赤石の指輪
バルバニアファミリーサイズに動く階段は困難に思えたが、さっきの技、魔法生物の足に乗れば楽々クリアである。
「このまま3階に行ってくれればなぁ」
そんなに甘くはなかった。魔法生物は移動階段を2階で降りると『タエニア』の真逆を進み出したので、こっちもモフモフ移動足を降りる。
案内板のおかげでゴールは3階の別のエリアにあるエスカレーター付近とわかった。
さてエスカレーターで一気に3階に進むか、別エリアまで先に進むか。
「とはいえ、疲れた」
人間サイズでは苦とも思えない距離でも、バルバニアファミリーサイズでは、疲労が一気に溜まる。
「ちょっと疲労蓄積設定、高すぎたかな」
魔法使いのせいらしい。
「残念耳君、そこで休憩していかない?今なら、私のおごりで席まで運んであげる。さらにHP全回復」
衣聖羅さんには疲労、空腹システムはないので|(多分。疲れている様子はない)休憩する必要はなく、アルモニー内の買い物はタダであるのだが、後半の全回復に飛びついた。
「茶色羊珈琲は、アボカドのホットサンドが美味しいんだよ」
体がふわりと浮いて衣聖羅さんの後を自動で追従してくれる。
「コーヒーにアボカドサンド。OLみたいですね」
「現実世界では、IT企業に勤めるOLだよ。ついでにたった一人しかいない社長でもあるけどね」
魔法とプログラムを融合させたアプリを開発する以上、こちらの世界の従業員を雇うのは困難なのだろう。
「魔法生物を助手にしているから人件費浮くし」
コストの問題らしい。
コーヒーショップに到着した衣聖羅さんは、人間サイズに戻ると、メニューを見ることなく注文した。
「いつものよろしく。後、残念耳君にも同じのを」
「かしこまりました」
アルモニー空間内とはいえ、チェーン店のコーヒー店で『いつもの』が通るのは凄い。
衣聖羅さんは俺を軽くつまむと肩に乗せ通路側の席に座る。
数秒もしないうちに、魔法生物が2サイズのコーヒーとアボカドのホットサンドを運んできた。
待ち時間ゼロもアルモニー特別空間で、主という特別待遇なんだろうな。
「衣聖羅さん、コーヒーに砂糖とミルクがついてません」
ヘアピン購入のため、節約する高校生にとって、おしゃれなアボカドサンドなんて食べる事はなく、嬉しいのだが。湯気をたてる黒い飲み物に支障が出た。
「お茶やウーロン茶が飲めるなら、コーヒーだって飲めるよ」
「緑茶に砂糖やミルクを入れずに飲んでいますが、それとこれとは別ですよ」
「仕方ないなぁ」
衣聖羅さんは、人差し指をくるくると回し店員を呼ぶと、ミルクとお砂糖を頼んでくれた。
空腹は感じていないが、疲労した体に食べ物は、嬉しくてほっとする事が出来る。
落ち着いたところで、俺は、気なっている事を聞いた。
「アルモニーのイベント。もしかして琴子さん目当てで開催したわけじゃあないでしょうね」
「半分だけ、その通り」
隠すことなく素直に答えてくれた。
「アルモニーでデーター化すれば、琴子ちゃんの耳と本体を作り放題だからね」
衣聖羅さんは人差し指をくるりと回すと、俺の隣周に2頭身の琴子さんを出現させた。
「どう残念君、2頭身でもクリオティーの高い耳でしょ」
返答に困る。
「もちろん。君たちも興味はあったよ。いつの間にか『ろば耳ファイター』という言葉を広めてくれた生徒会長に、高レベルのバトルを繰り広げる君たちにもね」
衣聖羅さんは人差し指をくるりと回して、隣の2頭身キャラを王冠をかぶった生徒会長に変えたが、もう一度、指を回してオリオン…ではなく俺に変えた。
「でも、今は君に興味がある」
「俺に?」
「耳の形は残念だけれど、君は私と正反対なんだよ。まあ、それは残念耳だからこそ良かったかもしれない」
人差し指を回して隣の2頭身キャラを消す衣聖羅さんの口角が上がっていたが、目の表情は変わらなかった。
「良かったっていうのは?」
「…………」
目がニヤリと笑い、口は警告を教えるために開いた。
「隠れないと見つかるよ」
「あれえ、衣聖羅さん。こんな所にいたんですね」
真っ黒いローブに気がついた恵凜先輩が声をかけた。
「やばいやばいやばい」
衣聖羅さんが警告してくれた時点で、俺はテーブルの端まで猛ダッシュしていた。
テーブルから床に着地しようものならHPがゼロになってしまうが、運良く魔法生物がテーブル付近を通り過ぎる所だった。
思いっきりジャンプして、モフモフの肩に着地できたが、一連の動きを恵凜先輩の視界に入っていれば、駆けつけられてアウトである。
魔法生物の肩から恵凜先輩を確認すると、これから衣聖羅さんに駆け寄ってくる所で、俺に気づいた様子はなさそうだ。
「魔法使い姿で衣聖羅さんに会うのは初めてですね」
「どう? 残念耳君捜し、うまくいってる?」
「広いショッピングモールで、小さいのを捜すのは無理がありますよ。衣聖羅さん、ヒントとかないんですか?」
「そうだね……様子を見ながらね」
どうやら見つかっていないようだ。
安心するものの、新しい不安が一つある。
いつも一緒にいる琴子さんがいない。
「琴子ちゃんは?」
「服に合うアクセサリーを買いに行ってます」
衣聖羅さん、逃げる俺を考えての発言……ではなくお気に入り耳の琴子さんが気になっているだけだろうな。
「さて、どうするか」
魔法生物はコーヒーを運び終わった所で、レジカウンターに戻ろうとしている。
どこかに移った方が良さそうだが、どうしよう。
レジカウンターに移りたいが、魔法生物の肩よりも高い所にある。|(店員の魔法生物は台を使用して調整している)今から頭の上まで登っても間に合わない。
肩から簡単に移動できるのは、テーブルしかないが、見つかりやすいし、テーブルから床に降りる時のリスクが高い。
「そうか、このまま、降りれば良いんだ」
時間がかかってしまっても床に足がつけば、そこから移動ができる。
幸いにも、ウェイター|(ウェイトレス?)の魔法生物はエプロンをしていて、肩から腰までクロスする紐を使いスルスルと降りていく。
腰から床までは、チョウチョ結びしてある紐先をたぐり寄せて、自分の腰に結ぶ。
そこからバンジージャンプといきたいところだが、心の準備に時間がかかるので、命綱として使用し、モフモフ毛をつかみながら、後半を降りことにした。
降りていくごとに、チョウチョ結びがほどけてしまうが、後で直してくれるだろう。
床にたどり着き、命綱を外した俺の前を別の魔法生物が通り過ぎようとした。
お客の魔法生物。足に乗って行けば高速で店から離れられるチャンス。
もちろん、乗らないわけがない。
モフモフ移動足に座ったものの、ほっとはできなかった。
店を出た魔法生物は左折、恵凜先輩のいる方向に進んでいるのだ。
降りるべきか、今、ここで降りたら、それこそ恵凜先輩の目に入る恐れがある。
「恵凜姉さま、あ、衣聖羅さんがいる」
降りなくて良かった。琴子さんが駆けつけて、魔法生物の真横を通り過ぎていった。
「………」
しかし、この魔法生物は同じ方向を進んでいるから、琴子さんが止まった時点で、再び近づいていく。
「……………」
魔法生物の足は短いけれども、あっという間に2人に近づいていく。
今、座っている足が琴子さん達側になっていることに気づき、慌てて内側の足首に捕まった。
ここで振り落とされて床に転がったらアウトだけれども、見つかっても逃げ切れないからアウトになる。
「……………………」
しかも魔法生物は2人に寄っている。
「………………………………………」
真横に到達。1歩、2歩、離れていく。
「そろそろ、ヒントを出してもいいかな。
そこの魔法生物874号。ちょっと止まってくれるかな」
全身が凍りついた。移動をやめたので『そこの魔法生物874号』はどう考えても俺のいる魔法生物だった。
「魔法生物が、ヒントなんですか?」
「そういう事」
ヒントじゃなくて答えだろとツッコミたくなるが、声を出したら足元にいるのがバレてしまう。
「魔法生物?もしかして、魔法生物の中に入っているとか?」
「さすがにそれ以上は言えないなぁ」
頭上高くではほのぼのとした会話が続いているが、こっちは絶体絶命である。
どうする?どうすればいい?
魔法生物874号は、エプロンなどの服を着ていなければ、買い物袋すら装備していない。
隠れる場所なんてない。ならば、あえて動かないのが賢明である。
野生動物に遭遇した時、下手に動くと攻撃されるとニュースでやってたな、何の動物か忘れたが、今の俺はそんな立場になっている。
「……」
じっとしていれば、魔法生物874号がアンクレットを付けていると見えるはず……
「ん?あ、こんな所にいた!」
無理だったか。
「ああぁ、理央君。何でこんな所にいるの?」
突然の発見にツッコミを入れたくなる発言だが、完全に見つかってしまった。
「捕まえて、宣言したら、クリアだよ」
大きな人間は物凄いスピードで駆けつけて、しゃがみ手を伸ばす。
魔法生物に近かった恵凜先輩の巨大な手が目の前に迫る。
「指輪」
とっさに赤い石がはめられている指輪を外す。
好きなものを唱えなければならない。好きなもの、好きな……
「俺の好きな人は、琴子さんです」
恵凜先輩の巨大な手が迫る前に琴子さんの姿が見えたからだろう。
赤い石は魔法を発動する。風船のように膨らみ、恵凜先輩と琴子さんを包み込んだ。
「……残念耳君、相変わらず、君の魔法は凄いね」
目の前には赤いハート型の物体があった。
「………」
防ぐことができたが、今の俺はそれどころではなかった。
言ってしまった。
恵凜先輩や衣聖羅さんのいる前で、しかも、技名にして。
「はああああ」
ショックが全身を覆い、
俺は動くことができなかった。
告白。いつかはしようと思ってはいた。心の準備ができてから、ちゃんとしたものを。
理想は観覧車の1番上についた時だけれども。たまたま駅で会って、近くの公園で話が盛り上がり、いつの間にか暗くなって、時間に気づいた琴子さんが慌てて帰ろうとした時、離れ始めた腕を掴んで止めてから、告白するというシチュエーションも良い。
とにかく、良い雰囲気で2人だけになった時に、告白したかったのに。
「ぁぁぁぁぁぁ………」
こんな……こんな告白なんてあってはならない。
「………。落ち着くまで待ってあげるよ」
ちょっと意地悪だった衣聖羅さんでさえ、今の俺に同情して優しい対応をしてくれた。




