魔法使いの昔話
どれ位の時間がたったのかはわからないが、それなりの時間は経過していると思う。
ハートに閉じ込めた琴子さん達の姿は見当たらない。声や物音もしなかったから、衣聖羅さんが魔法で別の場所に移動したのだろう。
「君が回復するまで、昔話でもしてあげよう」
立ち直るのにさらなる時間がかかると判断した衣聖羅さんは、俺をつまみ上げて手の平に乗せると、移動しながら話し始めた。
「ある世界に大きな王国がありました。
戦力も魔力も強大で、大きな争いはなく、国民も王族も日々の細々な心配や不満はあるものの、とりあえずは平和に暮らしていました。
その王国内にある、直属の上級魔法使いも有能な魔力により信頼され、不自由なく暮らしてましたが、一つ、大きな問題を抱えてました。
それは『耳』が大好きな事です」
自分の精神状態を忘れて、衣聖羅さんを見上げたが、反応は返さず、俺をテーブルの上に置くと昔話を続ける。
「常識を越えた耳好きを隠して、魔法使いは王国のために身を粉にして働き、とうとう第1王子の従者にまで上りつめます。
しかし、ここで大きな問題に直面しました。神聖なる幼き王子の耳は魔法使い好みの形をしていたのです。
魔法使いは誘惑に負けないよう賢明に努力しましたが、とうとう2人しかいない部屋で王子がうたた寝をした隙に、大好きな耳を一舐めしてしまったのです。
運悪く、その瞬間を部屋に入ってきた王妃に見つかり、魔法使いは王国も積み上げてきた名誉も仲間との信頼も全てを捨て、王国、魔法世界を脱出するハメになったのです」
「それが衣聖羅さん、なんですね」
衣聖羅さんはうなづいた。
「さすがに君にしたことに良心が痛んでね。ボクの秘密の過去を教えることにしたよ」
前にマロンが『異世界から亡命した』と言ってたが、ただの逃亡ではないかと頭に浮かんだ。もちろん口には出さない。
「まだ、続きがあるから、聞いてね。
魔法のない世界に着いた魔法使いは、この世界で生き延びるための方法を探しました。
長い道のりを経て、魔法使いは魔法とプログラムという科学の力を融合したアプリゲームを開発したのです。
ゲームは大成功。たくさんの人がダウンロードして遊んでくれました。
魔法使いはプレイヤー達と交流したくなり、お城みたいな大きなショッピングモールを作ると、プレイヤー達を招待します。
交流を楽しんでいるうちに、魔法使いは1人のプレイヤーが気になりました。
そのプレイヤーは、魔法使いと同じぐらい人には言えない『好きなもの』を隠して暮らしているようですが、魔法使いが作り出したゲームによって、仲間も信頼も恋人まで作ろうとしているのです。
魔法使いの心は複雑です。自分の作ったゲームで幸せになってくれる人がいるのは嬉しい事です。しかし、その『好きなもの』で全てを失った魔法使いにとって、全てを手に入れようとしている少年を素直に喜べません。
心にトゲが刺さる感覚でした。
しかも魔法使いが王子よりも気に入った耳を持つ少女に近づこうとしているのです。
心に刺さったトゲは大きくなり、このままではいかんと思った魔法使いは考えました。
魔法使いと同じように、少年にも全てを失ってもらおうか、と」
衣聖羅さんは、にやりと笑った。
「魔法使いは、すぐに首を振りました。
そんな事をしたところで、魔法使いが失ったものがもどってくるわけでもないし。悲しみにくれる少年を見た所で、得られるのは空しさだけ。
第一、魔法使いは愚者ではありません」
再び、衣聖羅さんは悪戯っぽく笑った。
「それじゃあ、どうしてやろうかと。魔法使いは考えました。
そこで考えたのは、少年を使ったゲームでした。
ゲームとはいえ、大変な目に会う少年を見るのは、心がすっとするものであり、少年の好きなものに対する情熱も知ることができました」
衣聖羅さんは、俺をつまみ上げると、手の平に乗せた。
「そして、ゲームはそろそろ終盤。魔法使いは、少年の動きを楽しみにしています」
人差し指をくるりと回して魔法をかけると、不便なサイズから解放された。
「え?」
人間サイズに戻って嬉しかったものの、耳が不安を伝える。
辺りから音が消えていた。
今までは店から流れるBGMや魔法生物たちから出てくるちょっとした行動音がしていたのに、何も聞こえないのだ。
慌てて周りを見る。
俺と衣聖羅さんは、相変わらず茶色羊の通路側にある席の付近にいるのだが、目の前を通り過ぎるNPCやプレイヤーすらいなかった。
「ハナに頼んで、プレイヤー達は現実世界に帰したから、安心してね。
それからマロン、待機モードを解除」
「はい、グランドマスター」
懐かしい声が聞こえたかと思うと、右肩に2頭身の相棒がちょこんと座っていた。
「ゲームを再開しようか。
ここから先は、私が相手するよ」
衣聖羅さんは人差し指、ではなく右手首をくるりと回すと、人の頭ほどの氷球体が現れ、茶色羊のレジカウンターが氷付けになった。
「………」
「このまま小さな足でチマチマ進んでも、つまらないからね。ゲームの難易度を上げさせてもらったよ。
まあ、楽しませてね。耳姫王子候補の残念耳君」




