サイコメトリー
水晶に映し出されていたのはどこかの裏路地だった。場所は分からない。
周囲は薄汚れている。恐らくは貧民街のどこかの1画だろう。
その場所にマリアを襲った暴漢3人組と仮面を被った見慣れない人物がいた。
仮面の人物は中肉中背で神父の衣装を着ている。
金色の頭髪───耳にかからない程度の短髪もまた特徴として上げられるだろう。
胸もなく、肩や腕などもゴツゴツしている。男性と判断して間違いないだろう。
この男は本件の重要参考人だ。男を特定するため、他に役立ちそうな情報がないか目を凝らした。
仮面で顔こそ分からないが、首周り、手は露出している。
肌のツヤを確認するとシワやシミはなく、ハリもある。
恐らくは20代なのではないだろうか。
見た目で判断するなら、20代の教会関係者の人物だ。
「この人達、何を話してるんだろう」
「バッチに残っていた記憶の残滓を浮かび上がらせただけだから声はないよ。再現されてるうちに目に焼き付けておくんだね」
モラルの独り言に魔女が釘を刺した。
慌てて僕達は水晶を凝視する。
マジか。この映像は今しか見れないかも知れない。しっかり目に焼き付けよう。
神父と暴漢達は何か話をしている。
神父は懐から何か本を取り出し、取り出した本を乱暴にバンバン叩きながら暴漢達に指示しているように見える。
暴漢達は愛想笑いを浮かべながら首をコクコクと縦に振っている。
それから暫くして水晶の映像は緩やかに消えた。
「これでおしまいですか?」
念のため魔女に確認する。
「ああそうだよ」
「先程、バッチに宿った記憶の残滓と仰ってましたが、実際にあった過去の出来事と考えていいんですよね?」
「そうだよ。私を疑ってるのかね?」
「いえいえ。そういった意図はありません。ご協力ありがとうございます」
「得た情報をどう扱うかはお前さん達次第だね」
「とても助かりました。ありがとうございました」
「金貨10枚分の働きはちゃんとするさね」
魔女はニヤリと笑った。
得た情報を考えれば、確かに金貨10枚は安かったのかも知れない。
僕と魔女とのやりとりが一段落したところでモラルが別の話題を始めた。
「仮面の男が黒幕なのかな……?」
元気無さそうにモラルが呟く。表情に彼女にしては珍しく憂いを帯びている。
「んー、今の段階じゃ何とも言えないかな。勿論重要参考人であることは間違いないと思うけど。どうかしたの?」
「もしも、もしもだけど、教会がマリアちゃんを傷つけていたとしたらやだなぁって思って……」
別にモラルが責任を感じることではないと思うけど優しいな。いや、責任感が強いと言った方がいいのか。
「いつもの縛り首はどうしたの。いつも通り悪い奴らは懲らしめてやればいいんじゃないのかな。そうすればマリアちゃんも伸び伸びと暮らせるでしょ」
「……そうだよね。そうだよね」
「僕達は僕達で出来ることをしっかりやればレオン子爵が何とかしてくれるでしょ」
「うん!」
やることが決まったからか、モラルの顔から笑みが出てきた。気持ちが上向いたようだ。
そんな僕達を面白がるように魔女が口を挟んだ。
「それでお前さんらはどうするつもりなんだい?」
「そうですね……」
少し思案する。
多分、肝になるのは男がもっていた本ではないだろうか。
同じ教会繋がりでモラルは何か分かったりしないだろうか。
「モラルさ、仮面の男が持っていた本って何か心当たりある?」
「あれは教会の経典だね。教会関係者が経典を乱暴に扱うとか、ちょっと考えられないよ」
「そうだね。大切なものは丁寧に扱わないと」
恐らくは剣士が剣をおざなりにするのと同じことだろう。
経典という新情報を基に再考察する。仮面の男、経典、暴漢、マリア……。
そう言えば暴漢達は、いきなりマリアに襲いかからなかったよな。先程の映像と照らし合わせると目的はマリアではなかったのかも知れない。
「それにしても仮面の男は迂闊だねぇ」
「えっ?」
「せっかく裏冒険者ギルドを活用しているのに冒険者と接触するなんて。よっぽど急いでいたか、自分に自信があるんだろうね。せっかくの匿名性が台無しだよ」
魔女が水晶を片付けながら語りかけてきた。
「男もこういった方法で追跡されるとは思ってなかったのでしょう。お陰で僕は助かりましたが」
「そう思うならさっさと男を捕まえてくるといいさ。レオンの所のお転婆娘が大人しくしてるうちにね。ヒッヒッヒ」
「魔女さん、ありがとうございました」
「犯人捕まえてきます!」
謝辞を示すために魔女に向かって僕は頭を下げた。
館を出たらボブに仮面の男について情報共有しないとな。
「ふむ、殊勝な態度じゃないか。流石レオン坊やのお気に入りだね」
「ジャスティスは、強くて優しいんです。だからレオン子爵に気に入られるのも当然です!」
モラルが張り合うように胸を反らしている。
恥ずかしいからやめてもらいたいんだが……。
「嬢ちゃん、こういう男はちゃんとツバつけときな。惚れ薬が必要になったらいいな。作ってやるから」
「えっ、本当ですか」
魔女のジョークに食いつくモラル。冗談にしては食いつきがいい。冗談だよな?
そんな僕達を魔女はおかしそうに笑った。
◇ ◇ ◇ ◇
魔女と別れてから自警団に戻りボブに水晶の映像について情報共有を行った。
状況を把握したボブは何やら酷く驚いていた。
「おいおいおい。まさか本当にあの偏屈婆さんに協力してもらえるとは予想してなかったぜ。どうやって協力を取り付けたんだ?」
「どうやってと言われても……。普通に話をしただけですよ?」
「癖は強かったけど普通のお婆さんでした。礼儀を忘れなければ親切にしてくれましたよ」
ボブ、僕達の所感を聞くと後ろめたそうな表情をした。
何かやましいことでも魔女にしたのかな。どうせ魔女にマウンティングしようとして返り討ちにでもあったのかな。僕達にしたことを考えると邪推が浮かんでしまう。
「それで役割分担だが、俺達が仮面の男と暴漢達がいた現場を探す。お前さん達がレオンの旦那に情報共有する。それでいいんだな?」
「はい、間違いないです。よろしくお願いします」
適材適所というやつだ。
まだまだ情報が足りないため犯人探しは人海戦術をするしかない。僕はレオンさん、いや、マリアに確認したいことがあるため僕がレオンさんに情報共有させてもらうこととした。
ひょっとしたら捜査の手掛かりが見つかるかも知れない。




