VS 魔法使い
氷付けにしたレジカウンターは冗談ではないと、言い表していたので、ゲーム再開と共に駆けだした。
案の定、後方から『ひゅううううう』という嫌な音が聞こえた瞬間、体が何かの衝撃により飛ばされた。
「うわっ、たぁ」
木の葉のように簡単に飛ばされ、気がついたら、どこかの店に転がっていく。
「いた……くない」
「無痛設定してあります」
巻き込まれないように設定されているのか、衝撃を受けていない様子のマロンは俺の前に移動すると説明してくれた。
「改めてルール説明です。その間、グランドマスターからの攻撃はありません」
「安心して聞けるわけだ」
だったら今の攻撃はいらないんじゃないかと思う。
「マスターの勝利条件は今まで通り、アクセサリー専門店『タエニア』に着くことです。
指輪の魔法の設定も続いています」
緑色の石がついた指輪を確認する。使える魔法はあと1回。
「HPがゼロになったらマスターの敗北になります。あ、さっきの衝撃はグランドマスターの粋な計らいでダメージ無しにしてくれました」
粋な計らいというのか?やっぱり攻撃いらないだろう。
「それからグランドマスターにもHP設定がつきました。マスターと同じ50です」
「同じ、攻撃して勝てる数字だな」
俺は起き上がり店先からゴールがある方向を見上げた。
「タエニアは3階の西側エスカレーター。ここは2階の中央エスカレーターをちょっと離れた所。しかも、人間サイズだから、かなり近いが」
HPが50しかなく、使える魔法は1回。衣聖羅さんの攻撃に対処できる物はないかと店内に視線を向ける。
転がされた店は100均一だった。
「何が良い?」
店内を急ぎ足でうろつきながら考える。魔法を防げるとしたら盾になりそうな丈夫な物?フライパンで攻撃をはじくとか?
クッションでダメージ軽減とか?
「無理があるか……」
敷地は広いので何かありそうだが、そこは100円。耐久性は低い……というより、そもそも高級品でも防げるのか?
「衣聖羅さん、耳姫王子候補の残念耳君って言ってたな……」
琴子さんの耳は、逃亡した国の王子様よりも好みらしいから、俺のことが気に入らないのは確かな事。魔法の威力は強まりそうだ。
「というより、リア充妬み……」
『マスター。会話はグランドマスターの耳にも入ってますよ』
「え……それって」
バキバキバキと凄まじい音が聞こえた。
人間サイズの真っ黒なエネルギー球が店を破壊して迫ってくる。
「悪かったわね。どうせ上級魔法使い時代にすら、出会いなんてなかったわよ。
イケメン聖騎士やら、新米兵士やらうようよしていたのに。というより、好みの耳じゃなかったから、アタックしなかっただけ」
衣聖羅さんの言い訳が聞こえたが、こっちはそれどころではない。
とっさに目に入った薄いクッションを両手いっぱいつかんでの緊急回避が良かったのと、球体が店を破壊している間にエネルギーを消耗してくれたお陰で、HP0を避けられたが、それでもダメージ8も受けた。
「容赦はしないから、覚悟してね」
衣聖羅さんの攻撃再開宣言に、走り出すしかなかった。
球体が店の壁を壊してくれた所から100均を脱出する。
「ちなみにマロンは補助、お助け機能とかあるのか?」
『残念ながら、ほぼないです。マロンが出来るのはマスターとグランドマスターのHPを表示するぐらい』
マロンが目の前に数値を表示してくれた。さっきのエネルギー球で俺は42で衣聖羅さんは39
「あれ、衣聖羅さんのHPが減ってる」
『ハンデとしてグランドマスターの魔法は魔力の代わりにHPを削ります』
さっきのエネルギー球は11ほどの威力らしい。怒りがこもっていた分、回避できて良かった。
とは言え、0にならないように調整できるから、使いすぎて自滅はないだろう。
表示している衣聖羅さんのHPが減った。
それは魔法を使ったことになる。
数字は38、37、35と小刻み。
走りながら振り向くと、羽をつけた手がこっちに到着するところだった。
『ハンドウィングという魔法です。普段は輸送に使われる魔法ですが、少量の魔力で鈍器をぶつける事も可能です』
マロンの解説通り、100均にあった、陶器製どんぶりが頭を狙ってくる。
俺は目に入ったカバン専門店の入り口付近にある車輪付きキャリーバッグを持ち上げ、振り回した。
アルモニーの特別空間なので振り回すこともどんぶりにぶつけ、その衝撃に耐える事も可能。
どんぶり鈍器を回避した俺の足首に何か触れた。
「わぁっ」
それがハンドウィングその2で、俺の足をつかんで引っ張ったと理解出来た時には、バランスを崩して転倒する所だった。
「……」
危険回避本能により天井を見上げると、HP2を消費して作り出した大きめのハンドウィングが、店のレジを持ち上げ落下させる。
「!」
右に数回転がり込んで回避。1つの行動を終えたハンドウィング達は消滅したので、とっとと駆け出す。
「エスカレーター!」
方向は間違えていないはずだから、西側のエスカレーターに間違いない。
階段を駆け上がる。
衣聖羅さんが何もしないわけがないのは、わかっているが、今は駆け上がるしかないのだ。
魔法使いのHPが減る。35から32、30。
『エネルギー球が来ます』
それでも駆け上がる以外に方法はなかった。だから振り向かず、1秒でも早く3階を目指す。
衝撃は足元から伝わってきた。
足元、魔法使いはエスカレーター破壊してきたようだ。
現実世界のエスカレーターの構造は知らないが、アルモニーのエスカレーターは小さな物体からできているらしい。なので、積み木のようにポロポロと落下し、その音が後方の階下から響いてくる。
「……」
足が何もないと伝えたと同時に駆け上がろうとしていた俺の体が落下した。
もがいた腕が上階の床に触れる。
「落ちてたまるかっ」
両手が床をつかんでくれた。
それから自分でもどうやったのかわからないが、とにかく無我夢中で体を動かしたら、3階に這い上がっていた。
「衣聖羅さんはっ?」
階下に衣聖羅さんはいた。エスカレーターは完全に崩れ落ちていて追いかけるのはHPを消費して浮遊魔法を使うしかないだろう。
「………」
魔法使いはニヤリと笑った。
そして両腕を大きく回し円を描く。
消費HPは29
「!」
俺はとにかく走り出した。
走る先に『タエニア』がある。
あと、数メートル。
足を何回か動かせばゴールできるのだ。
しかし、首に僅かだが嫌な風が届いた。ダメだどう考えても間に合わない。
「まだある」
振り返り、指輪を投げつける、好きなものの名前と共に
「ハンド、ミラー、ウォーリア」
目の前に緑色の透き通った大きな壁が現れたのど同時に、俺を捕らえようとした獅子系召喚獣がぶつかった。
「くっ」
HP29分の召喚獣のエネルギーは凄まじく、壁が俺を後方に押す。
足を踏ん張って、壁を持ち直さなければと思ったが、魔法使いが作り出した獣のエネルギーは強すぎて壁ごと押されてしまった。
「……はっ」
気がついた時には、壁も召喚獣もいなくて、俺を見下ろす魔法使い、衣聖羅さんがため息をつく所だった。
急いで辺りを見回すとめちゃくちゃになったアクセサリー専門店があった。
「HPは?」
俺の問いにマロンが目の前に移動して表示してくれた。
HP2
「という事は……」
「残念ながら、残念耳君の勝利だ。おめでとう」
差し伸べた衣聖羅さんの手を握り、起き上がるのと同時に、めちゃくちゃになった店やエスカレーターが回復していく。
それから待機命令を解除された沢山の魔法生物が俺らを囲んで現れ、もふもふの手で拍手をしてくれた。
ゲーム終了である。
 




