1.始
斬られた。
その事実を認識するまでの時間は、思いの外短かった。知覚は鋭敏になり、時が止まったようにも思える。
振り返ってみれば、暗い満月が照らす夜に一筋の金属光沢が見える。そこから鮮やかな赤色の液体がゆっくりと滴っている。
なぜここまで冷静にいられるかと問われれば、それは現実感の無さと痛みの欠如によるものだろう。
俺は首から真っ二つに斬られ、即死した。
何を見たのか。順を追って書き連ねていきたいと思う。
俺は地方の国立大学に通う学生だった。勉強も多少はできたし、友達もそれなりにいた。ただ能力が卓越していたわけでは決して無いし、真に「友達」と呼べるやつなど一人もいなかった。
部活やサークルには入らず、本やネットに浸る日々が続いた。
ある日、無性に腹が減って夜食を調達しようと徒歩1分のコンビニまで行くことにした。一人暮らしの男の食生活など得てしてこんなものだ。
そのコンビニの店員には結構可愛い子がいるのだが、その日は運悪くガラの悪い男の店員だった。
軽い弁当を買って店を出た。辺りは閑静な住宅街で、午後11時にもなると物音の一つも聞こえなかった。
静かな道を下って家へ向かっている途中、それは起こった。
刹那、少しの衝撃を感じると、世界はゆっくりと回転して見えた。首を斬り飛ばされたからだ。後ろには
、全長2m近くあろうかという長い刀を携える黒装束の人影が見えた。
辺りには俺の鮮血が飛散し、血の雨が降っている。
限界まで引き延ばされた時間も終わりを告げ、俺の生命は完全に終わった。のだが。
「なんで死なないの?」
その少女は、驚きと困惑が混じったような声を発したが、すぐに
「ああ、元から死んでいたのね」
と納得したようだった。
確かに俺の死体は足下に転がっている。
だが現に俺はここに存在している。
矛盾しているようだが、それが起こっている。オカルト的な考え方をすれば、魂が身体から離れたと言えるだろう。
何事も無かったかのように俺はその少女に向き直り、単純な疑問をぶつけた。
「俺、君に殺されるようなこと何かした?」
乾燥しきった問いかけに対し、手続き的に少女は答える。
「何も。ただあなたの存在が少し不自然だったから。埃を払っただけよ」
「ふーん。それが君の仕事?」
「そう。言ってしまえば世界の掃除屋。」
一仕事を終えた彼女は黒いフードを脱ぎ、顔を露わにした。そこにあったのは人形より精巧で美しく、しかし人間味の感じられない、絶対零度の物体であった。