの発明品のために、こちらもひと肌ぬぐしかありませんね。いつもの調子でやっちゃお。ジャスティス」
やれやれと言った具合で話題を振ってきたモラル。
モラルはモラルでカタリナさんの発明品を高く評価している。作物の育ちを良くする肥料とか庶民の暮らしをよくするものも積極的に作っているからだ。だから僕達はカタリナさんの依頼をなるべく受けるようにしている。
「ん、そうだね」
「ジャスティス、どうかしたの?」
僕の歯切れの悪い相づちにモラルが首をかしげる。
「いや、何でもないよ」
実家の傍に寄るのが怖いですとは言えんよな。
「そういえば、まどわしの森には妖精が住んでいるという伝承がありますよね」
エレーヌさんが何か思い出したように口を開く。
モラルの意識が僕からエレーヌさんに移る。僕はモラルに言及されずに済んで内心でホっとする。
「えっ、妖精がいるんですか?」
「伝承では妖精がいるとされていますね。実際の所は分かりません。でも、まどわしの森で迷うことを考えるとそこに何かが作用しているのは間違いないでしょうね」
「なるほど……」
モラルは神妙な顔をする。
「妖精はいるよ」
「えっ?」
モラルが僕に顔を向ける。
やべっ、いつの間にか口走ってた。
皆の注目が僕に集まっていた。
「知り合いが会ったことあるんだってさ」
モラルがじーっと僕を見つめる。
そして口を開く。
「ふーん、そうなんだ。ねぇ、ジャスティス。さっきから調子がおかしいよ? 何かあった?」
「いや、なんもないよ。ちょっと実家のことを思い出しただけだから」
モラル、ハッとしたように何か気付いたような表情をした。
「ねぇ、まどわしの森は危険はないそうだから、今回は他の人に頼んでもらうというのはどう? 今回の依頼なら私達じゃなくても問題ないですよね? カタリナさん」
「えっ? あっ、うん。別に無理しなくていいわよ。二人が開いてるようならお願いしたかっただけだから。アハハ」
明らかに戸惑って、こちらに歩調を合わせてこようとするカタリナさん。
良くない。全然良くないよ。自分のつまらない拘りよりも、カタリナさんの笑顔の方が大切に決まってるでしょ。気持ちを切り替えるように大きく息を吸って喋る。
「カタリナさん、是非やらせてください。カタリナさんが使い道に困っちゃう位、水銀採ってきちゃいますよ」
カタリナさんは目を丸くして僕を見た。そしてチラリとモラルを見る。
「うん、楽しみにしてるからね! 私もいっぱい作っちゃうから。でもね、水銀よりジャスティス君とモラルちゃんの方が大切だからね。無理はしないでね?」
「任せてください。発明品が完成したら僕達にも教えてくださいね」
「勿論! 最初使ってもらうから楽しみにしててね」
こうして僕達はまどわしの森に向かうことになった。
そんな秘境の地で知り合いに出会うわけないじゃん。
いつも通りにクエストをしよう。
お久しぶりです。
週1程のペースで投降予定です。
またよろしくお願いします。




