蓄光石
鍛冶師ポドラック爺さんの助言に従いソトヘム村へ早速むかった。
「あっ、ジャスティス兄ちゃんとモラル姉ちゃんだ。こんにちわ!」
「よう! ヤグ、元気そうだな」
「ヤグ君、こんにちわ」
村で木剣片手に素振りをしていたヤグ少年が僕達に挨拶をしてくれた。
ソトヘム村をはじめ、近隣の村々には薬草採取がてらに立ち寄るようにしている。
薬草の備蓄が少なくなったら直接手渡したり、ゴブリンやその足跡を動向を確認するためだ。交流を重ねた結果、村人達と良好な関係を築けてきたと思う。
その影響があってか、ヤグ少年は剣術の訓練を始めた。
「今日はどうしたの? ……もし時間あったらまた剣術教えて欲しいんだけど」
「用事が済んでからならいいよ。───ケベック村長はいらっしゃるかな。ちょっとお願いしたいことがあるんだ」
「やった! ケベック村長ならいるよ。付いてきて」
ヤグ少年の後ろを僕達は付いてゆく。
「蓄光石、見つかればいいのですが……」
ちょっと不安げにモラルが呟く。
「そうだね。まずはケベック村長の話を聞いてみよう」
「まずはそれからですよね」
モラルの表情が少し良くなる。
ここまでは順調と考えて良いんじゃないかな。問題があったら解決すればいいだけだよ。
「村長、ジャスティス兄ちゃんが来たよ〜!」
ヤグ少年がケベック村長宅での玄関前で叫ぶ。
暫くしてからケベック村長が玄関を開けて現れた。
「おお、これはジャスティス殿、モラル殿。今日はいかがされましたか?」
「ケベック村長こんにちわ。実は蓄光石についてお願いしたいことがあります」
「蓄光石ですか。───とりあえず立ち話もなんですので、中で伺いましょう。ささ、どうぞ」
「「お邪魔します」」
温厚なケベック村長に促されるまま、僕達3人は自宅に通された。
◇ ◇ ◇ ◇
「もう一度、ご用件を伺ってよろしいですかな」
応接間に案内され、僕達はいただいたお茶をすすり一息ついた所でケベック村長が訊ねてきた。
「実は冒険者ギルドの昇格試験を受けることになりまして、試験課題で蓄光石を採ってくるように指定されました」
「ほほぉ、その若さで昇格ですか。やはりジャスティス殿とモラル殿は冒険者ギルドからも期待されているということですな。いやぁめでたい」
「ははは、どうなんでしょうか……」
僕が知っている同ランクの冒険者はユーナとムートレラだけだ。だから周りと比較してどうなのかよく分からない。
冒険者に憧れて冒険者登録するものは多いが、大抵の人が最初の1ヶ月で辞めるか消息不明となっている。
何だかんだで4ヶ月以上、冒険者を続けられてるだけ立派ということなのだろうか……?
「おっと、話が脱線してしまいましたな。蓄光石でしたら好きだけ採っていってくだされ」
「本当ですか!? ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらの方ですぞ。二人のお陰で村から病人はいなくなりました。それに村の外も以前と比べて安全になりましたからな」
ケベック村長はニッコリ笑う。
僕とモラルがやってきたことが認められて嬉しさと安堵がこみ上げてくる。僕もケベック村長に微笑む。
「蓄光石は村の近くにあるプルーセーヴ川で採れます。ヤグ、お二人を案内さしあげるんだ」
「分かった! 任せて」
ケベック村長に任されたヤグ少年が鼻をスピスピさせながら力強く頷く。
「ヤグ、よろしく頼むよ。君が頼りだ」
「ヤグ君、力を貸してね」
「うん! いっぱい蓄光石をとってこよう!」
いや、蓄光石は1つか2つあればいいんだけど───
突っ込みを入れるのは野暮だと思って自重した。
「ヤグ、川まで案内するなら、ハテもご賞味してもらいなさい」
「分かった。ハテ美味しいもんね」
「ハテ?」
ハテって何だろう?
僕の疑問に対して、ケベック村長が続ける。
「プルーセーヴ川で採れる川魚です。淡白な白身で口に含むとほのかに甘みが広がりますぞ。素揚げにしたり、塩焼きにして食べると美味ですぞ」
モラルが何か思い出した感じで補足する。
「街の食堂で食べる機会のある魚ですか? 揚げられた白身魚を甘酢と玉ねぎで和えてるのがたまに出るじゃないですか」
「ああ、あれか。確かに美味いよね」
「とれたてはとっても美味しいよ!」
ヤグ少年の反応を見ると合っているらしい。
名前と魚が一致した。あの魚、ハテって言うんか。
蓄光石を採りにきたはずだが、何だかハテも食べないといけない流れになった。
とりあえず、採取の目処がついて良かった。
◇ ◇ ◇ ◇
ヤグ少年の案内でプルーセーヴ川に到着した。
「うわぁ……、美しい川ですね」
「へへっ、すごいでしょ」
目の前の光景にモラルは感嘆をあげた。
ヤグ少年はちょっと自慢げにしている。
プルーセーヴ川の幅は15M〜20Mほど。水は清らかで透明度が高い。川底をはっきりと視認することが出来る。
浅瀬の水深はが30cm位でふくらはぎに届くかどうか位だ。
浅瀬に灰色の背中に腹が黄色い魚が泳いでいる。
「ジャスティス兄ちゃん、あれが『サテ』だよ。塩焼きにして食べるとすっごく美味しいんだ!」
「確かに美味しそうだね」
こんな清流でまるまる太った川魚だ。不味いわけがない。味を想像して口の中にヨダレが溜まるのを自覚する。隣りのモラルもうっとりとした表情でサテを眺めている。どう見ても花より団子。僕はモラルのそういう所好きだよ。
「楽しみは後にとっておこうか、ヤグ、蓄光石はどこら辺で採れるのかな?」
「川の中央あたりで採れるよ。ほら、川底で緑色に光ってる石があるでしょ。あれが蓄光石だよ」
ヤグ少年が示す先を見ると、川の中央あたりに緑色の石が集中している。あれが蓄光石か。綺麗だな。
蓄光石を視認して気になったことがある。川は中央にゆくほど水の水の勢いは強く、水深も深い。一番深い所で150cm位あるのではないだろうか。足を滑らすとちょっと危ない感じする。
「僕が蓄光石を採ってくるからジャスティス兄ちゃんは待ってて」
「えっ。ヤグちょっと待って」
ヤグ少年は通い慣れているせいか、僕の声には耳を貸さずに無造作に川へ踊り込む。水の勢いも強いし命綱とか必要ないのだろうか……。
そんな不安がよぎった矢先で、ヤグ少年は川底の石で足を滑らす。ドボンッ!
「あっ!!!」
モラルの顔が歪む。
ヤグ少年は川に流されながら、川の中央───淵の窪みに落っこちてしまう。その水深はひときわ深い。3Mほどはあろうか。
ヤグ少年はジタバタして地力で這い上がることが出来ない。パニックになってる。ヤバイ!
「ヤグを助けるよ! 僕がヤグを回収するから、モラルはロープを括り付けて!」
「はい! 分かりました」
モラルは近くにあった大岩にロープを結びつけようとする。
僕は大剣と手荷物を足元の岸に放り投げる。極力重量を減らし、ロープ片手に僕は川へ飛び込んだ。ドボンッ!
川の中に飛び込むと、衣類と防具が水に浸かる。ぐっしょりとした感覚と、やや冷たい水温が伝わってくる。
ヤグ少年は幸か不幸か、ヤグ少年は淵の窪みに引っかかったままだ。流されていない。
足を滑らせないように慎重に歩を進めながら窪み前まで到着したら、窪みに自らの意思で落ちる。
目・耳・鼻の中に水が入りゴボッとする。僕の五感は水中独特のワンテンポ遅れた感覚になる。
「竺軸宍雫七 而耳自蒔・ゥ!!!!」
ヤグ少年が水中でわけ分からんことを言ってパニックになっている。
そして無茶苦茶な手振りで、ヤグ少年は僕にがっしりとしがみつき離さない。その際にロープをパシリと叩かれる。
───しまった!! 文字通り命綱だったロープを手放してしまう。
ヤグ少年にしがみつかれたままでは泳げない。ロープなしで戻るのは難しい。溺死が脳裏をよぎる。
貴重な時間を使って考える。どうやったら僕とヤグ少年は助かることが出来るか。
僕に出来るのはスマッシュ位だぞ。
……ん? スマッシュ。スマッシュ!!!
ダメ元で試してみる。足でスマッシュするとどうなるんだ。
足を剣に見立てて、地面に向かってスマッシュを叩きつけるイメージ。
「スマッシュ<ブースト(加速)>!!」
バコッッ!!!
川底の岩盤を踏み抜き、暴力的な勢いで垂直に上昇し、大気へと押し出される。遅れて水中で泥が舞い上がっている。
高さは6m程まで上昇しただろうか、空中で川岸のモラルと目が合う。
「わぁぁぁああああああ!!!」
「えっ、えええええ!!!!」
ヤグ少年が半狂乱に叫ぶ。
モラルも口を大きく開けて驚愕の声をあげる。
そして飛翔からの自由落下が始まる。ヤバイヤバイ。
「モラル、プロテクションちょうだい!」
「プ、プロテクション(庇護の壁)ッ!!!」
水面川の少し上あたりに形成される半透明の壁。
僕は半透明の壁に着地する。壁にピシリとヒビが入る。怖い怖い怖い。大慌てで同じ要領でスマッシュもとい跳躍してモラルのいる川岸を───飛び越え、体勢を崩しながらも不格好になりながらも着地。何とか生還を果たした。
当初の想定と異なりますが、足でスマッシュするアイディアが浮かんでそれでやってみました。




