お弁当
朝、今日はいつもと違い弁当箱を二つ持って家を出る。
そうだ、ようやく水瀬先輩に出せるお弁当が完成したのである。
ここまでくるのに本当に大変だった。
母さんと彩華は美味しいとしか言わないので改善点が全く分からなかったのだ。最終的に自分の下で最も満足出来た料理をお弁当の中に詰めた。
これで先輩が喜んでくれたら嬉しいのだが、あまり自信がない。
それというのも、先輩はいつも学食で五千円以上もする高級料理を食べているからだ。そんな人物の舌に庶民の料理を食べさせても大丈夫なのかと不安に思うのは当然だろう。
少し不安を抱きながらも教室に入ると、皆勉強に忙しそうにしており、喋りかけずらい雰囲気が流れている。
ちなみに今日でテスト一週間前だ。僕も勉強はしているが、そろそろ本腰を入れた方がいいかもしれない、部活は明日から休みなのでその分を勉強に回そう。
僕は自分の席に行くと、そわそわしている前の友人に挨拶をする。
「おはよう早乙女君。」
「お、おはよう!」
少しぎこちないがしっかりと挨拶できるようになったのはいい改善だろう。
彼は僕がこの世界に転生してから初めてできた男友達だ。女の子にしか見えない容姿をしているので初めて会ったとき男と言われたときは驚いたものだ。
早乙女君は僕が席に座ると体をこちらに向け何かを伝えようと口をもごもごと動かす。
「ゆっくりでいいから、喋ってみて」
こういう時はとにかく相手を落ちつけるのがポイントだ。
彼はその言葉に安心するように頬を緩めると、一つ深呼吸をして言葉を紡ぎ出す。
「あ、あの・・・テストが終わったら・・・僕と遊びに・・・行って、くれませんか?」
・・・一瞬、デートかと勘違いした僕を責める人はいないだろう。
見た目だけならば完全に美少女なのだ。全く動揺するなという方が難しいだろう。
俺がすぐに答えないからか、早乙女君の目にはどんどん涙が溜まっていき今にも決壊しそうだ。
「あ、ああ。一緒に遊びに行こうか。どこに行こうか?」
「ほ、ほんと! じゃあ遊園地にいこう!」
一転、太陽のような笑顔なり遊園地をチョイスする早乙女君。
俺もそれに意わないので、頷いた。まさか彼から誘ってきてくれるとは思わなかったので非常に嬉しい。
「は~い、それではホームルームを始めますよ。」
と丁度いいタイミングで担任の先生が教室に入ってくる。
それからは、しっかりと授業を受けたが、時間が経つにつれて少し緊張していった。
◇
そしてきたる昼休み。
自分と先輩の分を手に取ると、少し足早に教室を出る。
食堂に向かう廊下で先輩を見つけると声をかける。
「先輩こんにちは」
「ん? ああ大路君か、こんにちは。」
「それで、あの、先輩にお弁当を作ってきたのですが、食べますか?」
と少し遠慮がちに作ってきたお弁当を見せる。
「・・・・・・」
あれ? 先輩が止まってしまっている。
やはり学食の方がいいのだろうか。
僕はお弁当を持った手をおもむろに下げようとする。
すると逃がさないとばかりに、先輩は僕の腕をガシッと掴む。
あまりの速さに驚いたが、やはりお弁当を食べてくれるのだろうか?と先輩の顔を覗く。
「こ、これは本当に君が作ってくれたのかい?」
「え、ええ、そうですけど。」
先輩は何故かとてつもない気迫をかもしながらそう尋ねてくる。その表情はまるで戦場の真ん中に残された兵士のようだ。
その問いに肯定すると、“ここにいては殺される”と呟いた先輩は僕の手を引いて食堂から離れた場所に移動する。
移動した場所は学校の屋上だった。
「ふう、危ないあそこにいたら確実にハイエナ共にやられていたよ。」
と何やら可笑しなことを言う先輩。この学園にそんな物騒な生き物はいないはずだが僕の知らないところでは飼われていたりするのだろうか。
そんな事を考えながら疑問に思ったことを先輩に尋ねる。
「屋上って入っても大丈夫なんですか?」
「まあ、普通はダメなんだけどね、ボクは特別なのさ。部の活動として先生方の手伝いをしているからね。こういう特権のような物も貰えるのだよ。」
と、得意げな顔で屋上の鍵を揺らす。
「それよりも早く食べよう! 君も自分の分も持っているのだろ?」
「はい、じゃあ一緒に食べましょうか。」
先輩の座る場所にハンカチを引いて、僕も食べる準備をする。
屋上だからかとてもいい風が吹いていて爽快な気分になるのがわかる。
先輩は目を輝かせながらお弁当の蓋を開けて中身を確認する。
「こ、これ本当に君が作ったのかい?」
「ええ、そうですが。美味しそうに見えないですか?」
「いやいやとんでもない! 男の子がここまで料理が出来ることに驚いたのだよ!」
良かった、見た目は一応先輩のお眼鏡にかなったようだ。
しかし、重要なのは味の方だ。見た目がいくら良くても味で全てが決まる。
先輩は嬉しそうにお弁当の具を口に運ぶ。
「美味しい!」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、嘘なんてつかないさ! とっても美味しいよ!」
ここでようやく胸を落ちつけることが出来た。
今回は非常に高難易度なミッションだった。お嬢様の舌にどうすれば合うか悩みに悩んで試行錯誤していたが、どうやらその成果はしっかりと出ていたらしい。
涙を流しながらお弁当を食べる先輩。大袈裟だなあと思いつつも、その姿につい笑みが漏れる。そこでふと先輩の頬にご飯粒がついているのに気付いた。
僕は先輩の頬のご飯粒を手で取ると、自分の口に運んでそれを食べる。
「な、なにを・・・」
すると先輩は顔を真っ赤にさせて動揺する。
そこでようやく自分の失態に気づいた僕は先輩に土下座する。
「あっ! す、すいません! 家族にはいつもこうしていたのでいつものノリでやってしまいました。」
母さんと彩華には逆にこうしないとふてくされてしまうので、条件反射でついやってしまった。異性にこんな事をされたら普通は嫌悪の感情が沸いてしまうのではないだろうか?
「ごほん・・・いや、いいんだ。少し驚いただけだから君も頭を上げたまえ。」
その言葉に少し頭を上げると、まだ顔を赤くさせながらも落ち着こうとしているのか深呼吸を繰り返している先輩だ。心なしか口角がぴくぴくと痙攣しているのが分かる。やはり心の中では相当怒っているのだろう。
「本当にすいません。軽率な行動でした。」
「気にするなと言っているだろう。全く怒ることがないのだから、君も謝る必要はない。」
心の広い先輩だ。
往復ビンタも覚悟していたが、どうやら今日は許してもらえるようだ。
これからは軽率な態度はしないように決意する。
それからは、先輩と談笑しながらお昼を過ごしお弁当を食べ終わる。
教室に帰るときに
「ボクもお弁当作ってみようかな。」
と小さく呟かれた先輩の言葉が印象的だった。
誰か食べてもらいたい人がいるのだろうか?
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