A/16/04
「なぁなぁ、これ見て!ほら、筆箱お揃いやな!」
私と宇崎くんの初めての会話は、高校生活2日目のホームルーム中だった。
入学式当日。例に漏れず今年も、桜舞い散る季節に、お日柄も良く、毎年の流れ作業の様な式典が行われる。
馴染みのないおじさんの有り難い挨拶、少し見たことあるおばさんのお祝いの言葉、聞いたことのない校歌、美人の吹奏楽部員、そうでもない教員、ありふれた式は、何事もなく平和に着地した。
そして、吹奏楽部の生演奏に合わせて、退場していく。
中学時代の上履きに比べ、スリッパは非常に歩き辛く、素晴らしい入学式よりも高校生になったことを実感させられた。
体育館を後にした私を含む、制服に着られているだけのヒヨコの集団たちは、よちよちと馴染みのない教室に戻る。
教室に入ると、すでに黒板に席順が張られており、否応もなく指定された席に座らされる。
そこで隣になったのが宇崎くんだった。
第一印象は、笑い声が大きい人。それだけだった。
初日が終わる頃には、それに加えて、周りに人が集まる、方言混じりでよく喋る男の子という印象を持った。
私のようなタイプには信じられないけども、入学初日にも関わらず、彼の机の周りにはクラスメイトが集まっていた。
彼の周りに人が集まるたび、隣の席である私の居場所が少しずつ圧迫される。
語尾にあからさまなハートマークをつけたクラスメイトたちが
「関西弁かっこいいね〜!絶対モテるでしょ??」
と人と時間を変え毎度毎度質問し
「せやろ!かっこええやろ〜!って嘘嘘!
てかな、俺の関西弁ちゃうんよ。大阪と兵庫のハーフのオトンと、岡山と広島のハーフのオカンに育てられた転勤族やから方言ぐちゃぐちゃになってん」
と毎回丁寧に説明し、毎度取り巻きを沸かせる。
そして、私の机にぶつかり、私の缶ペンケースが床に叩きつけられ、大きな音が鳴る。
缶ペンケースというのは、落ちたら大きな音が鳴る。
わかってていても、毎度新鮮に驚いてしまう。
大きな音が教室に響き、集団の注目を少しだけ集めてしまう、とても耐えがたい謎の空気感。
私が悪い訳ではないのに。
ぶつからないでと言っても、彼が隣にいる時点で無駄だろう。
初日に2回も落とされたので、せめてなるべく早く筆箱を買い換える決意をした。
休み時間のたびに机の周りに人集りができ、授業が始まると席に戻り、また人集りができる。隣の人は、今までの学校生活でもいたような、クラスの中心人物になる人間だろう。
とにかく、私と全く違う人種だな、と近所の図書館で借りた本を読みながら、強く感じた。
学校案内や、少しの授業説明を行い初日が終了した。
印象の弱い担任の先生が、中学校でいう帰りの会に該当する、ホームルームで諸注意を周知した後にすぐに解散となった。
部活見学に行く人、仲良くなった人と遊びに行く人、輪に入れず周囲の様子を伺っている人、様々な放課後が始まった。
相変わらず隣の集団は何やら盛り上がっていて、どこかに行くのだろう。関係の無い私はそそくさと荷物をまとめ立ち上がる。
「ねえねえ、もう帰るの?」
私の通路に、ムチムチした女子が立ちはだかる。名前がわからないため、A子と呼ぼう。
予定の無さそうな私が可哀想に見えたのか、集団に対しコミュ力披露だったのか、缶ペンケースを落とした謝罪の意だったのか、わからないけれど。
ムチムチのA子は、
「有栖さん、この後みんなでファミレス行くけど、暇なら行かない?」
と誘ってくれた。
なんとなくモヤモヤした。彼女のみんなという言葉の定義にモヤモヤした。
別にA子は悪気は無いと思う。
ただ、みんなに入れない、話したこともない少し離れた席のクラスメイトを思って、胸がギュッとなった。
「いえ、今日は結構です。晩ご飯の支度をしないといけないので、失礼します。」
辛く会釈をし、教室を後にする。
「せっかく誘ってあげたのにひどーい。」という、いかにもなムチムチ声が聞こえたが、その件に関しては感情は動かなかった。
何故なら私は、本当に、晩ご飯の支度をしないといけない。
つまり、全く私は悪くないので気にならなかった。
何度もこの日の日記を読み返した為、よく覚えている。
晩ご飯は、カレーだった。