経典
魔女に紐解いてもらったサイコメトリー(残留思念)を伝えるために自警団からレオン邸へと戻った。
「ジャスティス君、モラル嬢。よくやってくれた!」
状況報告を受けて、レオン子爵は僕達に労いの言葉をいただく。どうやら僕達の働きは満足のゆく成果だったようだ。
「お役に立てて幸いです」
「これで悪い人達を成敗できますね!」
「うむ」
レオンさんは満足げに頷く。機嫌良さそうに世間話を始めた。
「私は君達を過小評価していたようだ。正直な話、自警団の様子を確認して帰ってくればそれで良いと考えていたよ。ボブは君達に親切だったかね?」
「え、えーと、それはですねぇ……」
言葉が詰まってしまった。
なるべくボブのことをフォローしてやりたいと思って言葉を探していたが、モラルがバッサリ斬り捨てた。
「下らない縄張り意識を持ちだして、探索の足を引っ張ってきました! 腕相撲でジャスティスに瞬殺されてからは大人しくなりましたけどね」
「ちょっと、モラル!」
「ハハハッ」
レオンさんの様子をうかがうと、さもおかしそうに笑っていた。怒りの様子はない。
「そうかそうか。ジャスティス君はあのボブに腕相撲で勝ったのか! 流石だねジャスティス君!!」
「えっ、いや、その。偶々です。偶々」
結果だけ見れば確かに瞬殺だったが、スキル爆速強化がなかったら、事はこうも簡単には進まなかっただろう。
「ボブは悪い男ではないが、なんというか、思い込みの強い所があるのでね、許してやって欲しい。ああ見えて面倒見は良い男なんだ」
「ジャスティスの実力分かってからは面倒見が良くなりました! 魔女さんを紹介してくれたのはボブさんのお陰だから非礼は許してあげないと可哀そうですよね!」
レオンさんの指摘を受けたモラルは、頷きながらニコニコ笑っている。その笑みに悪意はない。ナチュラルにボブをディスッている。ボブ、これはあなたの身から出た錆びだ。
「ハハハ……。ボブについてはその辺で許してやってくれ。───それはそうと、よくあの偏屈魔女が協力してくれたものだ。どうやって協力をとりつけたんだい?」
「事情を説明しても信じて貰えなかったのでいただいた紹介状を見せました。そしたら協力いただけました。正直、ボブさんよりも協力的でした」
魔女はマリアのことを認識されていたし、色々と思惑はあるのかも知れないけど、その中に善意も含まれていたと思う。事がすんなり進んだのはマリアの善行による所が大きいと思う。
「変わった所はあると思うけど、悪い人ではないと思いました!」
「なるほど、事情は分かった。本当に良くやってくれた。君たちに任せて大正解だったよ。後、モラル嬢の言う通り魔女は悪い人物ではないよ。奇抜な行動は目立つが貧民街の住民のために薬草を煎じてくれたもしているからね」
町の治安を司るレオンさんが、魔女を肯定的に捉えているのが正直意外だった。ボブではないが、普通の人物ならメンツを気にしそうな話だ。レオンさんの懐の広さに感心していた。後、ちょっと気は進まないけど、懸念事項は伝えよう。
「レオン子爵」
「ん、なんだね。急に改まって」
「非常に心苦しい話なのですが、お預かりしていた金貨10枚を魔女の協力を仰ぐために使用してしまったんですが、不味かったでしょうか……」
「そんなわけあるか。君達の判断は英断だよ。あの魔女の力を金貨10枚で借りられるなんて破格もいいところだ。金貨100枚でも安い位だ」
「ジャ、ジャスティスが気にしすぎなだけですよね!」
モラルが虚勢をはっている。モラルもビビってるじゃん。
そんな僕達に機嫌良さそうに笑いかけるレオンさん。
魔女の働きを疑っていたわけではないけど、本当に破格だったんだな。魔女さんありがとうと心の中で呟く。
「でしたら、期待に応えられたようですね。しかし良かったのですか? 普段協力してもらえないということは魔女に貸しを作ったということですよね。しかも破格の値段で」
「問題ない。いや仕方がないが適切かな。魔女の力を借りられなかったら、とてもじゃないが足取りを追うきっかけを得ることすら困難だった。貸しについては追々考えてゆくよ」
肩を竦めながら苦笑するレオン。
「そうですか……」
「だったら私達、チャンスを無駄にしちゃいけませんね」
モラルの言う通りだ。なので、レオンさんに踏み込んだ質問をしてみる。
「あの、レオンさん」
「なんだい」
「先程の魔女の件ですが、仮面の男は教会の経典を手に持ち叩いていました。僕達が暴漢達と会った時もマリアちゃんに危害を加えるというより、何か別の目的があったような印象があります。何か心当たりはありませんか?」
「ふむ……、今の段階では心当たりはないな」
「じゃあ、マリアちゃんに聞くのはどうですか?」
モラルは、さも当然だと言う調子で、レオンに尋ねる。
「むっ……」
痛い所を突かれたと言うようにレオンさんは眉をひそめる。
マリアちゃんに聞くということを考えていなかったわけではないだろう。
但し、娘を矢面になるべく出したくないというのが親心なのだろう。
「分かった。マリアにも聞いてみよう」
レオンさんの返答と合わせて応接室の扉がバンッ!と開く。
僕達の視線は扉に集まる。
入り口でマリアが仁王立ちしていた。
「話は聞いていたわっ! 私にも協力させて!」
「マリア、呼んでもいないのに何でここにいるんだい?」
聞き分けのない子供を窘めるようにレオンさんがマリアへ声をかけた。
マリアが登場するタイミング、都合が良すぎる。ドア越しに耳を当てて、僕達の会話を盗み聞きしてたのだろうか。
「私にも何か聞くことあるんでしょ? いいでしょ、パパ」
マリアがレオンさんに目で訴えかける。
───暫くしてレオンさんが折れる。
「やれやれ、今回だけだぞ」
「パパ、ありがとう!」
嬉しそうにマリアが応接室に入室する。
マリアも空いていた椅子に着席する。
「レオン子爵、続けて良いですか?」
「ジャスティス君、頼む」
「分かりました。────マリアちゃん、最近何か変わったことあった? 例えばだけど、経典にまつわることで」
「えーと……」
何かを思い出すように目線を上に上げて考え込むマリア。
暫くしてハッとしたように声を上げる。
「ありました! ジャスティスさん。神父さんです!」
「神父?」
「はい。昨日、行事で一般市民向けの教会に行きました。その時に若い神父さんとぶつかりました」
「ぶつかってどうかしたの?」
「私達、経典を落としたんです。それで神父さんは慌てた様子で経典を拾ってどっか行っちゃったんです」
「その神父さんってさ、金髪の短髪で、身長は普通位じゃなかった?」
「そうです。あれっ、もしかして知ってる人でしたか?」
レオンさん、モラル、僕は顔を見合わせる。
「マリアちゃん、経典を見せてくれないかしら?」
「勿論、いいですよ」
マリアはモラルに経典を手渡そうとする。
そして渡そうとした時に何か気付いたように声を上げる。
「あっ、これ私のじゃない」
マリアは確認するように経典をパラパラめくる。確認が済んでからモラルに経典を渡した。
モラルも経典を確認する。ゆっくりと、経典を労るようにめくってゆく。その様子を僕とレオンさんは覗き込む。
経典を確認した限りでは、特に何も物は挟まれていなかったし、不自然な書き込みはされてなかった。
経典自体に不審な点は見受けられなかった。
それでも僕は経典に対して不信感を拭い去れなかった。マリアがぶつかった男と、魔女の水晶に映っていた仮面の男が同一人物の可能性があるためだ。
「マリアちゃん、僕も経典借りていいかな?」
「勿論です」
マリアに断りを入れてから、モラルから経典を借りる。
「経典を傷めないから、少し、無作法なことしていいかな?」
「うーん、ジャスティスさんが必要だと思うならそうしてください」
「ありがとう」
正直、マリアは気乗りしていない感じだったが、僕を尊重してくれた。
早速、経典を確認する。上から見たり、下から見たり、斜めから見たり……。そうこうしているうちに、本の中から僅かにカサカサと音が聞こえてくることに気付く。
経典を耳元に寄せて振る。はっきりとカサカサという音が聞こえてくる。背表紙の方からだ。
背表紙を注意深く観察すると、背表紙に薄っすらと継ぎ目がある。接着剤か何かで固着されている。
「これ、なんでしょうかね」
背表紙の継ぎ目を指差す。
3人が継ぎ目を凝視する。
「確認してみないと分からないな」
「開いてみないと分かりませんよね?」
「その通りだ」
レオンさんがコクリと頷く。
反対する意見も上がらない。
言質が取れた所で指に力を込める。背表紙の継ぎ目がパカッと取れる。
背表紙がとれると、中に書類が入る程度の空白のスペースが生じていた。その中に4つ折りになった紙が入っていた。
「何の紙かしら?」
マリアが小首を傾げながら尋ねてくる。
確認しないと分からないよな。
「開けます」
マリアに問い答えるように3人に開封を宣言してから4つ折りの紙を開く。
上には文字と数字が記述されている。
麻薬1kg、金貨1000枚……。品目と価格が記述された紙。不穏な気配がする。
確認していたレオンさんが身を乗り出す。
「その紙、貸してくれないか?」
「どうぞ」
どう考えても真っ黒だぞ。
 




