秘密の好きな もの2
「つけられているって…マロン、見えないのか?」
『マロンの視界認識できるのはマスターから半径2メートル以内。なので、それ以上はわかりませんが、同じ足音がずーっと続いています』
「………」
俺はふと思いつき、マロンに聞こうと思ったが、つけてくる奴に聞こえないよう、スマホに質問文を打った。歩きスマホは危険なのだが、今は特別として使用させてもらう。もちろん、前方に人がいないのを確認して。
『マロン、空中を漂えるんだから、ちょっと移動して相手の顔を見ることができるんじゃないか?』
『答えはノーです、マスター。
マロンはスマホから半径1メートル以上離れられないので無理です』
「そうか」
俺はマロンの画像機能をオフにしてスマホをカバンにしまった。目的地のお茶屋に着いたから。
店員にいつものお茶を頼んだ。会計をすませている間に別の店員がサービスとして小さめの紙コップにお茶を入れてくれる。いつもなら、それを飲み干してとっとと帰るのだが、今日ばかりはゆっくりと味わうフリをすることにした。
少しずつ飲みながら、俺は後をつけてくる奴について考えた。
男子校生を狙う不審者はいないだろうから、良くて対戦相手。悪ければ……
「……」
俺がヘアピン好きでコレクションしている事を知り、脅迫しようと考えている奴。
「…………」
ありえなくない話だ。もしそうだとしら、まずい。非常にまずい。
いや、まて、ヘアピンコレクターだなんてばれるような、軽率な行動はとっていないはずだ。
バルバニアファミリー好きだった奴とは、互いの秘密を人質として、バラすことはありえない。
「……」
いや、もしかして、前に対戦した時にたまたま、近くを通り過ぎて、話を聞いたとか。俺とマロンの会話を聞いていたりとか。
まさかまさか、俺が買いにいった店の店員さんとか。
偶然、ヘアピンを購入している所を何回も目にしたとか。
「……………………」
何が起こるかわからない世の中だ。今、考えた事がありえない事は ないのだ。
人には言えない『好きなもの』がある者にとって、秘密がバレるリスクを抱えながら生活していく。
しかしそれでも『好きなもの』をやめることはできない。自分が自分らしく生きられる事であり。それを止めたら、自分が自分でなくなってしまう。人生が色あせてしまうのだ。
「………」
なので、俺は『好きなもの』を好きであり続けるためにも、そいつを突き止めなければならない。
「ありがとうございました」
店を出た俺はスマホに触れる事なく、家の逆方向を歩き出した。
子供の頃から住んでいるので路地は知り尽くしている。
駅前にあるコンビニを曲がり、少し進むとカレー屋やら銀行やら大小様々な店が並んでいる。
「…………」
本当に誰がつけてきているのだろうか?と、頭の中に浮かんだ。そうあってほしいという願望に近いものだが。
とはいえ、マロンの勘違いという事もある。マロンはゲームから出てきたキャラクターで、ボディガード機能は微妙なレベルではないかと思う。
ずーっと足音が続くと言っていたが、もしかしたら、同じ方向から来たお茶屋の近くに用事がある人だけかもしれない。
そう考えられなくも…ないよな。
「………」
しかし、本当につけられていたら?
本当に俺がヘアピンコレクターだと知っている奴だったら?
「…………」
後ろを振り返ってみるべきか、スマホを取り出しマロンの視覚認識機能を頼るべきかと、考えたが。それはやめた。
とっとと調べればいい。
俺は駆け出した。そして10歩先にある裏路地へ曲がる。
個人でやっている小さな店が何軒かある中をひたすら走ると。後ろから走ってくる足音が聞こえた。間違いない、誰かがつけている。
「……」
俺は目に付いたさらに狭い通路に曲がり、足を止める。
後から近づいてきた足音の主から間近にある壁に握り拳を当てた。
「何、つけてるんだよ」
握り拳は威嚇のつもりだった。下手な真似したら、次はお前に当てるというメッセージで、壁にあてるからおもっいっきりではないが、威嚇なので程々の力はこめられている。
それに対して、相手は……
「きゃあ」
と答えた。
悲鳴?
おそるおそる、俺の視覚認識機能を活動させると、威嚇相手は女性。制服を着た女子高生だった。
女子……悲鳴をあげられたら、こっちが不審者になる。いや、その前に俺は女子に手をあげてしまった事になる。
「ごめんなさい。ごめんなさい。静かにしてください」
俺は慌てて拳を壁から離し。つけられていた方が謝らないとならない、変な状況になってしまった。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
相手も謝ってくれた。とりあえず、通報、補導されずにすんだ。
「あれ? 君は ことこ、さん?」
落ち着いてから、ようやく、相手の顔を見ることができた。
あの時は私服だったが、最初の対戦相手に間違いはなかった。
大きな声ではないとはいえ、悲鳴があがってしまったので俺達は裏路地を急いで離れた。自販機で足を止めると、冷たい飲み物で喉を潤し、心を落ち着かせる。
「あのう、どうして、私の名前を知っているんですか?」
彼女を『ことこ さん』と呼んだのはこの前の対戦でユーザー名が『kotoko』だったからなのだが、どうやら本名を使っていたようだ。
それを説明しようとしたところで、今までうつむいていた彼女がバッと顔をあげた。
「もしかして、あなたは私の友達の知り合いで、もう、この前の事を話たとか?」
「え?」
「お願いします。そうだとしたら、誰に話したんですか? もし、西聖高校の人はいないですよね。お願いします。教えてください」
「まって。落ち着いて」
………………
彼女も同じだったのだ。
対戦した後、技の名前を調べた結果、BL好きな子と知ったわけだが、彼女は『好きなもの』が他の人達に知られてしまうのではないかと恐れていたのだ。
俺がお茶屋を出てから不安になってたよりも長く、彼女は気が気でなかったろう。
だからこそ、俺の後を尾行して話せる機会をさがしていた。
「大丈夫。誰にも話してません」
それからどうして名前を知っているのから説明した。
「俺もバレているかもしれないけど、実はヘアピンが好きなんです。男なのに」
彼女だけ苦しい思いをするのはフェアじゃない気がして自分の『好きなもの』を口にした。
「………」
何も言葉が返ってこなかったのは、『その場をなごますだけの嘘をついているのでは?』と、気になった俺は好きじゃないと語れない説明をすることにした。
「この前は隣の県に行って『ベルファーム』というアクセサリー屋で売っていたハートシルバーバージョンを買いました。
『ベルファーム』のは可愛いタイプのが多いのですが、今回は大人の女性向けにしたもので、ハートも5ミリなんです」
「え………」
きょとんとする彼女に気付いてから『俺、やってしまった』事に気付いた。
「あ……」
引かれる、思いっきり。
「…………」
日が暮れた時刻で明かりは遠くにある街灯と自販機の弱いものだが、青ざめた表情は彼女にもわかるだろう。
「大丈夫ですよ」
彼女は安心できる笑みを向けた。
「誰にも言いません」
駅に向かう間、ぎこちないが話すことができた。
本名は抑野 琴子さん。
俺とは逆に、この駅に降りて女子校に通っているとのこと。
せっかくだからと、俺達は互いのゲームキャラクターが見える状態にした。
「ムグラは『不夜城の宴』という漫画に出てくるキャラクターなの。本当は『葎』という字を使うけれども恐れ多いからカタカナにしたの。かなり似ているんだよ。自分でもびっくりした」
「どれだけ似ているか調べて良い?」
「もちろん」
琴子さんは笑ったが、突然、真顔になった。
「大事な話を忘れてた」
琴子さんは足を止めて俺の目をまっすぐに見上げた。
「あ、あのね。バトルの時『深凍深化』って出てきたけれども、違うの。深凍深化は気になって検索にかけただけで。本当は沙羅箸先生のみたいな、ほのぼのとした甘々ストーリーの方が好きなの」
……。琴子さんの『好きなもの』に対する情熱は熱いようだ。
ちなみに『深凍深化』は使われている漢字通りに昼ドラも真っ青なドロドロなストーリーらしい。もちろん、登場人物は全部美少年。
その後、俺がどうしてヘアピンが『好きなもの』になったのかを話したら、琴子さんは物凄く目を輝かしてきれた。
「それでそれでそれで?運命の再会はした?」
「してません」
「もし、再会して何かあったら、いつでも相談にのるよ」
「……」
何かあったらって、そっち方向の相談?
「じゃあね。もし、良かったら、また、バトルしようね」
安心した琴子さんの笑顔にほっとし、かけてくれた言葉が嬉しかった。
「やってて良かったな」
俺は肩に座るマロンを見つめた。
今の言葉はゲームもマイナーな『好きなもの』の2つを指している。
誰にも言えない秘密を持って生きているのは俺だけではない。それを分かち合える人に会えたのは、何よりも凄い事だと思う。
「あれ?」
「どうしました、マスター?」
帰り道、落ち着いた所でふと気がついたのだが、曲がり角での威嚇攻撃。握り拳とはいえ『壁ドン』ではないだろうか……
「通路、狭かったよな……」
あの時の状況。冷静に思い出してみると、琴子さんとかなり近かったような。
「マロン、俺、琴子さんに壁ドンしてしまったかもしれない」
「青春ですね、マスター」
「青春……」
帰路に着く足取りが重く感じた。