秘密の好きな もの1
俺は『ヘアピン』が好きだ。
好きなだけで身につけることはない。集めて眺めるのがたまらなく好きなだけで。それを除けば、どこにでもいる『普通の男子高校生』だ。
「できることならば、ヘアピンの似合う子とつきあって、彼女にコレクションをつけてもらいたいな」
『それ重いですよ。マスター』
空中に漂うマロンが突き刺さるような一言を脳内に届けた。
改めて説明しておくと、ここは俺の部屋で、マロンはゲーム主だけ見えるように設定している。
マロンの声は異世界から亡命してきた魔法使いの物凄いプログラムにより、頭の中に直接 届く。ゲーム主の声もテレパシーできればもっと良いのだが。
「……わかっているよ。理想くらい語ってもいいじゃないか……」
視線をマロンから、手にしているりんごのヘアピンに戻した。
「……」
はぁ。やっぱり、良いよな。何が良いんだと聞かれても、説明しようがないから困る。
良い物に説明はいらない……と、言っておこう。
『マスター、なんで工具入れにヘアピンを入れているのですか?』
りんごのヘアピンをしまうためコレクションボックスを開けると、中身を覗いたマロンが驚いたが、こっちも驚いた。
マロンは視覚から入ってきた物も認識できるようだ。
「マロンよ、良い所に気がついてくれたな」
驚いたが、マロンの会話を優先した。今まで誰にも言えなかった努力を語れるからである。
「工具入れにしたのは、厳重に隠しているとはいえ、万が一にも、箱をしまい忘れ、さらに家族が部屋中に入ってくる日がないとも限らない」
『なさそうで、ありえそうな話ですね…』
「だろう。そんなピンチな状態になっても工具入れならば、まず開ける奴はいない。ましてやヘアピンが入っているなんて誰も予測する事はないのだよ」
『まあ、この箱を見たらスパナやハンマーが入っているとしか見えませんね』
俺はコレクションボックスという名の工具入れを手にするとタンスに向かう。
一番下の引き出しを取り出す。
タンスの一番下には空洞になっているので、そこに置き、なおかつ、薄いベニヤ板をその上に置く。
「これで完璧」
タンスと同じサイズのベニヤ板に加工する苦労を語りたかったが、俺の耳は警報を鳴らしていた。
誰かが階段を上がって近づいてくる。
「……」
俺はすぐにタンスから離れ机の上に置いてあるスマホを手にすると、マロンの画像をオフにする。ゲーム主にしか見えないといっても、万が一見えていたら『息子がコスプレした娘を部屋に連れ込んでいる』ことになる。
階段を上がり終えて足音は廊下を進む音に変わり、ドアにノック音が響いた。
「ねぇ、理央聞いてる?お茶、きらしちゃったから買ってきて」
ノックして開けてきたのは母親。ヘアピンコレクションがバレたら一番まずい相手である。
「面倒くさい。父さんに電話して帰りに買ってもらえばいいだろ」
「残業で遅くなるって」
少しゴネたが (普通に面倒くさい)これ以上、ゴネると母親は部屋に2歩3歩と侵入し、ヘアピンの近くにくる恐れがあるので、渋々承諾するしかなかった。
緑茶にこだわる両親のため、駅中にある専門店に向かう。
「どうせなら、家に着く前に言ってくれればいいものを。何で1日に2回も駅に行かなければならないんだよ」
ぶつぶつと不満を口にする俺にマロンは、重要な事を聞いてきた。
『マスターはどうしてヘアピンが 好きなもの になったんですか?』
「ほう、語らしてくれるのか、マロンよ」
『語るんですか……』
「聞いてしまったからには語らしてもらおう」
俺は日没後の空を見上げた。
付け加えておくと、外で誰かが見ているかわからないのでスマホを耳にあて、通話しているフリをしている。
「全ては、この名前から始まった」
第3話になってようやく言うが、俺の名前は飾磨理央
理央……
『女の子みたいな名前ですね』
マロンは気にしている事をストレートに言った。
「言わないでくれ……」
あれは俺が3才の時。
親の職場の人たちの集まりで家族を連れて飲み食いするイベントがあった。
立食形式のもので、自由に移動ができ、食べることも、親同士の会話を聞いている事に飽きてきた俺は、会場内を探検する事にした。
「りおちゃん」
そう呼んだのは俺と同じぐらいの子だった。
名前を呼ばれたが知らない子。たぶん、誰かに俺の名前を聞いたんだろう。
「これあげる」
そう言って渡したのが『サラ・マロン』の金色の蝶の形をしたヘアピンだった。
「後で聞いた話だと。その子の母親が身につけていたのを借りて、そのままプレゼントにしたらしい」
『マスター。3歳にして、もうモテたんですね』
「後にも先にもそれっきりだ。しかも男だった……」
そう『りお』という名前のせいか、いや、そのせいで男にヘアピンをプレゼントされたのだ。
「さすがにヘアピンは親を通して返したが、向こうの親は気にして、別のヘアピンをプレゼントしてくれたよ」
『……向こうの親御さんは、マスターを女の子と勘違いしたままだったんですね』
「……その頃は女の子っぽく見えたらしい。
親も、気を使って貰った物を返却する気になれず。記念にとっておけと俺に渡した」
引き出しの奥にしまい。二度と触ることはないだろうと思っていたのだが、なぜか気になって、手に取るようになった。もちろん、親がいない時をみはらかってこっそりと見ている。
プレゼントされたヘアピンはサラ・マロンではなく、幼児向けの可愛いクマのヘアピン。
つけてみる気にはなれなかったが、気になってしまう、手にとって眺めるようになった。
『それがマスターがヘアピンを好きになった始まりなんですね』
「あぁ」
小さな飾りのついた。髪飾り。
「そしていつかはサラ・マロンを手にしたい」
『サラ・マロンは宝飾品のブランドだから、マスターのお小遣いで買えるレベルではないですからね』
俺の検索データーを知り尽くしているマロンは解説するように言った。
「そういうところだ」
『ところでマスター』
目的地であるお茶専門店に近づいてきた所で、視界機能もあるマロンが、ぼそりと伝えた。
『誰かがマスターの事、つけていますが気がついていますか?』