事故
昼休み、僕は昼食を食べに食堂へと向かう。陽葵さんと白雪さんは残念ながら用事があるらしく一緒に行くことは出来なかった。
中に入ると、既に大勢の生徒が食事を取っており笑い声が聞こえてくる。
しかし、やはりお嬢様が多いのか、食べながらも食事の音が全く聞こえてこないのは流石だ。
チラチラと視線を感じるが気にとめず、まずは自分も何か食べようかと食事のメニューを見て唖然とする。
・・・・高すぎる。
今の手持ちで払えないことはない、しかし、全てのメニューが最低でも1500円以上するのだ、考え込んでしまうのも無理は無いだろう。
「あれ? 後輩君じゃないか」
とどうしようかと迷っていると、肩越しから誰かの声が響く。
振り返ると、そこには小柄な少女――助っ人部の先輩である水瀬 雫先輩が立っていた。
「ずっとメニューを見つめてどうしたんだい?」
「いえ、自分が思っていたよりも高くて驚いちゃいまして」
「ああ、確かにここの学食は一般の学校と比べるとかなり高いからねえ、もしかしてお金がないのかい?」
「そういうわけでは無いのですがどうしても節約した方がいいと思っちゃうんですよ、自分で作った方が断然安いですし」
尚人がそういうと、雫の目がきらりと光る。
「ふむ、ならば提案なのだが今回はボクが後輩君に奢ってあげるというのはどうだろう。」
「いや、そんなの悪いですよ! 今日一日ぐらい別に構わないですし」
「早とちりはいけないよ、勿論ただで奢るわけではない、君にも対等な対価を払って貰うさ」
「は、はあそれは一体なんでしょう?」
先輩は、さも我が意を得たりという風に口角を上げる。
次いで髪の毛の先を手で弄りながら少し顔を赤く染め、おそるおそるというように口を開く。
「・・・その、別に嫌だったらそれで構わないのだが・・・」
「まあ内容にもよりますが大抵のことはやりますよ?」
「そ、そうかい?・・・じゃ、じゃあボクにお弁当を作って欲しいんだ!」
「えっ」
そんなことで良いのか?
先輩が妙に緊張しているからもっととんでもないことを言われるんじゃないかと身構えていたが、まさかお弁当を作って欲しいだけとは・・・
いや、待てよ、水瀬先輩も恐らく上流階級の人だろう。ならば僕が普段食べているようなものではなくステーキやフォアグラなんかを食べているのではないだろうか。そんな人に満足させられるようなお弁当など・・・これは思っていたよりも難しいミッションかも知れないな。
「・・・分かりました先輩、僕に任せてください! 最高に美味しいお弁当を作って見せます!」
「ほ、本当かい! あとで嘘でしたなんて言われたらボクは泣いてしまうよ!」
「ははは、そんな事しませんよ。期待していてくださいね」
「ああ、勿論だとも!」
先輩は「やったー!」と喜色満面の笑みで、グッ!とガッツポーズを取るとボクの方に向き直り、「さあ、好きなメニューを選んでくれたまえ! 何でも構わないよ!」と言ってどや顔をしている。
「じゃあこれを頼んでもいいですかね」
「ん? そんなので良いのかい? もっと他にもあると思うのだが」
「これが一番僕に合いそうだったので」
メニューの中で一番安い物を選ぶ、他のメニューは食べたこともないような物ばかりでどんな物なのかも想像出来ない。先輩はもっといいものをと言ってくれるが、庶民の僕には、この一番安いのでさえ敷居が高い可能性もあるので遠慮させて貰った。
今日帰ったら料理の特訓だ。帰りに色々と食材を買っておこう。
◇
放課後、陽葵さんと共に助っ人部の部室へと向かう。
「失礼しま・・・」
数度ノックをしてから部室のドアを開ける・・・そして閉じる。
「どうしたの尚人君?」
陽葵さんが不思議そうに訪ねる。
が、今の僕にはそれに答える余裕がない。顔が真っ赤になり、自分を落ち着けるので精一杯だ。
何があったかというと中で西蓮寺先輩が恐らく演劇部の物であろう衣装に着替えている最中だったのだ。しかも、下着姿の時にドアを開けてしまった。もう間が悪いとしか言い様がない、なぜ部室からの返事があった後に開けなかったのか、悔やんでももう後の祭りである。
必死に彼女の姿を脳内から消そうとするが、この脳は一度見たことは大抵忘れないのだ、己の記憶力の良さがこんなところで裏目に出てしまうとは・・・せめて考えないようにしておこうと、入学前に修行していた瞑想に入る。
少しすると部室のドアがゆっくりと開くそこには顔を赤く染め、可愛らしいお姫様の格好をした西蓮寺先輩が腕を組んでこちらを見下ろしていた。
彼女の姿を見るや否や、人類史上最速の勢いで土下座をする。
「すいませんでした!」
「・・・・・・」
・・・む、無言が怖いです。
陽葵さんはこの状況を見て何があったのかなんとなく察したらしく「ああ、なるほど~」と言って部室の中へと入っていった。どうやら助けてはくれないらしい。まあ、僕が圧倒的に悪いのだから仕方ないが・・・
「・・・大路君」
「は、はい!」
「わたくしも、日頃の癖で男子がいることを失念し、衣装を着替えていたことには謝りましょう」
「はい」
あ、汗が止まらない。
まるで魔王でも相手にしているかのようだ。顔を上げることも出来ないとは・・・
「しかし、男性にも最低限のマナーを守って頂くのは当然のことだと思うのですが、大路君は違うのでしょうか?」
「ご、ごもっともです!」
「私は大路君のような礼儀正しい男性が来てくれたことに感動すらしていたのですよ?まあ、出来ないというならばそれはそれで構わないですよ・・・他の男性の方もそうですので、気にしなくても何も問題ありません」
「いえ! 僕の信条としてそのような不誠実なことは出来ません!」
「・・・」
土下座でガクガクと震え上がる僕の頭部に先輩の手がそっと触れる。
「ふふ、良い子ですね。もう怒っていませんよ、顔を上げてください。」
ゆっくりと顔を上げると、微笑んでいる西蓮寺先輩が目に入る。
その姿は衣装の影響もあるだろうが、まるで聖女のように見えた。
部室の中では先輩達と陽葵さんが何やらこそこそと言葉を交わしている。
「おいおい、西蓮寺の奴、飴と鞭を完璧に使いこなしてるぞ」
「やばいっすねぇ、このままだと大路君ころっといっちゃうかも知れないっすよ!」
「そ、そうなんですか! あわあわ、どうしたら!」
「ふむ、確かに危険かも知れないね」
「スピ~スピ~」
何を言ってるのかは分からないが、今日も先輩方は元気そうである。
立ち上がると、お姫様のような衣装に着飾っている西蓮寺先輩に声をかける。
「先輩、綺麗ですね。そういう衣装を着ていると先輩の金髪とよくあって本物のお姫様みたいですよ。」
「・・・」
そう言うと、またも先輩は黙り込んでしまった。
あれ、先輩を怒らせてしまっただろうか?
おそるおそる先輩の顔を覗き込むと、顔をリンゴのように真っ赤にさせ目をぐるぐると回していた。
・・・この世界の女性はこういう言葉に対しての耐性が低すぎないか?
僕は西蓮寺先輩の動揺する姿を尻目に、気合いを入れ直して二日目の部活に望む。
色々と試行錯誤しながら書いています。何かアドバイスがあれば感想をいただけると有難いです(≧∀≦)
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