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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

オレンジ色のクリームシチュー

あらすじでも書きましたが、「e子」氏の著書「世界は二人を愛してる」(91ページ)のつぶやきから生まれた小話です。この本良いよ(←確信)

 かちん。

 (しず)()が自分のイライラの効果音を聴いた(気がした)のは、初冬の夕食どきだった。最近同棲を始めた相手が、こんなセリフを言ったのだ。

「あー美味しい! 俺自分が小さい時、こんなオカンが家にいたら良かったな~」

 ――オカン? 今、言うに事欠いて「オカン」っつった!?

 静流の機嫌を損ねた当人、(せき)()は恋人の様子に気がつかず、美味しいおいしいとサーモンのムニエルをぱくついている。

 ――なんだよオカンって! お世辞でも「お嫁さんにしたいなあ☆」とか言ってくれんのが恋人じゃねーの!?

 静流は口には出さないものの、正直無性に腹立たしい。

 うん、決めた。明日はこいつの嫌いなもんで晩メシ作ってやるからな!

と思いながら、静流は無言で自作のムニエルを口へと運ぶ。と、自分の分を食べ終わった赤夜が、物欲しそうに静流の手もとを見つめてきた。

「……あーもう。はい、あーん」

 って何が「あーん」だ、自分……。何だかんだと言いながらも赤夜を甘やかす自分自身も腹立たしく、静流はさし出したサーモンのひと切れをひるがえって自分の口へと押し込んだ。

「あー! 俺のムニエル!!」

「『俺の』じゃねーだろ! 大体作ったのもオレだし!!」

 犬も食わないやりとりと暖房の暖かい空気を閉じ込めて、窓の外にしらしら初雪が舞い出した。


* * *


 翌日の夜、食卓には見慣れないメニューが登場した。

「おおお! なんかオレンジ色のシチューだ! なにこれ、これもサーモン入り!?」

「じゃねーよ。サーモンは入ってませんー」

「えー? じゃあ何この色?」

「さあな。食べて当ててみ?」

 不敵に微笑(わら)う静流にスプーン片手にうながされ、赤夜はおずおずオレンジ色のクリームシチューを口にした。

「………………」

「……ど、どうだ? ……まずいか?」

「……んー美味しい! 優しい味~!」

 思わずほっと息をついた静流が、(ほっとしてどうすんだ馬鹿)と内心で己を叱る。

 いや、でもまあ美味しけりゃそれはそれで……と思ってしまう自分が腹立たしいけど、自分ながら微笑ましい。複雑な気分でオレンジ色のシチューを食べる静流を見つめ、赤夜はふいにしみじみと口を開いてこう訊いた。

「怒ってたんだろ? 俺が『お前みたいなオカンがほしい』って言ったこと」

「え? い、いや、別に……」

 今さら話を蒸し返されて、正直そのことを忘れかけていた静流はかえってあせってしまう。栗色の瞳をそらす恋人に、赤夜は淡々こう告げた。

「俺な、昔……子どもの頃な、両親に育児放棄(ネグレクト)されてたの」

「――ネグレクト?」

「そう。俺の母親は、本当は父親の再婚相手でさ。父親はほとんど家にも帰らず女漁り、血のつながらない母親も家を空けちゃあ酒浸り……。だから俺はね、母親の手料理って記憶にないの。幼い頃に命をつないでいたのはさ、賞味期限が切れた袋パンとか、ご飯が糸を引く古いコンビニ弁当だったの」

 静流の手はとうの昔に止まっている。宙に浮いた行き場を失くしたスプーンから、オレンジ色のシチューが涙のように垂れ落ちる。赤夜はしみじみ自分のスプーンを口に含んで、幸せそうに吐息をついて、こう続けた。

「あの時は、『美味しい』なんて感覚求めてらんなかった。嫌いなもんも残さず食べた。だってそうしなきゃ、生き延びていられなかったもんな。……で、なんだかんだで成長した俺は、『食いもんはエサと同じだ』と思って生きてきたんだよ。そんな俺に……」

 言いかけた赤夜は、静流の目の涙を指さきでそっと(ぬぐ)ってやった。

 何も知らなかった。静流は何も知らされていなかった。そんな過去が恋人の明るい笑顔の奥にあったと、今初めて知ったのだ。

「……そんな俺に、お前は『美味しい』を初めて教えてくれたんだ」

「美味しい」に「幸せ」がだぶって聴こえて、静流はたまらず目をつぶる。つぶったままで声を殺して細い肩を震わせた。

「……ごめん……オレ……何にも知らなくて……」

「いいよ。俺こそもっと素直に言うべきだった。『お前みたいなお嫁さんがほしい』って」

 赤夜の言葉に、肩の震えが大きくなる。よけいに泣き出した恋人は、やがてくっくっ笑い出した。

「……静流?」

「……ごめん、そんでマジごめん……そのシチュー、お前の嫌いなニンジン入り」

「んげぇえ!? マジで!? このオレンジ色ニンジンの!!?」

 やられたなー……とひたいに手を当てて天井を仰いだ恋人は、にっと嬉しそうに笑った。

「じゃあさ、静流。明日っから俺の嫌いなもんばっかり入れて料理作って。そんで俺に『美味しい』って言わしてよ」

「……うぇえ!? ちょっ待って、それはマジで荷が重いー!」

「がんばれ、静流! 俺のオカンに……じゃない、良いお嫁さんになるために!!」

 甘く圧をかけられて、静流は「荷が重い」と連呼しながら、大きなやりがいも感じていた。

 スーパーで野菜を選ぶとき「お子様も大丈夫! 甘~いニンジン!」を選んで買ったり、ネットでレシピを選ぶときも、「ニンジンが苦手な子どももこれなら食べてくれます」というコメントを重視したり……。実を言えば最初の方から、目的は「腹いせ」ではなくなっていたのだ。

 ――そっか。肩書きなんて重要じゃないよな。オレはこれから「オカンみたいなこいつの嫁さん」を目指せば良いんだ。

 すっとした頭で改めて口に運んだクリームシチューは、たまらなく優しい味がした。窓の外に真白く積もる雪さえも、あたたかに見えた夜だった。(了)

試しに作ってみましたが、ニンジンのすりおろしを入れたシチュー、美味しいです。ふつうのと味は一緒ですが、色は綺麗なオレンジ色。最初の具材炒める時に、適当なタイミングでニンジンのすりおろし適量入れるだけ(5皿分でニンジンは「一本の半分」入りました)ネットのレシピコメント「ニンジンが苦手な子どもでも~」という言葉に納得。よろしければお試しを!

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