案内板
さっきよりも進めている……ような気がする。
今の目的は3階に上がりたいが、エレベーターもエスカレーターも見当たらない。
「やっぱり案内板がないとなぁ……」
「案内板か、エスカレーター付近にあるね」
「………」
魔法生物にぶつからないように進み、プレイヤーと相棒達がいないかビビりながら移動しなければならないので、周りの店まで見ている余裕がないから、迷うのは、なおさらかもしれない。
「せめて現在位置がわかれば……」
足を止めず、とにかく進む。進めばどこかにたどり着くだろうという考えで、進まないと不安になる。
タエニアから真逆の方向に進んでいたら笑い話にならないが。
とはいえ、努力は報われたようだ。
「エスカレーター」
まるでオアシスを見つけた旅人のように、階段移動を見つけた俺は駆け出すにはいられなかった。
魔法生物たちを見事にすり抜け、巨大な移動階段に近づいたが、衣聖羅さんとの会話を思い出し案内板に進路を変える。
「……巨大だな」
すっかり忘れていたが、案内板は人間用。しかもアルモニーの案内板は台タイプで、台の上に情報が刻まれている。
もちろん俺に浮遊する力はないし、視聴者宣言した衣聖羅さんが持ち上げてくれそうにないだろう。
俺は緑色の石がついた指輪を見たが、首を振る。
「もったいない」
ならばどうしよう。たまに案内板に立ち寄る魔法生物がいる。彼らによじ登って見る方法はどうだろうか……その前に登れるのか?
「………」
他にアイディアが思い浮かばず、試してみることにした。
さっそく近づいてきた魔法生物の足上に乗る。ぬいぐるみのふわふわした感触に、ひと眠りしたらさぞ気持ち良いだろうなという誘惑にかられるが、首を振り、足首に移動。
魔法生物に俺らは見えていないと言っていたから、感触もないようで、振り払おうとする動作はなかった。
情報を得たので案内板からすぐに離れ歩き出してしまったが。
「え、ちょっと」
慌てて足から飛び降りる。登り終えるまで立ち止まってくれなさそうだ。
さてどうするか……
そう考えた俺に風が舞ったかと思うと、ぐん、と体が上がっていく。人間サイズの誰かが持ち上げたとしか考えられない。
うかつだった。
捕獲者は常にうろついて警戒しなければならないのに。
「案内板見たいの?」
「hodakaさん」
助かった。俺を持ち上げた人はゲームに参加していないhodakaさんだった。
hodakaさんは俺を手の平に乗せたところで、フェチ友の衣聖羅さんが苦情を言いながら飛んできた。
「ハナ。踝の王子様だからって甘すぎない?」
「いせ が、厳しすぎるのよ。どうせ、琴子ちゃんには色々と理由をつけて魔法の杖を振りまくるつもりでしょ」
「アルモニー内は私がルールブックだから良いの」
開き直りの職権乱用である。ルールブックである以上、彼女に指摘して不利な立場にしたくないので、黙っておくことにした。
それはそうとhodakaさん、黒ローブという魔法使い衣装でも普通に会話をしている。
「hodakaさん、衣聖羅さんが魔法使いなのは知ってるんですね」
「まあね。飲みに言った時、酔っぱらった いせ が違反駐車した車を、魔法で高層ビルの屋上に飛ばしながらカミングアウトしてくれてたの。
しかも翌朝のニュースで大騒動になってて、二日酔いも一気に吹っ飛んだわよ」
「いやぁ、魔法使った記憶がなくてさ、慌てた慌てた」
そのニュース、覚えている……様々な異常気象や未確認生物の仕業と物議を醸していたが、はた迷惑な魔法使いのせいだったとは。
「アルモニー内でhodakaさんの言動が怪しかったのも、そのせいだったですね」
そのためだろうか、ボディラインぴったりの赤いドレスを着ているのは。
視線を少しでもずらせば、露出した肩や胸元が目に入るので大変である。
「バレバレだったけれども、多少の演出はしないとね」
hodakaさんは右手の平を見せてくれた。そこには3センチほどのQRコードがある。
そういえば魔法使いの情報を集めていた時、魔法使いに右手の平をキスされたと言ってたけれども。どうやら、そのQRコードが共犯者の証のようだ。
「アルモニー内で私の役目は、監視係。トラブル防止にね。
といっても基本は魔法生物がやってくれるから、私は いせ 専用」
「専用?」
「いせ が暴走したら、収拾がつかなくなるでしょ」
「………」
アルモニー内にある全てを作り出した衣聖羅さんならば、魔法生物も操れる。
やりようによっては、魔法生物全員に武装させ攻撃だって可能なのだ。
「やりようによっては、琴子ちゃんを捕まえ、あんな事やこんな事も可能なのよ」
そっちか。でも、それはそれで大変な事。
冷静に考えれば、衣聖羅さんの魔法でいつでも琴子さんは捕獲可能だったのだ。かなり危険な状態に置かれていた事になる。
「アルモニーイベント前に いせ と話し合ってね。暴走した時だけ、魔法生物とかに動いてもらったり、暴走プログラムを解除できる権限を私がもてるようにしたの」
しっかりした友人の発言なのだが。
「まあ、ハナの方が暴走してたけれどもね」
そう言えば、体がバラバラになって、踝をhodakaさんに持っていかれたっけな。
話が一段落した所で、案内板に降ろしてくれるのを待ったが、hodakaさんに動きはなかった。
「あのう、hodakaさん?」
「さて、どうしようかな。手の平にいる りっちゃんは、自由にできるんだよね。ひねり潰してHPをゼロにできるし、誰かに渡す事も出来る」
人差し指で軽く俺をつっつき、行動すると主張していた。
「……hodakaさん、何が望みですか?」
hodakaさんはニヤリと笑ったかと思えば、いきなり俺のいる右手を高く上げた。
「おーい、隼兎君、りっちゃん、見つけたよ」
「!」
高くなった視界で改めて周囲を見てみると、エスカレーターを降りる隼兎がいた。
「ほほほ、hodakaさん?」
「要望じゃあないでしょ」
ニヤリと笑う顔に小悪魔色が含まれていた。
こうもしている間も、歓喜の声をあげた隼兎がこっちに向かってくる。
「………。わかりました。何でもします。だから、」
「よろしい」
両手で俺を包み視界が暗くなった。
それから全身が柔らかいものに包まれた。hodakaさんの衣装にはポケットがなく、バックも所持していない。
これって……
「飾磨が見つかったって本当ですか?」
動揺する俺の耳に、駆けつけた隼兎の声が聞こえる。今は、全身に触れる柔らかい感触に身を預けるしかなかった。
「ごめーん、隼兎君、逃げられた。雑貨屋の方向に向かった」
「雑貨屋ですね」
足音が遠ざかっていくと、柔らかい感触から解放してくれた。
残念な事に、その柔らかい感触には もふもふ 感も加わっていたが。
「魔法生物さん、りっちゃんを案内板の上に置いてね」
「かしこまりました。sikama様、どうぞ」
「……ありがとう」
俺を隠してくれた魔法生物が去ってから、hodakaさんはニヤリ顔で見下ろす。
「じゃあ従ってね。これから『hodakaさん』ではなく『ハナさん』と呼ぶこと。
それから来週の日曜日に家に遊びにくること」
強制なのでうなづくしかなかった。
理央を案内板から降ろし、エスカレーターに向かうのを確認したhodakaは、小鳥のように肩に止まる友人にニヤリと笑った。
「二股かけさけるの?悪女だねぇ」
「違うよ。踝の型をとらせてもらうのよ。石膏の踝を作って、明日の糧にするのよ」
「なぁんだ、つまんない。あ、でも良い事聞いた」
「型を取らせてもらいたければ、まず琴子ちゃんと仲良くしないと」
「そうなんだよね」
衣聖羅はふわりと浮き、hodakaの前まで移動した。
「それで、この後はどうするの?」
hodakaの返答を衣聖羅は、まず元のサイズに戻る事で表した。
「もしもの場合はよろしく。あくまでも『もしも』だけどもね」
「いせ専用のトラブル対応係だもん。任せて」
友人の返答に笑みで返すとフードを深くかぶり、魔法使いは表情を消した。




