おてんば娘
少年と少女を連れて大通りにあった喫茶店に付いた。
丸テーブルで僕達はホットミルクをすすっていた。
二人とも温かい飲み物を飲んで、幾分リラックス出来た感じだ。
「剣士様、神官様、危ない所を助けていただきありがとうございます」
「気にしなくていいよ」
「光の神のお導きです」
少女の感謝に僕とモラルは返事をした。
モラルが自身の胸元で十字を切ると、少女もそれに倣うように十字を切った。二人共、同じ形をした十字架をぶら下げている。どうやら同じ信徒のようだ。比較的容易に打ち解けることが出来たのはそれが影響していたのかも知れない。
「僕はジャスティスで、こっちはモラルって言うんだ。君達はなんて言うのかな?」
「俺はジュリアン」
「私はマリア」
「裏路地で襲われていたようだけど───、あいつら何だったの?」
マリアは逡巡してから口を開いた。
「襲われたのは初めてだから、よく分からない」
「どうせマリアのことを良く思わない奴らがやったんだろ。マリアは貧者の聖女様だからな」
「ジュリアン、それやめて恥ずかしいから」
マリアが居心地悪そうにジュリアンに抗議した。
マリアのニュアンスとしては嫌悪感ではなく、謙遜してるような感じだった。だから尋ねてみた。
「貧者の聖女って何なの?」
「俺達の聖女様さ。貴重な回復魔法をわざわざ俺達のために使ってくれるんだ。俺の妹だってマリアに救われたんだ」
回復魔法の担い手はとても貴重とされている。どんな局面でも役立つからだ。そして癒し手の少なさも希少性に拍車をかけている。15歳のジョブ診断前に回復魔法を使えるのだから、さぞ有望なのだろう。
ちなみに、モラルもまた回復魔法の担い手、幾つかの神聖魔法を行使出来る彼女もまた引く手あまただ。
以前、何で冒険者をやっているのか尋ねたら、彼女曰く私は天啓を受けて冒険者になった。だから最前線で癒やすことが私の使命なんだと以前言っていた。僕も今更彼女と離れたくないから異論を唱えないようにしている。
「なるほどね。だったらマリアのことをよく思わない人もいるかも知れないね」
「そんな! 私は困ってる人を助けてるだけですよ」
心外だと言わんばかりにマリアが僕に対して抗議の声を上げた。
「マリアの行いは素晴らしいことだと思うよ。でもね、そういったことを良く思わない人達がいるのもまた事実なんだ」
「人が人を助けるのに理由がいるんですか? 私にはよく分かりません」
「うん。僕もそう思うよ。だから、マリアは思った通りにやっていいと思うよ」
マリアが首を捻っている。
そんなマリアをジュリアンは可笑しそうに笑った。
「ちょっとジュリアン、笑うことないじゃない!」
「いや、マリアはやっぱり俺達の聖女様だ」
納得いかないとマリアが頬を膨らます。
そんな姿を姿を見て僕、モラル、ジュリアンは可笑しそうに笑った。
ひとしきり笑った後に、ジュリアンが僕達に質問した。
「それで、ジャスティスさん達は何しにあの場にいたんですか?」
「荷物の配達でシヘンからレペンスに来たんだけど、迷子になったんだ」
僕はちょっと気恥ずかしくなって後頭部を掻きながら笑った。
ジュリアンは合点いった表情をした。
「初めてきたんじゃ仕方がないっすよ。大通りから外れたらここは結構入り組んでますからね。マリアを送り届けた後でよければ手伝うっすよ」
「それはありがたい。レオン・ゾディアック子爵の家なんだけど分かるかな?」
「「ええっ!?」」
二人が酷く驚いている。何でだろう?
口を開こうとしたマリアをジュリアンが慌てて制した。
そしてジュリアンが訝しげに尋ねてきた。
「ジャスティスさん、恩人に失礼かも知れないけど、何しにレペンスまで来たんっすか」
「いや、本当に配達に来たんだけどさ……。そんなに気になるなら冒険者ギルドの依頼票も見せようか?」
ジュリアンは僕を数秒ジッと見つめる。何か気に障るようなことしたかな。
その後に大きく息を吐いてジュリアンが笑い出す。
「レオン様はマリアの親父さんですよ」
「うん、そうだよ」
「「えっ!?」」
一瞬頭が真っ白になる。モラルも動揺に目を丸くしていた。
こんな偶然あるんだな。ジュリアンの不審な言動も納得がゆく。
「あー、ジュリアン、僕達のことを疑った理由も納得だよ。信じられないかも知れないが、あの場にいたのは本当に偶然なんだ。助けたことに他意はないし、僕達は男達とも繋がっていない」
「分かってますよ、ジャスティスさん。すみませんね、試すようなことをして」
ジュリアンがバツが悪そうに笑った。
すると、マリアが抗議の声を上げた。
「ジュリアン酷いわよ! ジャスティスさんとモラルさんが良い人なんて会った時に分かってたじゃない。人のことを疑うの、良くないと思うわ!」
「悪かったって。俺の性分なんだから許してくれよ」
「恩人に失礼な態度、許さないわ!!」
マリアは顔を真っ赤にして怒っている。意志力も強くて、気性も激しいみたいだ。
マリアが怒ってくれるのは嬉しいけど、ジュリアンがちょっと気の毒に思えてきた。だからフォローを入れることにする。
「あー、マリアちゃん落ち着いて」
マリアの視線がジュリアンからに僕に移る。
「ジュリアン君はキミのことを思って用心してくれたんだ。疑ったんじゃない、用心してくれたんだ。僕達は気にしてないからからさ」
「で、でもっ!」
マリアのトーンは落ちるが、まだ納得していない。
そこにモラルが援護してくれた。
「私もジャスティスの言う通りだと思いいます。光の女神様だって正しき道を歩むために注意深くあるよう御言葉を残されています。私はジュリアン君の行いは善い行いだと思いますよ」
「うっ、二人がそんなに言うなら分かりました……。でもジュリアンも気をつけてね!」
「分かってる、分かってる」
マリアが最後の抵抗とばかりに、腰に手を当ててジュリアンに釘を刺す。
すると、ジュリアンはヘラヘラと笑っていた。
口論が一件落着したところで僕は本題を切り出した。
「マリアちゃんさ、おうちに案内してもらってもいいかな?」
「も、勿論。ご、ご案内しますわ」
本題を切り出すと、マリアは承諾をしてくれたが急に歯切れが悪くなった。あっ、もしかして……。
チラリと僕はジュリアンの顔を見た。ジュリアンもちょっと気まずそうな表情をしている。思っていたことの確信が深まる。
「もしかしてさ、ご両親の断りもなくマリアは外出してたのかな? しかも貧民街に」
「あはは……」
ここに来てマリアが愛想笑いを浮かべた。あっ、これはクロですわ。




