大人の色気に惑わされて1
前回、最初の対戦相手、琴子さんに『ヘアピンを買った』とさらりと言ったが、あれにはもう少し細かい説明が必要となる。
ヘアピンを購入。
『マスターのヘアピン買い、かなりのものがありますよね』
今日も今日とて、ゲーム主にしか見えない浮遊する美少女、マロンがそれに触れた。
『ヘアピン一つのために、他県に行くなんてマスターぐらいですよ』
『それで良い収穫 ¦(ヘアピン) があれば、俺の日曜は充実したことになるんだから、それで十分なんだよ』
説明を忘れていたが、俺たち ¦(?) は大型ショッピングモールに向かう専用のバスに乗っている。
マロンとの会話も、頭に届いた言葉をスマホに打ち込んで返している ¦(hmwのアプリ内にキャラクターと会話できるツールがある) 周りから見ればラインしているぐらいにしか見られないだろう。
「………」
窓を見上げると、見慣れない建物が通り過ぎて行き、しばらくしたら目的地らしい大きな建物が目に入った。
「そろそろ、着くかな」
スマホをバックにしまうと、バスのアナウンスが目的地に到着する事を告げた。
バスから降りた俺の目の前に巨大な建物が待ち構えていた。
大手ショッピングモール。大きな建物内に幾つもの小売り店舗などかひしめき合っている所。
こういう所は男にとって入りやすく非常にありがたい。
こういう所のアクセサリー屋はガラス壁のないオープンな店もある。しかも通り道側にヘアピンを中心とした髪飾り用の商品がぽんと置いてあるのだ。
『マスター、今日も例の買い方ですか?』
「もちろん。というか、これ以上に最善の方法がないんだ。マロン、他に何か良い方法ないか?」
『女装』
「却下」
俺は男でもヘアピンを普通に買える究極の方法を思いついた。
それは彼女にプレゼントする彼氏のフリをする。
もちろん、彼女なんていない。
いないがそう演じるのだ。役者のように。
設定は『俺には彼女がいるけれども、今日はたまたま1人で出かけている』そんな男を演じる。まあ、気分の問題なのだが。
まずは店アクセサリーコーナーの前を普通に通り過ぎる。
ちらっと見るだけ。あくまでも『ふーん。アクセサリーが売っているんだ』と、いう感じ。
それから5分、10分ぐらいして、また、アクセサリー屋の前を通り過ぎようとする。この時、何か別の物を買って店の袋をぶら下げていると、さらに何気なさ感が出てよい。
今度も興味ゼロな表情で通り過ぎようとするが、ここでふと、足をとめるのだ。
立ち止まり、じっと見る
そして『このヘアピン、彼女に似合いそうだな』と言う風な表情で一つ取りレジへ。
店員だって、男が女性物のアクセサリーを買うのは、彼女プレゼント以外に思えないはずで『彼女にプレゼントだなんて、良い彼氏だ』と思ってくれるはずである。多分、そうであってほしい。
『男の人って、アクセサリー 一つ買うのも大変なんですね』
「そうなんだよ、マロン。
しかもだ。
何気なく手に取るフリをしているが、手に取るまでの数秒、いや一瞬の間に欲しい逸品を見つけないとならない ¦(ヘアピン) コレクターとして、ここが勝負なのだ」
そして無事にミッションをクリアした店には二度と行かない。店員に顔がバレると『ヘアピンコレクター』という秘密がバレてしまう。
これが『秘密の好きなもの』がある者にとっての定めなのだ。
『マスターには感服します』
涙を拭うマロンを見ながら、耳からスマホを離した。周りから独り言にならないよう、今までの会話は通話のフリをしている。
『それはそうとマスター。こんなに大きな店ならhmwやっている人がいそうですね』
「ああ、そうだな」
『どうせ、ヘアピンを買って二度と来ないなら、スマホ外プレイをしてみては?』
「バトルかぁ……」
バトルしたくてうずうずしているマロンの斜め後ろから、似た表情の人間が近づいていた。
「………」
綺麗な人だった。
『大人の女性』、『美人OL』、『こんな人が教師だったら、さぞ毎日の学校が楽しいだろうなぁ』そんな言葉が浮かんできた。
OLと言ったのは、日曜日にも関わらずスーツを着ていたから。
かなりの美人だったが、俺の視線を釘付けにしたのは、胸元にあるネックレスだった。金の鎖に雪の結晶の飾り。間違いなく『サラ・マロン』のネックレスだった。
サラ・マロンのヘアピン以外に興味なくても、毎回、ネットにアクセスすれば、トップページに最新作のアクセサリーが載っている。高い回数を見ていれば、サラマロンの他アクセサリーも覚えてしまう。
「君、hmwやっているね」
「え、どうしてわかるんですか?」
「通話の仕草がhmw独特だからね。最後の会話、通話のフリを忘れてたし」
「………」
しまった……ゲームキャラクターと会話できるのは、良い事なんだけれども、少し面倒くさい。
アップグレードして、全ての会話が脳内でできないのかと考えてしまう。
「気にすることないわよ。おかげでhmwプレイヤーだと気づけたんだから」
「……。そう考えた方が良いですよね」
hmwプレイヤーだと気づかれなければ、こんなキレイな人が近づいてくることすらありえないだろう。
「それよりもバトルしない?」
美人さんは、ニヤリと笑った。
「君が勝ったら、何でもしてあげる。もちろん、私が勝ったら、君も従ってね」