バルバニアが好きな男2
場所を駅前から近くのコンビニ前に移動した。コンビニ前でスマホをいじる高校生なんて今や当たり前の光景で、変に見られることはないから。
外バトル機能をオンにすると対戦相手の肩に、淡いピンク色の花柄のワンピースを着た少女が座っていた。髪はゆるいウェーブがかかった、ダークグレーの髪に黒色の目。
何よりもそのキャラクターには白いウサギの耳としっぽがついていた。
「シャルムっていうのか」
今回も周りには人がいないのでバトル候補はひとりしかいない。
『バトル申請されました。バトルをスタートします』とスマホ画面にメッセージが出ると2人は肩から飛び降り、戦闘モードに切り替わる。
前回は剣だったが、今回は魔法武器、ロッドを手にしていた。3、40センチぐらいの短いタイプで、色はシルバー。黒くハート型の石がついているが棒の上ではなく、棒の横についていた。
一方、シャルムは、こちらも片手で持てる魔法武器か棍棒のようだが、色は黒一色。飾りとなる部分は平たくて薄い丸い。シャルムの武器を一言にすると『フライパン』だった。
「……」
あ、対戦相手の表情が少しひきつっている。フライパンになっているからか、それとも俺の方か……
『バトルスタート』
ゲーム主の動揺に反映される事なく、マロンとシャルムはかけ声と共に後方に跳んだ。
『新型スマホ一覧』
先制攻撃をしかけたのは、マロンだった。
黒いハート型の石から風が生まれ、強風がシャルムに襲いかかる。
『行列が少ない安くて、美味しいラーメン屋』
シャルムはフライパンを前に出しバリア魔法を唱える。
強風がおさまり始めると、シャルムはバリアを解除し、フライパンの中央から光の球体を生み出した。
『リムリムの発売禁止になるかもしれない写真集』
火球と変化してマロンに向かう。
避けようとするが直撃、マロンは悲鳴をあげ、塀にぶっかった。
「マロンっ」
キャラクターとはいえ、女の子の悲鳴に声をあげてしまうのは、仕方ないだろう。
コンビニから少し離れた家の塀に激突したものの、痛みというプログラムがないので、すぐ体勢を整えるとロッドを高く上げ雷の魔法を唱えた。
『チラ見せの極意』
雷はシャルムに直撃し、対戦相手も相棒の名前を呼んだ。
「………」
「………………」
シャルムも何事もなく立ち上がり2人が向き合った所で、俺と対戦相手は互いを見た。
『きのたんか。俺はリムリム派だ』
『どちらかというと きのたん だけど、リムリムも良いよな』
声に出さずとも、お互いそう言葉を交わしているのは間違いないと思う。
ちなみに『リムリムの発売禁止になるかもしれない写真集』という名の写真集で、かなり過激らしい。
知っているのは、まあ……『過激』に反応する年頃なんだから仕方ないじゃないか……あぁ、俺も調べたよ。
それから『きのたん』は
リムリムの真逆で『チラ見せの極意』は男の本能をくすぐる一冊 (こちらも写真集)である。
「ふぅ……」
グラビアアイドルネタが出たものの、男同士なので前回よりは恥ずかしくはなかった。
「………」
そう考えた所で、まるで読んでいたかのようにマロンは口火を切った。
『シルバーハート、トリプル』
魔法球がシャルムに向かうが、マロンの魔法をフライパンに当てた。
『バルバニアファミリー、草原のレストラン』
そして打ち返した!テニスのように。そんなのありか!しかも色だったマロンの魔法球が、色に変わりサイズも倍になった。
『ひゃん』
そして物凄い勢いで飛んできた魔法球をマロンはしゃがんでよけ、後方にある二階建てアパートの壁当たり大きな衝撃音とたててめり込んだ。
もちろん、対戦している俺らにしか見えず、衝撃音も周りには聞こえない。バトルが終了すれば、めり込んだ壁も元通り。になるよな……壁のめり込み方がリアルというか本当にめり込んでいるようにしか見えないから恐くなってしまう。
「………………」
しかし『そんなことよりも』である。
明らかに相手の表情が変わっていた。
好きなものをさらけ出すと言っても、やはり、平気ではいられない。そう言う俺も表情がこわばっている。
「バルバニアファミリーって……」
確か、子供に人気のある小さな人形だったよな。ウサギだとかクマやリスとかのファミリーがいて、家具とか家とかあるとか。
「そうだよ、俺はバルバニアファミリーが好きだよ」
……これは驚いた。恐そうな奴なのに、バルバニアファミリーが『好きなもの』だなんて。
「言っておくが、俺が特別だと思っているのは、グレーウサギの女の子だけだ」
それだけでも十分だと思う。
「そりゃ、人には言えないな……わかるよ」
「………」
対戦相手はじろりと見下ろした。
「さぁ、お前も吐け。お前の好きなものを」
「シルバーハート、トリプルじゃわからないか?有名だぞ」
「わかるか。ハートの形が3つあるしか見当がつかない」
「そうか」
俺らが会話をしている間もマロンとシャルムは魔法バトルが続いていた。
会話が落ち着いて、視線を戻した時、シャルムは空中に飛び上がり、魔法球をマロンに落とすところだった。
『木の家具セット』
間違いなくバルバニアファミリー用の家具だろうな。
緑色の魔法球が5つに増え、同時に
『サラ・マロン』
迎え撃つマロンは、俺の『好きなもの』を販売しているブランド名を唱えた。
彼女が立つ地面周辺に魔法陣が現れ、ロッドを振り上げると召喚された龍が獲物に向かって飛び上がった。
口をぱっくり開けた龍は緑色の魔法球を全て飲み込み、そのままシャルムに襲いかかる。
シャルムは悲鳴と共に龍に飲みこまれ勝敗が決まった。
「で、お前の『好きなもの』は何なんだ?」
バトルが終了して、マロンたちを肩に乗せてから、実はバルバニアファミリーを愛する男は、まだ不満顔でいた。
「サラ・マロンのトリプルハート。それで十分だろ」
「全然、わからない」
目がつり上がり、今にもつかみかかりそうな雰囲気になってきたので、俺はカバンの中から5センチほどの小さな紙袋を取り出して渡した。
「サラ・マロンじゃないが、さっき買ったものだ」
紙袋を開ける音がしたが、その後は長い無音が続いた。
「………」
俺は視線を反らしているが、相手の反応は見なくてもわかる。
紙袋の中にあるのは細い金属製の物体で、リンゴの飾りがついている。
「ヘアピン……」
俺の『好きなもの』はヘアピンである。
「言っておくが収集までだ、自分につけることはない」
「それでも十分だろう。仲間よ」
対戦相手は肩をぽんと叩いた。
「仲間……」
「そうだ。人前で『好きなもの』が言えない仲だ。嫌でも仲間になってもらう」
「……そうだな」
「もし、俺の『好きなもの』をバラしたら、お前の『好きなもの』をバラす。お前と同じ制服を着ている奴らに」
「わかった…」
弱味を握り合う関係。これを仲間といっても良いのか……
「とはいえ、バトルは楽しかった。また、やろうぜ」
にかっと笑い、対戦相手は手を差し出した。
「俺は瀬斗谷隼兎、隼兎と読んでくれ」
「……」
握手をしてから、口を開いた。
「飾真でいい」
俺にはまだ、言いたくないことがあった。